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Saloon and Horse-drawn carriage / サロンと馬車

 その騎士がリンの連れ去られた経路がわかったと言った時、ライアンは思わず立ち上がった。

 ライアンだけではない、オグもそうだ。


「どこだっ!」


 オグは声を上げてから、ここはヴァルスミアでもハンターズギルドでもないと気づいたようで、すまない、と座りなおしている。

 ここにいる者たちは気にしないだろうが。


「説明を」


 騎士たちが交互に話を始めた。


「我々はリン様が最後に行かれた痕跡のある家族風呂から捜索を始めました。城門の警備が見ていないと断言するのです。そこは通っていないと判断し、周辺を見て回りました」

「家族風呂は、砦であった頃は中庭の水場として使われた場所です。他よりも離れた、低い位置にあります。周囲には木立もあり、見通しもあまり良くありません。 見咎められずに出入りをするにはそこしかないと思いました」


 確かにそうだ。

 見通しがあまりよくない。だから隠れ家のようでちょうどいいと、あの場所が家族風呂に選ばれたのだから。

 ライアンはうなずいて、続きを促した。


「ですが、温泉施設はウェイ川沿いの崖の上にあります。崖と、城を囲む一の城壁、次の二の城壁によって区切られた場所です。まず家族風呂から奥へと向かいましたが、すぐに二の城壁に行き当たりました。一の城門を通っていないとすると、後は崖しかありません」

「岩壁の途中に一箇所だけ、大人ならなんとか降りられるぐらいの高さに、足を下ろせるような出っ張りがありました」

「城壁から他もくまなく確認しましたが、そこ以外は考えられませんでした」


 会議に出ていた一人がどこか苛立ったような声を上げた。


「まさか、崖を降りた、と言いたいのではないでしょうね?」

「いくらなんでも……」


 他の者も首をひねるようにしている。

 報告をしていた騎士は、手で、落ち着くようにと合図をすると続けた。


「その出っ張りに降りてみれば、そこからさらに下、崖沿いに細い道がありました。道と言っても、砦のような切られた石でもなく、作られたものではないのかもしれません。出っ張りが続くと言った方が正解かもしれませんが」

「人が歩けるほどの幅はありました。そこをたどれば、この城と反対側にある、二つ先の丘で崖から抜けることができました。つまり城門を通ることなく、この領都ウェイストラの反対まで抜けられたのです」


 全員に動揺が走った。


「まさか、そのような道が……」

「確かにあの辺りで、一度崖の高さが低くなるが」

「誰でも城へ侵入できるということか!」

「いや、城へは無理だ。囲む城壁がある。だが、早急になんとかせねば」


 どんどんリンの行方から離れていく者たちに、ライアンは手を挙げて鎮めた。


「よく見つけてくれた。他に報告は?」


 二人の騎士がお互いを見てうなずいた。


「……私たちが歩く前に、草には踏まれた跡がありました」




 ◇ 




 心地よい揺れに、目を覚ましたリンの頭はぼんやりとして、自分がどこにいるのかわからなかった。


「ええと……」


 リンの向かいに座るメイドを見て、だんだんと思い出してきた。確か気持ちのいいマッサージを受けて……。

 この断続的な揺れと続く音は、どうやら馬車に乗っているようだ。

 眠ってしまって、迷惑をかけたかもしれない。


「ええと、儀式のオークは遠いのですか……?」


 リンの問いに、メイドはビクリと震えた。


「なにを抜けたことを」

「えっ?」


 突然聞こえた男の声に、顔を向けたリンは目を見張った。そして、目が覚めた。

 自分の隣に見知らぬ男性が座っている。

 ヒンヤリとした声で吐き捨てるように言われた言葉にショックを受け、言葉が出ない。

 呆然と見つめていると、その男はふいっとリンから視線を外して、前を向いた。


「ん?」


 痩せたとがった顎。口元を引き締めて、前を向くその横顔。

 その横顔に見覚えがある。


「ヴァルスミアでお会いしたことありますよね? 聖域参拝に来てた。病気のお父さんがいる……」


 男が目を見開いた。


「覚えているのか!」


 口に出してから、リンはこの男が他国の諜報官ではないかと疑われていたことを思い出した。

 自分でもうかつにも程があると思ったが。

 この男といるということは、このメイドも仲間なのだろうか。ラミントンのメイドじゃないのだろうか。

 寝ぼけていない頭でぐるぐると考え続けるが、何が目的なのかさっぱりとわからない。

 リンの同意なしに連れ出されたということは、儀式会場に向かっているわけがない。

 確かに抜けている。 

 一つの単語が頭に浮かんで、ぞくりと震えた。


「拉致?」

「……」


 男は何も言わない。

 連れだされた理由は、なんだろう。


「目的は何ですか?」

「……」

 

 身代金だろうか。だから自分は傷つけられることもなく無事なんだろうか。

 リンは少しでも話をしたメイドに相手を変えた。


「貴女も、この人の仲間なんですか? ラミントンのメイドさんではないんですか?」


 メイドは目を泳がせ、また身体を震わせる。 

 この人は最初からそうだったかもしれない。でも、口数は少なかったけど、メイドとして言葉遣いに違和感はなかった。


「よせっ!」


 隣の男がリンを遮った。

 ーー隣の男は前とは全く違う態度になっているけれど。


「じゃあ貴方が教えてください。なぜ私を連れだしたのか」


 そういえば、この人は春の時も私のことを探っていたと聞いた。


「今頃、城は大騒ぎになっているはず。ラミントンの皆が準備してきたんですよ。今日この日が、新しい領主夫妻にとって幸せで、満ち足りた生活の始まりとなるように。それを……」

「仕方ないだろう。俺たちにも時間がなかった。そして、今日は狙っていたチャンスだった!」


 リンの言葉を遮るように男が口を開いた。


「狙っていた? もしかして、春からずっと?」

「ああ。何でもする、そう誓った。……アンタには悪いが、これは最後の手段だった」


 リンはどんどん思い出してきた。確かこの人はーー。


「お父さんのため? でも、こんなこと、」

「うるさいっ!!」

 

 男が馬車の壁を叩いた。


「俺たちはわかってやっているっ! 本当にもう時間がないんだ! 俺も、こいつも、今回動いた者は皆っ」


 その勢いに押されて、リンは息をのんだ。

 馬車が停まり、外から扉が開けられると、別の男が顔を見せた。


「どうした? 外まで声が聞こえたぞ」


 リンは耳を澄ました。

 辺りは静かで、外の賑やかさが伝わってきた城とは違う。ラミントンの領都からだいぶ離れているのだろうか。

 リンの隣に座っていた男は落ち着きを取り戻したのか、ふうっと息を吐いた。


「降りろ。わかっただろ? 何人もが動いている。このまま大人しくしているのが身のためだ。それに『加護の石』と言うんだろ? 外したままだからな。精霊の力は使えない」


 リンは動揺を見せないように、視線を下げた。

 大丈夫だ。ブレスレットが必要ないことは、知られていない。


「わかったわよ。せめてどこに向かっているのか教えて」


 目の前には船が見える。これに乗せられるらしい。


「ヴァルスミアだ」


 リンはなぜかほっとした。

 まだ囚われているところだというのに。


「そう。シルフがライアンに私の無事と、ヴァルスミアに行くことを伝えてくれたらいいのに」

「残念だったな」


 リンは男たちに挟まれ、船に乗り込んだ。

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https://fwcomicsalter.jp/comics/ochaya/


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どうぞよろしくお願いいたします。

心よりの感謝を。


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