Surgelee 2 / シュージュリー 2
二日前にコミックが出てから、こちらも読んでくださる方が増えているようです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
リンは額に手をやり、ふう、と長く息を吐いた。
シュージュリー皇帝が体調不良だなんて、事が大きすぎる。
というより、リンが聞いて良いことではない気がする。普通なら極秘と判が押されるような情報だろう。
国の使者を送っても皇帝に会えないと聞いた覚えがあるが、あれはいつだったか――。
考えてもわからない頭を振って、リンは尋ねた。
「えっと……。じゃあ、あなたたちは軍じゃなくて、皇帝の命で動いているの?」
シュージュリーの皇帝が、リンにいったい何の用なのか。
そう言った途端、三人の雰囲気が揺らいだ。
目の前の男がリンにチラチラと視線を向けながら、ためらいがちに口を開いた。
「……俺は陛下の側に仕えているが、命を受けたというわけではない。陛下のために国の外に出るとは言ってあるが」
「は? それって……」
本当だろうか。皇帝に迷惑をかけないために言っているだけじゃないのか。
疑問が湧き上がるが、どうもモヤモヤとする。
今までと違ってはっきりとしない男の言い方もおかしい。
見回せば、三人ともリンからふっと視線をそらした。
「ええと、まさか、勝手に動いてる、とか……? まさか、だよね」
「「「……」」」
リンの目がまあるく見開かれた。
「バカなのっ⁈ 誘拐とか、犯罪だってわかってる⁈」
誘拐者に対しての警戒はもちろんある。
でも、リンはここまで殴られたりしてないし、ナイフなどで脅されてもいない。そしてメイドの怯える様子、兄妹、仲間をかばう三人の様子を見れば、どこか怖さを感じていなかった。
だから呆れ、驚き、つい大きな声を出した。
「うるさい! 他に考えつかなかった。ずっと探してきたんだ。もし治るなら、何と引き換えにしたっていい」
「俺たちは皆、陛下に命を救われたんだよ。俺も妹も、他の奴らも。明日、目が覚めないのは俺か妹か。ずっと怯えてた。でも、まだ死んでないから生きてるんだとぐらいにしか思えない毎日だったよ。陛下に命をもらったんだ」
「小さい頃から聞いていたの。精霊が護る国があるって。大人になって、フォルテリアスがそうだと。薬にも精霊の加護があるって。でも……」
リンは大きな、もうそれこそ身体の空気が全部でるんじゃないかと思うくらい、大きなため息を吐いた。
「薬、ね。私の家に忍び込んだのも、工房の薬草を荒らしたのも、あなたたちね?」
メイドがコクリとうなずいた。
「昔はともかく、お金がなくて盗もうとしているわけじゃないんでしょ? 皇帝のことなんだし、こんなことしなくたって……」
「あんた、さっきフォルテリアスは薬も他国に提供するし、共に豊かになろうとしてるって言ったろ?」
「ええ」
「それは、半分しか当たってねえよ」
気持ちが落ち着いたのか、目の前の男が皮肉気な調子を取り戻したようだ。
「薬事ギルドにも精霊術師ギルドにも行った。王都の本部にも行ったさ。出された熱冷ましや頭痛の薬は良く効いた。でも、続かねえんだ。身体が燃えるように熱くなる。だから何度も買った。調べた。問い合わせた」
「他の薬はなかったの?」
「『他国に出せる薬は他にはない』と言われたよ」
男がふんっと鼻で笑った。
男の肩を、もう一人がポンと叩いた。
「陛下の不調だとさらけ出せば、また違ったかもしれないけどね。でも、言えるわけないだろ? だから俺たちは皆、ごまかしながら、あちらこちらで調べて、効くという薬を集めたんだ」
「いろんな情報を得て、陛下には火のお力があって、どうやらそいつが悪さをしてると思った。でもな、この国はそれを認めちゃくれねえんだ」
リンは眉間にシワを寄せた。よくわからない。
「もう1年以上も前になるか。王都で精霊術師ギルドに行った時、ハッキリと言われたよ。『精霊の加護を持ち、その力を使えるのはフォルテリアスの術師だけだ』とな。つまり、他国の者に加護があるわけがない。だから薬を出す必要もないってことだろうさ」
「薬事ギルドも結局そうだったね。他国の者に加護があるとは聞いたことがないってさ。でも確か、ヴァルスミアだったかな?」
兄が妹に確認する。するとメイドがうなずいて、口を開いた。
「私はフォルテリアスの言葉がうまかったから、北の者だとばれないように聞いたんです。火のお力が強いならこれを、って出された薬があって。それは少し長く、陛下の熱を抑えられました」
「それで確定だ。陛下には火の加護がある。フォルテリアスの精霊術師じゃねえけれど、その力を使える、とな」
リンはふうと息を吐いた。
なんだか、ため息ばかり吐いている気がする。
「……それはなんの薬だったか、覚えてる?」
「はい。海近くで育つ草で、シーアスパラと」
リンはうなずいた。
覚えている。リンの常備薬ではないけれど。
「確かにそれは水の力があるわね。なるほど。火の加護持ちが、火を消して力を取り込んだ……」
リンは考え込んだ。
とても身に覚えのある症状だ。あの時の辛さを考えると、よくここまで体力が保っているものだと思う。
薬のために、ずっとフォルテリアスで動いているのはわかった。
でも、リンをさらった理由が見えない。
「状況はわかったけど、じゃあ、なんで私を狙ったの?」
三人の表情が険しくなった。
メイドがうつむき、言葉をこぼす。
「……薬が効かなくなってきて」
膝にそろえた手に、雫が落ちた。
その上に、兄がそっと自分の手を重ねる。
「夏は熱が上がって調子が悪くなるようでね。去年もそうだった。今年は薬で調子が良くなってきたと思って安心していたのだけど、でも、夏は苦しんで、苦しんで」
「王都で火の加護持ちの精霊術師に聞いたんだよ。身の内を焼き焦がすような熱だと」
リンはうなずいた。
サラマンダーだからね。強いんだよね。火の術師でさえ、コントロールできないことがあるぐらい。
くるりと見回すと、左の腰にくっついているサラマンダーを見つけた。じっとリンを見つめてくる。
その小さな頭に指を伸ばし、そっと撫でた。
「ねえ、もしかして、サラマンダーは皇帝を助けたいのかな?」
だから大人しくしているのだろうか。仲間が加護を授けた人だから。
三人がハッと息を呑んだ。
目の前の男が、声を絞り出した。
「頼むっ。何でもする。本当だ。俺たちは火に助けられた。火はかけがえのないものだと知っている。でも、陛下は今、その火に苦しめられている。頼むっ。もし陛下に精霊の加護とやらがあるのなら、助けてくれっ!」
「お願いします。陛下の火は暖かいのです。恐ろしい火を使ったことがないのです。お願いします」
「陛下の容態は本当に悪くなって来ているんだ。薬が欲しいんだ。この通り」
三人がリンに向かって頭を下げた。
シュージュリーは2で終わるはずだったのに。3が追加です。がーん。





