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Silver birds / 銀鳥花

 リンが三煎めのお茶をいれようか迷っている時だった。

 森の気配や響きとは違う音が、突然湧き上がった。


「「動くなっ!」」

「そのままだ!」

「剣から手を放せっ」


 バタバタと乱れた足音が聞こえたと同時に、オグと数名の騎士たちが現れた。


「きゃっ」

「「うわっ」」

「なんだっ!」


 リンも驚いたが、気づいたと同時に囲まれていたシュージュリーの者たちたちは呆然としている。

 それはそうだろう。今まで全く気配を感じなかったのだから。

 同時に繁みを回って、ライアンが聖域に駆け込んだ。

 

「リン! 無事かっ!」


 あまりにも突然で、リンもカップを手にポカンとして固まったままだ。

 ライアンは足早に近寄ると、リンをその腕の中に抱き寄せた。


「……大丈夫か」


 あまりにも動かず何も話さないリンを心配して、ライアンがそっと腕を緩める。


「ライアン……?」

「ああ」


 少し隙間ができ、リンはライアンの顔を見上げることができた。

 きれいなブルーの目が心配そうにリンを見ている。その目の中に小さくリンが映っていた。


「あ……」


 ライアンを認識したとたん、リンの手が震え始めた。

 じわりと視界がにじんできたことにリンは自分でも驚いたが、その震えごとライアンがもう一度抱きしめた。


「うっ。うう」


 暖かい。

 その暖かさに益々震えが止まらなくなる。

 ライアンの胸元にあったリンの手が、ギュッとマントを握り締めた。


「ふっく。……お、思ってた、ひっく、より、こっ、怖かったみたいで。うっ、ひっく」


 ライアンの手がそっとリンの背をさする。


「ああ。もう大丈夫だ」

「それ、うっく、に、話を聞いて、ひっく、ど、うしたらいいのか、うっく、わかんなくて……」

「話? ……ああ、そういえば、話を聞いたと言っていたな」


 ライアンが聖域の外にチラリと視線をやった。

 

 シュージュリーの者たちは両手を頭の後ろにつけ、跪かされている。腰のナイフは取り上げられ、周囲を騎士が取り囲んでいた。

 それを見たリンは目元を押さえた。

 知っていることを話さなければ。

 ひくりひくりとこみ上げる息を押さえ、きちんと話せるようにする。

 リンの手がライアンの胸元をそっと押した。


「ありがとうございます。もう大丈夫です」


 ライアンは自分のマントの紐を解くと、リンの背にそのままかけた。


「何があったか話せるか」


 リンはうなずくと、差し出されたライアンの手を支えに立ち上がった。

 オグが気づいて、聖域との境までやってくる。


「リン、大丈夫か。 無事で良かった」

「ええ。すみません。もう平気です。一緒に聞いてください」


 リンは思い出すようにしながら、話し始めた。


「気づいた時には馬車にいたんです」


 ライアンやオグは時折質問を挟み、それに応えるように話していく。


「それで、聖域なら安全が確保できるし、探してる薬も手に入るかと思って、ここまで……」


 話を聞き終わると、オグは空を見上げ、ライアンは額に手をやった。


「なんてこった。まさか皇帝が病を得ているなんてなあ」

「ここ数年のシュージュリーの動向は不可解だったが……。しかし、また愚かなことを」

「全くだ。だが、そんな薬の問い合わせ、来てたか?」


 ライアンは首を横に振った。


「私のところまでは来ていなかったと思うが……」

「まあ、薬を求める奴は多いし、こんな裏を知らねえとよくある問い合わせの一つかもな。しっかし、聖域の水かあ。ヴァルスミアの森を知らない奴ほど夢見るのかねえ」


 オグは立ち上がって小川を覗いたが、ぶるりと震えて腕をさすった。


「おー、今夜は冷え込むな」

「冬にすれば蕾が付くってドルーが。あ、あれ、ドルーは……?」


 ドルーが腰かけていた岩には、空になったカップだけが残されている。


「冬ぅ? あー、それでこの風か。普通は天の女神の仕事だがなあ」


 全くその通りだ。リンはコクコクとうなずいた。

 境界のこちら側で、同じように水草を確認していたライアンも口を開く。


「ふむ。『氷結』などの方が早かったと思うが」


 こちらには全くうなずけないリンだった。




 ライアンとオグがシュージュリーの者たちから話を聞いている間、リンは聖域に残ってずっと水面を見ていた。

 リンの思ったこと、どうしたいか、はすべて伝えた。

 気にはなるが、あとは国としての判断に任せるしかない。

 リンが今ここでできることは、薬花の成長を見守ることだけだ。


 どのぐらいの時間が経っただろう。

 水草から細長い茎のようなものが伸びているのに気が付いた。


「ライアン、これっ!」


 リンは振り返って呼び、また水面を見つめる。


「伸びてきたな。すぐに蕾が膨らみ始める」


 水際にしゃがむリンの横にライアンが腰をかがめた。


「えーと、膨らんでから咲くまでが、一晩でしたっけ?」

「ああ。 一夜で終わる。 狙って採取するのが難しいから出回らないんだ。……誰もがリンのように冬にしようとは思わないだろう」


 ニヤリとからかうライアンに、リンは口を尖らせた。


「それはドルーがそう言ったんですぅ」




 『森の塔』からスープとパンが手配され、全員でひたすら蕾を待った。

 気になってチラチラと見ているが、シュージュリーの者にも食事が配られている。

 あちらも目は小川から離れていない。


 にょきにょきと伸びた茎の先が膨らんだ。

 その蕾は名前の通りで、羽を閉じた水鳥の形をしている。

 

「これはピンク……かな」


 湧き水と小川の周りは先ほどよりも多く火が灯されているが、それでもよく見えない。

 

「冷たっ」


 リンは手を突っ込んで、軽く茎を引っ張った。水面近くまで蕾を持って来て色を確認する。


「ピンク、これもピンク、 あっ! ……いや 白かあ」


 手を擦り、息を吹きかけ、そしてまた水に突っ込む。


「リン。待った」


 向こうで話していたライアンが聖域に戻ってきた。


「『水の銀鳥花(シルバーバード)』はギリギリまで待たないとダメなんだ」

「ギリギリ?」

「蕾が膨らみ、咲く直前に色がシルバーに変化する」

「えっ?」


 リンはライアンを見つめ、いや、見ながら見てない。頭の中でぐるぐると情報を整理していた。


「ええと、水から出たらダメなんですよね? でも、色が確認できるのが、最後の最後?」

「そうだ。始まるぞ。見ているといい」


 ライアンが水面の一か所を指した。

 そこには水面近くに、大きく膨らんだ蕾がある。


「ピンクですね。 あ……」


 蕾の色は変わらないままだったが、水面に蕾が着いた途端、ふわりと持ち上がるように水上に花が開いた。

 その隣にある蕾も、同じように咲く。

 小銀貨ぐらいの小さい花が二つ、水面に浮かぶように並んでいる。


「……本当に水から出た途端に咲くんだ」

「そうだ。いっぱいまで膨らむと浮きあがるのか、水面に出る。で、前回はその直前に白から銀に変化した」

「それは本当にギリギリ。下手すると見逃す……?」


 ライアンがうなずいた。


「えええええ」


 それは難しすぎないだろうか。

 どうりで薬事ギルドにも置いてないわけだ。

 

 リンの目の前で、開いた『水の鳥花(ウォーターバード)』にシルフが飛び乗った。

 ポン、ポン、ポン、と飛び石のように花を渡っていく。それを見た別の精霊も後に続いた。

 かわいいし、とても楽しそうだ。とても楽しそうだが、水面が見にくい。

 そっと手で押しのけるようにすると、そのリンの手も飛び石にして渡っていく。


「……ライアン、前回はもしかして見張ってたんですか?」


 リンをからかったが、ライアンも冬にしたのじゃないだろうか。

 じゃないと、見つけられないだろう。

 そう疑いながら、ライアンに聞いた。


「いや、偶然だ。ちょうど満月の夜だった。出来上がった『水の浄化石』を拾おうとしたら、目の前で銀に変わって、慌てて手を突っ込んだ」

「なんてラッキーな」


 運がいいのも、全ての精霊に愛されるライアンだからだろうか。

 リンは自分もその運が欲しいと思いながら、また水面に集中した。


 聖域の外からも、ダメだ、これも白だ、それも少し取っておけ、などと声が聞こえてくる。

 次から次へと蕾が膨らみ、花も開いているらしい。

 シュージュリーの者たちだけでなく、オグや騎士も水際に並んで陣取り、真剣に見つめている。

 

 リンもライアンと並んでいた。

 サラマンダー以外の精霊が花を渡り歩いているが、ライアンは邪魔になると手で掴んで投げ上げている。

 ライアンが投げるのも、それを精霊が喜ぶのもいつも通りだ。


「ふぁっ!」


 たぶんさっきまでピンクだった蕾じゃないかと思う。

 右に左に視線を動かして見ていたが、目の隅をかすめた蕾がシルバーに見える。

 息を止め、マジマジと見たが、やっぱりシルバーだ。

 

「シルバーッ!」


 本当に水面ギリギリで、パンパンに膨らんでいる。

 ダメだ。

 左の隅にあって、ライアンは反対側。


「ちょっと待ってっ! 咲いちゃう!」


 隣でライアンが、聖域の外でオグたちが立ち上がった。

 リンの指の先で蕾が持ち上がり始めた。


「ダメ―ッ!」


 もう間に合わない。

 その時だった。

 花渡りを楽しんでいたグノームが、間違ってその蕾の上にポンと乗った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ライアンさんと再会!リンちゃん良かったね! [一言] 「三煎目のお茶」を読んで「みんなトイレは大丈夫だろうか」と心配した私は、ファンタジー世界の住人にはなれないダメ人間です……。 これから…
[一言] 更新ありがとうございます♪ライアン追いついて会えて良かったです。それはホッとして涙腺も緩みますよね(*^^*) ドルーが居なくなっているのは気になりますが、やっぱりグノームは可愛くてそんなつ…
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