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Surgelee 3 / シュージュリー 3

 頭を下げられ、馬車の中に静けさが訪れた。

 ガラガラという車輪の音だけが響く中、場違いな音がした。

 リンは慌ててお腹を押さえたが、ぐぐぐうと鳴る音までは抑えられない。


「あ……」


 三人がそっと頭を上げ、何とも言えない顔を見せる。

 目の前の男がボリボリと頭を掻いた。


「なんだよ。締まんねえな」

「仕方ないでしょ? 晩餐のために昼を抜いたの。……結婚式のごちそうを楽しみにしてたのに」


 誰のせいだと思っているのか。


「なんか持ってねえのか?」

「ないわよ。お風呂に入るのに必要ないでしょ? まあ、鞄を持ってても薬草と乾燥アプリコットぐらいしか入ってなかったけど」


 目の前の男がリンの足元に置かれた籠を指した。


「そっちは?」

「石鹸、ブラシとクリームぐらい」

「ふん。ウィスタントンの新作ばかりだな。……はあ。仕方ねえな」


 さすがに大市をうろついていた男だ。ちゃんとウィスタントンの新商品がチェックされている。

 男は言いながら自分の腰につけた革袋を外し、中をごそごそと漁った。

 

「さらう場所ぐらい考えて欲しかったですけどねー」


 男の態度に、リンも同じように皮肉を返した。

 本当に誰のせいだと思っているのだ。

 男が無造作に干し肉を突き出してくる。


「これしかねえぞ」

「ありがとう」


 全員に干し肉が渡り、リンは皆が嚙みついたのを見てから、自分の分に歯を立てた。

 カチカチだ。

 顎に力を入れ、干し肉の繊維に沿ってぐいっと引っ張る。


 ゴンッ。


「痛っ」


 大きく引きちぎれたと同時に、背後の背もたれに頭をぶつけた。


「鈍いな」


 男を睨みながら口の中に肉をしまう。無言なのは肉のせいだ。決して自分が鈍いと認めているわけではない。

 口の中で長くしゃぶらないと歯が立たないぐらい、厚みのある肉々しい干し肉だ。

 じゅっと吸うようにすると、肉の味が出て来た。塩気が強いが、なかなか美味しい。

 燻製の具合もちょうど良くて、肉の風味を引き立てている。

 リンは口をもごりと動かした。


「こへはなんのいくですか?」

「鹿だな」

「おいひいですね」


 噛んでは吸い、噛んでは吸い、と口を動かし続けるリンを、男は呆れたように見ていたが、やがて言葉を返した。


「……アイツは狩りが得意で、干し肉づくりも上手いんだ。いや、燻製にこだわってんだな。魚の燻製もうまかった」


 男は、親指で自分の背後をヒョイと指した。『アイツ』はどうやらこの馬車の御者をしている者らしい。

 残りの二人もうんうんとうなずいている。本当に仲が良さそうだ。


 リンは干し肉をなんとか左の頬の下に収めた。


「ビールのつまみに良さそう」


 リンが言えば、斜め前に座る男が身を乗り出した。


「あれ? 酒もイケる口?」

「うーん、イケると言えるほどではない、かな……?」

「この塩気にはシュージュリーの酒が一番ですよ」


 メイドが真顔で勧めてくる。

 あれか。あの、香りだけで酔えそうな気がしてくる無茶苦茶強い蒸留酒。


「んー、シュージュリーの酒は私には強すぎますね」

「あれがいいのです。身体の芯から温まります」


 メイドが言えば、男二人もうなずいた。



 干し肉とナッツをもらい、酒はないので水をもらって飲めば、お腹が少し慰められた。


「さて。まだ答えが出ていないんだけれど」


 リンは三人を見回した。


「皇帝を治したいのはわかった。でも、それがなんで私の誘拐になったの?」


 三人が互いに視線をやり、最初に目の前の男が話し始めた。


「夏にアンタ、王都で倒れたろ? 街中が大騒ぎだった。何があったのか、調べる必要もなかったぐらい」

「ええ、まあ。そこまでですか……」


 リンにその時の記憶はないが、そんな騒ぎになっていたのか。

 もう一人の男が続ける。

 

「だから、すぐに陛下と同じなんじゃないかって気づけたよ。ギルドが薬を探しまわって、でも見つからない。どこかにないか、誰それは持ってないか、って。同じように治療法や薬を探しているこっちとしては、そんなに手に入れにくいものなのかって、絶望しかけたんだ。それが、七日目、いや八日目だったかな。助かったって噂を聞いて……」


 メイドがうなずいた。


「それでも最初は、『ドルー様がお姿を現した』とか、『ドルー様のご加護だ』という話ばかりで。それならどうしようもないではないですか。悔しかった。どうして陛下には、私たちには加護がないんだろうって。……昔も、今も」


 メイドがうつむいた。


「それでも諦められるわけがなくてな。皆で調べまくったんだ。そしたら、『ドルー様の加護』じゃなくて、『ドルー様がヴァルスミアの薬を用意した』って耳にした。……薬があるんだろう?」


 リンは唇に指を置いた。

 あの薬は確かにある。……でも、ない。


「……なるほど。それで忍び込みになったんですか」

「その、忍び込んだのは兄と私です。でも、本当はそんなつもりじゃなくて、ちゃんと探したんです!」


 メイドが早口に言った。

 目の前の男も、兄もうなずく。


「王都で知り合った精霊術師にも尋ねた。薬の生産地出身だと言うから、うまく聞き出して。今までもそれでいろいろ聞けたんだ。でも、今回は要領を得なくてな……」

「そんな時、知らせが届いたんだ。夏を過ごして、陛下の容態が悪化しているって。それで様子を問い合わせながら、ヴァルスミアに移動して……」


 リンはふう、と息を吐いた。

 なぜ誘拐が最終手段だったのか、だんだんとわかってきた気がする。問い合わせてもなく、忍び込んでも見つからず、ドルーが持ってきた薬を手にいれるためにリンを使おうと思ったのだろう。


「だからヴァルスミアに行くのね? ドルーに頼みたいってことなんでしょう?」


 全員がうなずいた。


「前に聞いた。ヴァルスミアの聖域の水は特別だと。その水は命を保つ。奇跡だと」

「……うん?」


 真剣に、厳かに言う男には申し訳ないが、リンは微妙な顔をした。


「……え、あー、えっと、それってもしかして、王都の精霊術師に聞いた?」


 きっと()()『奇跡』の水のことだろう。

 聖域研究の資料が王都のギルドにはあると、ライアンが言っていたような気がする。


「そうだ。頼む。ドルー様からいただいてくれ」


 また三人に頭を下げられた。

 困った。そんな水はない。

 オンディーヌの気まぐれ、なんて言える雰囲気でもない。


「あのね、それは誤解なの。そんな水はないの」

「嘘だっ! 俺たちはずっと聖域を探してっ!」

「本当よ。ないの」


 ライアンだってアルドラの顔を見ればそんな効果はないことがわかる、とかなんとか、失礼なことを言っていた。

 ないのだ。


「そんなっ。ハンターたちだって『森の水』が、『命の水』があると……!」


 リンは額に手をやった。


「……ハンターたちの『命の水』は、お酒のことなの」

「……酒」

「酒だと⁉ ……じゃあ、まさか本当に薬はないのか。聖域の水は……」

 

 男は放心したようにこぼしてから、ハッとリンを見た。


「じゃあ、アンタはどうやって治ったんだ。本当にドルーの加護なのか?」

「……良く効く薬はある。でも、手に入れるのは難しいと思う」


 誰かがヒュッと息を呑んだ。


「なぜだっ。ヴァルスミアにはないのかっ?」

「フォルテリアス国民じゃないからもらえないんですか⁉」

「お願いです。どうかっ!」


 三人から感じる圧に、リンは身を引いた。


「待って。ちょっと落ち着いて」


 リンはまた息を吐き、そして言うのを少しためらった。


「その薬、うーん、薬草そのものって言ったほうがいいかな。それはとても珍しくて、一つだけ保管されていたものを、私がもらったの。だから、もうなくて……」

「そんなっ!」


 メイドが悲鳴のような声を上げた。


「あなたたちも王都で聞いたんでしょう? 薬が見つからないって。そのぐらい珍しいの」

「そんな……。陛下……。そんな……」

「「……」」


 三人から言葉が消えた。

 男たちは膝の上の手をギュッと握り締め、メイドは両手で顔を覆った。

 

「父のように慕う皇帝、か」


 三人の様子を見れば、それは本当なのだと感じる。

 家族の病を自分の身体以上に心配している。


 リンは宙を見て、ふうっと息を吐いた。

 孤児たちが、父のように思う皇帝だ。気安い、温かい人柄なのかもしれない。

 シュージュリーには全く良いイメージがないのは変わっていないが、この人たちにはいい父親なんだろう。

 だからこんな無謀なことまでして。


「保管されていたのは一つだった。でも、全くないわけじゃないかもしれない」


 ノロノロと顔を上げて、三人がリンを見つめる。


「だが、王都のギルド本部にもなかったんだろ?」

「ヴァルスミアに向かっているなら、ちょうどいいわ」

「……どういう意味だ」

「その薬草が採取されたのは、ヴァルスミアの森。聖域なの」

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[良い点] わくわくしながら読み進めました。 表現力が私にはないのですが無料小説とは次元が違うので最後まで書き上げて欲しいです。
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