Surgelee / シュージュリー
17日更新に間に合わなかった。ぐすん。
あなたたちと違って。
リンがそう言ったとき、男たちに鋭く睨まれた。
怖い。それでも言葉を続けた。
人が好きで、人の近くにあることを選んだドルー。
常に国を、民を、と口にする賢者として立つライアン。
その二人の側で、リンは精霊と精霊術師を見てきたのだから。
「私は術師としては新米の見習いだけど、でもね、大市を見てもそう思う」
リンはにこりと笑顔を見せた。
「大市で一番求められるのは何だと思う? 蜜や砂糖、嗜好品は高く売れる。目新しい便利な精霊道具も飛ぶように出ていく。でも、一番は違う。もっと人の営みの基礎となるようなもの。『水の石』に『水の浄化石』、『精霊術師が作った薬』が一番売れるの。それを国内で独占するんじゃなく、他国にも販売してる。フォルテリアスは自国だけじゃなく、周辺の国も共に豊かになるために行動してると思う」
リンは目の前の男たちを睨み返した。
「あなたたちと違う」
他国に侵略するような、人をさらうようなあなたたちと一緒にしないで。
リンがそう言った瞬間、隣に座るメイドは震え、目の前の男たちはギュッとこぶしを握り締めた。
「「違う!」」
「違います! 侵略は……」
三人は、一斉に口を開いて否定する。
「違う? 家族と生き別れ、住んだ土地を追われ、たくさんの人がヴァルスミアにも来てる。街には火がかけられ、エストーラの国はなくなった。それに今だって……」
「だから違うっ!」
「それは軍だっ!」
「そんな火は使わないわっ!」
また同時だ。
そして気になることを言っている。
「軍は国軍でしょう? それに、あなたたちは軍の人、じゃないの? 忍び込んで探って、人をさらうなんて、そういう訓練を受けたとしか……」
「俺たちは違う。俺たちは」
目の前の男が口をつぐみ、仲間の二人と視線を交わした。
すると、もう一人の男が口を開いた。
「俺たちは孤児でね。生き延びるために、忍び込んで、盗んでって、やってきた。だから、周りの様子をうかがうのも、息を殺して馴染むのもうまいんだよ」
聞けば心がチクリとすることを言っているが、男の声は穏やかで、ふっと笑みまでこぼした。
「兄さん……」
メイドがポツリと呼びかけた。
「えっ。あなたたち、兄妹なの?」
リンは三人の顔を見回した。
「俺は違うさ」
目の前の男が言う。
「いや、俺たちの兄のようなものだろ? ……見捨てずに、ずっといてくれた。だから、俺も妹も生き延びた」
「ふんっ。くっついていりゃあ、それだけでも暖かいからな」
確かに目の前の男は、兄妹よりいくつか年上に見える。数歳の違いは、幼い頃には大きな違いだ。確かに頼りになっただろう。
そんなことを考えながらリンがじっと見ていると、視線に気づいた男がふっと皮肉気な笑みを浮かべた。
「あんたにはわかんないだろうな。北の冬はこの国以上に寒い。すべてが凍るんだ。空も大地も、動物も人も、すべてだ。昼も夜も、火だけは絶やせない。絶やせば、温かみも感じられない石の床が、そのまま死の床だ」
「そうね。火を点けたくても身体が動かなくて。朝、太陽の光が顔にあたって、暖かくて、ああ、今夜も生きてたって思ったわ」
メイドがポツリと言った。
兄と呼ばれた男がそれに続く。
「親がいればなんとかなるんだけどね。俺たちみたいなのは、街の隅で屋根のあるところを見つけて、くっついて過ごすんだよ。見逃してくれる大人もいたけど、火の扱いを間違えると大変だから追い出されることも多くて。でも、火がなければ死んでしまうから」
「子供ばかり、七、八人集まってたわね。ふふっ。あの頃は火と食べもののことばかり考えてた」
「街の人から小遣いをもらえるような仕事がある日は運がいい。それでパンの一切れが買える。薪が見つかれば、それも幸運。朝、目を覚ますことができれば、また生きる。生きて、ただもうその日を生きて」
三人が口を閉じたが、リンには何も言うことがなかった。
「……あの日は納屋にいるのを見つかって、追い出された。ボロボロの小屋を見つけたけれど、そんなところで寒さを凌げるわけがない。明け方に火も絶えて、ああ、もうこれで終わりかって思った時、目の前に炎が上がった」
「えっ?」
真剣に聞いていたリンは声を上げた。
火事にでもなったのだろうか。
「火を掲げて、助けてくれる大人が来たんだ」
「ええ。今でもあの声を覚えているわ。『良し、よく頑張った。もう大丈夫だ』って」
メイドが目を閉じ、口角を上げた。
「それがシュージュリーの皇帝だった。俺たちの街はシュージュリーに攻め込まれた。国もなくなった。熱くて、大きな火で、凍った空気も大地も溶けた。でも、それが俺たちには助けだった」
メイドが目を開けて、リンを見つめた。
真っ直ぐに見られるのは、今日初めてかもしれない。
「火はちっとも怖くなかった。シュージュリーの皇帝は、恐ろしい火を使いません」
メイドはきっぱりと言い、その握り締めた手を、兄がポンと叩いた。
「昔、フォルテリアスを攻めたことがあるからシュージュリー皇帝の印象は悪いかもしれないけれど、俺たちの国を攻めて落とした後は、ずっと戦争なんてしてなかった。軍なんだ。今、東を攻めているのは軍なんだ」
「侵略は、皇帝の指示ではないということ?」
「違う。軍の反乱が始まったのは数年前。陛下はそれも鎮圧した。だが、もう三年近く前になるか。シュージュリーで軍が放った火を消し止めて以来、陛下は熱と身体の痛みに苦しまれている。軍を抑えられる状況にない」
「あなたが父と慕う人って……」
三人が揃ってうなずいた。
「シュージュリーの皇帝陛下だ」
昨日(3月17日)九堂絹先生による、漫画版『お茶屋さんは賢者見習い』1巻が発売となりました。
https://fwcomicsalter.jp/benefits/fwca_ochaya1_tokuten/
描かれたヴァルスミアの冬の生活を、ニマニマと眺めております。
どうぞよろしくお願いいたします。
次話もさほどお待たせせずに更新予定です。
いつもありがとうございます。





