Wedding and Search / 婚礼と捜索
ラミントンの領主であるラグナルとグラッセの結婚の儀式は、日が落ちる頃つつがなく進んだ。
リンの不在を知る者の心に、心配や焦りがあったとしても。
そして、参列客に知られないよう配慮しながらも、周辺ではラグナルが手配した者たちによって、リンの捜索が続けられていた。
静寂の中、ライアンの朗々とした宣旨が響く。
「ここにラグナル ノラン ラミントンとグラッセ ベリット アダイアの結婚の儀は成った。
フォルテリアスは精霊が約束した土地。ラミントンはその豊かな大地を守る北の砦。海よりは慈愛溢るる恩恵がもたらされ、風は波を呼び、幸運を吹き運ぶ。 家を暖める火は、この地の民を守るであろう。
ドルーと精霊の祝福と加護を、新たなる領主夫妻とこの地の民へ。
フォルテリアスは精霊の加護とともに」
空と海を赤く染め、光りの一本道を作っていた太陽は、ライアンが宣言する頃ちょうど海に沈んだ。
その言葉通り、海からは波音が聞こえ、柔らかな風が吹くと大篝火の薪がパチリと音を立てて火の粉を上げた。
その風に乗って精霊が空を舞い踊る。
さすがにここは、ラミントンの地を見守るオークの足元だ。精霊の勢いがすごい。
オークの木へと精霊が向かっていくのだが、急ぎすぎて参列者にもバシバシとぶち当たる。
その勢いで、髪は乱れ、帽子は飛びそうだ。そのうち楽しくなった精霊が、ドレスのリボンやマントのタッセルにぶら下がって遊びだす。
ライアンは自分の髪に群がる精霊を捕まえると、オークの木に向かって、無造作に放り投げた。
すると、ばさりと音を立てオークの枝が落ちる。
「おおっ」
「これは吉兆ですぞ。ラミントンの新領主夫妻にドルー様からの祝福です!」
「さすが賢者殿だ」
リンでもないのに……。
落ちて来た枝を拾い上げながらリンのことを考え、気ばかりが焦る。
儀式の間も飛び回るシルフに注意を払っていたが、ライアンの元へリンの飛伝がくることはなかった。
「ラグナル。ドルーの加護を」
枝をラグナルへ渡すと、またパサリと音がする。
振り返ると、オークの枝が落ちている。
ライアンは眉を寄せた。
「リンではあるまいに」
「……これ、もしかして私がもらっては、いけないものなのでは? 私もグラッセも、儀式の前にすでにオークの一枝をいただいておりますし」
ラグナルの手元にある枝と落ちたそれを、二人して交互に見つめる。
「あ……」
グノームが新しく落ちた枝を抱えた。そのまま飛んで来ると、ライアンの胸元に押し付ける。
「これは私にか?」
尋ねるとコクコクと首を上下させた。
「あ、じゃあ、こちらもライアンに返し……」
ラグナルの言葉には、グノームが首を横に振る。
「それは持っていろ、と言っている。リンはセンスにしていたが、身近に置けるものにするといい」
「ありがたく」
ラグナルとグラッセは顔を見合わせると、二人して膝を落とし、頭を下げた。
オグが作った婚約のピンとネックレスを合わせたものが、グラッセの胸元を豪華に飾っている。
乳白色の『海のドロップレット』に、リンと二人で聖域に赴きラグナルの気持ちを込めた水の精霊石。グラッセの故郷である青の森の『女神石』も組み込まれた、ラグナルと家族の愛情が込められた、新婦の幸福を願うネックレスだ。
「……リンも、それを身に付けた所を見たかっただろう」
グラッセはそれを聞き、唇を震わせると座り込んだ。
「ええ、本当に。私も見ていただきたかった」
「……また、すぐにリンにお会いできます。その時に見ていただきましょう」
ラグナルがグラッセの肩を抱き、わざと明るい声を出す。
その時、ライアンとラグナルが手に持つオークの枝がふっと香った。
清々しい木の香りは森を思わせ、そこに海の香りが混じる。
「落ち着く香りですね」
ラグナルが枝をグラッセに寄せると、顔を上げた彼女の顔が和らいだ。
「……リンにはドルーの加護がある。精霊も見守っている。すぐに見つかる。大丈夫だ」
自分に言い聞かせるように、ライアンが言う。
「ライアン、申し訳ございませんが……」
周囲を見回し、ラグナルがためらうように口にした。
新婚の領主夫妻には、この後の予定も詰まっている。
ラグナルは立ち上がると、ライアンにささやいた。
「大広間近くのサロンを押さえてあります。捜索にあたっていた者たちが、そろそろ集まってくるはずです。一度彼らから報告を。そして、どうぞそのままお使いください」
「助かる」
「いえ、では、また後で」
ラグナルもグラッセも心配そうな顔を隠さずに去っていくが、さすがにこれ以上の手数をかけるわけにもいかない。
ラミントンで行方不明となったとはいえ、今日は彼らの結婚式なのだ。
離れた場所から、ウィスタントン公爵夫妻とシュゼットが、ライアンを見つめてうなずく。
その側から数名の騎士が離れ、ライアンの側にやってきた。
必要なら使え、ということだろう。
ありがたく頭を下げ、ラグナルが準備してくれたサロンへと向かった。
多くの騎士や女官、風の術師たちが、すでにその部屋には集まっていた。
ライアンは席に付くと、皆にも着席を勧めた。
オグも含め、ウィスタントンの者もその一角に陣取っている。
「このような祝賀の日に、これだけ多くの者を割いてくれたラグナルに、それから皆の協力に感謝する。 何か手がかりはあっただろうか」
騎士の一人が報告を上げる。
「まず、城内の探せる範囲は探し、それから城門も港もすぐに手配がされましたが、リン様のお姿は発見されておりません。見た者も、温泉施設手前の門を警備していた者たちが最後です」
「温泉から姿が消え、そこから不明か……」
それは儀式前からわかっていたが、それが確定したということになる。
「リンを温泉へ案内したメイドは?」
今度は、女官長だろうか、一人が頭を下げて話し始める。
「それがそちらも。やはり同じ門の警備の者が、メイドの顔を見ております。ですが、メイドは髪をボンネットの中にしまうので、髪色さえも印象に残りにくいのです。いえ、主のお邪魔とならぬよう、印象に残らないように日頃から注意している、と言うのが正解でしょうか。顔見知りのメイドではなかったそうですが、この結婚式に備え、城下からも新たにメイドを雇っております。ですので顔を知らずとも、そういうこともあるのかと思ったようで……」
「なるほどな」
「また本日は、朝よりメイドの動きも通常とは違っております。できうる限り確認しておりますが、そのメイドに心当たりのない者ばかりで。それに、仕事を投げ出して姿を消した者も、今のところ見つかっておりません」
「ラミントンに心当たりがなければ、外からの者か。だが、外部の者が、ラミントンのメイドのふりをすることができるだろうか」
ライアンが女官長に聞いた。
「それは……! いえ、ですが、城の制服を着用しラミントンのマントを羽織れば、この領の者と認識されるやも知れません」
「リンがそう思った可能性はあるな。マントの管理は?」
この質問には、別館付きの執事が答えた。
「臨時雇いの者も含めて、仕事の最初に支給いたします。現在も確認を進めておりますが、未だすべての者と話ができておらず……」
執事も女官長も申し訳なさそうにするが、なにせ領主の結婚式だ。
今も参列者が大広間に移動しており、この城に勤める者は全員忙しく動き回っている。ここにこれだけ集まっているのも厳しいはずだ。
忙しく、この城に勤務する者にとっても、いつもと違う特別な日。
「この日を狙ったとしか思えぬな」
人が増え、人の動きも違う、最も忙しい日。そこを狙われたのだろうか。
ライアンは大きく息を吐いた。
「あの、一つ気になっていることがございます。調べられない場所があるのです。さすがに各地のご領主様はもちろん、その御同行の方も、そのお部屋も調べられておりません」
「ふむ」
それはそうだろう。
「ですので、まだ城の中にいらっしゃる可能性も残っているかと」
ライアンが考え込むと、別の騎士が発言した。
「私はその可能性は低いのではと思っております。本日の城門は大混雑でした。港からのご来賓の馬車に、新鮮な食材を運ぶための荷馬車と、連なっておりました。来る馬車があれば、当然、帰る馬車もございます。その上、明日の早朝にラミントンを出るご参列者の方々は、荷物を船に運び始めております」
「紛れようと思えば、混雑に紛れられるということだな」
「もちろん門では確認を行っておりますが、やはり城に入る方が確認は厳しく、出る方は、特にメイドの衣装などを着ておりますと、混雑を避けるためにも、さして疑いもせず出したのではないかと思います。もし荷物に紛れるようにリン様が隠されていた場合、その中までは調べていないと思います」
そこまで報告が進んだところで、騎士二人が駆け込んできた。
「遅れて申し訳ございません」
挨拶の後、その騎士達はズバリと言った。
「リン様が連れ去られた経路がわかったかもしれません」
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