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Where is she?/ 彼女はどこに

タイトルが決まらなくて……。後日変更するかもしれません。

 ライアンの元へ、シムネルから風の使いがやってきた。


「リンの姿が見えないらしい。……また長湯でもしているのか」


 もたらされた知らせに、身支度を整えていたライアンは手を止めた。

 儀式用マントにブラシをかけていたシュトレンも顔をあげる。


「確認してまいりましょう」


 シルフに負けない速さで連絡が来たようで、シュトレンが部屋を出る前に外が騒がしくなった。

 招き入れると、アマンドが急ぎ足で進み出て、深く頭を下げた。


「シムネルから聞いた。湯ではないのか? この間も休憩室で寝ていただろう?」

「いえ、それが……。温泉にサロン、リン様が行きそうな場所を確認したのですが、お姿がありません。シュゼット様、カリソン様の元もお訪ねされていません」


 アマンドの声には焦燥が見え、よく見れば頬に添えている手も震えている。


「オグやエクレールのところは?」

「いえ、そちらも。今、オグ様もご一緒に、引き続き別館内を探してくださっています。シムネル様はシルフも飛ばしてくださいましたが、リン様のお返事もなくて」


 ライアンの眉が寄った。

 シルフに返事ができないとなると、考えられるのは寝ているか、あるいは――。


「最後にリンの姿を見たのは?」

「お昼過ぎに私が休憩に入りました。その時はお部屋にいらっしゃり、それが最後です」


 アマンドはライアンに紙を差し出した。

 

「温泉の混雑でリン様の湯あみは遅くなるだろうとのことで、その前に休憩を取ることになりました。お部屋に戻りましたらその手紙が残っておりまして、早めに温泉に向かわれたと思ったのです」

「なのに温泉にはいなかったと?」


 アマンドがうなずく。


「はい。そろそろ戻られる時刻かと思っておりましたら、メイドがリン様を迎えに来たのです。それが昼前に話していた温泉に向かう予定時刻で……」

「後から迎えが来たということか」

「はい。何かおかしな気がして、温泉に確認にまいりました。いつもリン様が利用する個室は決まっております。ですが、リン様はおりませんでした。念のため、その前にその箇所を使っていたという伯爵夫人の方へ、それとなくご確認いただきましたが『確かにその時間は自分が温泉を使っていた』とのことで」

「リンを先導したメイドに確認は?」

「まだどのメイドか、確認が取れておりません」


 アマンドはどうしたらいいのかわからない、と言った風情で首を横に振った。

 ライアンは窓の外を眺めた。太陽は水平線よりだいぶ上にあり、日暮れにはまだ時間がある。

 すぐさまシムネルにシルフを送った。


「『シムネル、ラグナルに状況の一報を。必要があれば本館の捜索も願い出る。私もリンの捜索にあたる』」

「シュトレン、もう伝わっていると思うが、父上に現状の報告を。それから別館の執事にメイドの所在を聞いてくれ。フログナルドは別館警備の騎士に確認を。本館には向かってはいないと思うが……」


 そして、次々に指示を出すと、アマンドを連れて部屋を出た。


 リンの部屋に来ると、ライアンは集中して『聞き耳』を使った。

 温泉まで迎えに行ったアマンドが、リンがいないと慌てて戻った様子が聞こえ、そこからさらに時間を遡ってシルフに再現させる。


「いた。リンの声だ。……確かに朝食時に時間の変更を言われているな。どうやらそれより早い時刻に迎えが来て、温泉に向かったようだ。そこはそのメモに書いてある通りらしい」

 

 ライアンはアマンドに振り返った。


「このままシルフで確認しながら、女湯の方へ向かう。さすがに施設内で聞き耳を使うことは避けたいが、立ち入りの便宜を図るよう頼んで欲しい。……それから、リンがいつも温泉へ向かう通路を教えて欲しい」


 アマンドがメイドに目配せをすると、彼女はさっと部屋から飛び出した。

 階段の手前、地階の通路、といったように、ライアンは別館を『聞き耳』を使いながら進むが、ざわざわと複数の声が聞こえるだけで、全く手がかりがない。


 別館の外に出た。

 温泉施設を作る際、新たに壁と門が作られたが、そこに警備の待機所がある。

 その前にフログナルドがいた。


「こちらの警備の者に確認致しましたが、リン様がここを抜け女湯の施設の方に向かわれるのを見送った者がおりました。ですが場所の性質上、そちらの石段を下りて門を潜る(くぐる)のはお湯を使われる淑女の方と身の回りのお世話をする者だけで、警備も入れません。そこから先は不明です」

「ここを出たことは確かということか。戻って来たのを見た者は?」


 騎士たちは顔を見合わせて、首を振った。

 ライアンはうなずくと、そこでも『聞き耳』を使い始める。

 リンのことだ。警備の者にも必ず挨拶をしているだろう。メイドの声は聞こえるか、と、耳を傾ける。

 そこにシムネルからのシルフがやってきた。


「『ラグナル様にご報告申し上げました。本館内も捜索するように、ラグナル様から指示がございました。私もそちらに向かいます』」


 同時に、別館からオグがやって来た。


「ライアン! 温泉! この壁の向こうだ。グノームにリンの加護石のブレスレットを探させた。この壁の向こうに向かっている」

「その手があったか……!」


 警護の騎士が首をひねった。


「現在、人はいないはずです。先ほど清掃の者も引き上げました」

「儀式も間もなくだからな。だが、グノームは向こうだと言ってるぜ」


 ライアンはハッとして、海上に浮かぶ太陽を眺めた。

 大丈夫だ。まだ時間がある。


「急ぐ」

「ああ」


 石のアーチを潜り、駆けるような速さで進んでいたライアンとオグの後を、アマンドが必死で付いて行く。そのうち足がピタリと止まった。

 グノームが女湯から離れていく。


「どういうことだ? あっちは……家族風呂?」


 ライアンが目を閉じ、声を拾い集める。


「……リンはどうやら女湯に向かっていない。家族風呂を使うように、この辺りでメイドに言われている」

「やっぱりそうか。でもあそこは、その、なんだ、ラグナル達が最初に使えるようにって、今は閉めてるだろ? だいたい家族風呂って、リンは誰と使うんだ」


 ライアンがオグをジロリと睨んだ。


「なぜ誰かと一緒だと決めつける? アマンド、向こうは探したか?」

「いえ、まさかあちらを使われたとは、思ってもおりませんでした」

「行こう。シルフもグノームもあちらだと言っている」


 家族風呂の扉は大きく開け放たれていた。


「開いてるぞ!」


 中に飛び込むが、水の流れる音ばかりで人の気配はない。

 手分けをして建物を探すと、ライアンの入った休憩室に、人のいた形跡があった。

 キャンドルは消えずに燃え続けており、(こう)らしき残り香も感じられる。


「確かにここが使われたようだな」


 オグがバタバタと入ってきた。


「ライアン、リンの加護石だ!」

「これはどこに?」

「脱衣室だ」

「ですが、いらっしゃいません。御衣装も見当たりませんっ」


 ぐるりと建物を巡ったアマンドが、泣きそうな声で訴える。

 ライアンがブレスレットを見て、厳しい顔をした。リンが加護石を外したまま、どこかに行くとは思えない。


「『リン!』」


 シルフで呼びかけるが、リンの返答はないままだ。


「オグ! 外だ。外を確認せよ!」

「私も外へ参ります」


 飛び出す二人を見送ると、シルフに指示をしてリンの声を探させる。

 ほどなくして、ライアンが息を呑んだ。

 肌がチリリとして、全身の毛が逆立つ。


「くそっ!」


 ダンッとこぶしをカウチに叩きつけ、ライアンも外へ走り出た。

 辺りを見回し耳を澄ませるが、リンがここに着いた時の声しか聞こえない。


「……どこだ、リン。声を出せ」


 ライアンが緑の加護石を握りしめ、風を自分に集め始めた。

 シルフたちが集まりライアンを中心にして渦を巻き始めると、目を閉じる。


 そこへラグナルが後ろに護衛を引き連れて女湯の方からやってきた。

 オグも一緒だ。


「おい、ライアン。何をしている。それ以上は危険だ。止めろ!」


 オグが頭を下げるように近づいて、ライアンの肩をガシッと掴んだ。

 当然だが三人とも儀式用の衣装で、ラグナルは家紋が刺繍された豪奢なマントを羽織っている。その重いマントまでが大風のような突風に翻っている。


 ライアンが目を開いた。

 

「ラグナル? 支度もあるだろうに」

「もう整っていますよ。それにライアンがこちらにいるのですから、儀式も間に合いますよ。……それより、リンは?」


 後ろに撫でつけた髪は少し乱れているが、ラグナルは心配気な顔をさらしている。

 

「……多分、リンは意識がない状態で連れ去られた。かすかだが、一言、二言、男の声が聞こえた。恐らくここに案内したメイドも仲間だと思われる」


 ラグナルが息を呑んだ。


「なんてことを……。まさか、メイドが……」


 頭を下げようとしたラグナルを、ライアンが慌てて止める。


「いや、まだ何もわかっていない。本当にメイドだったかどうかも知れぬ。確認してもらっているが、まだ見つかっていないはずだ。それに、なぜ精霊たちがリンをそのまま行かせたかもわからぬ」

「……あのサラマンダーが、なあ」


 オグも首をひねった。

 いつも『やる気』に満ち溢れている、あのサラマンダーが。


「ライアン行ってください。儀式は術師ギルド長にお任せしますから」


 ラグナルがライアンを見てきっぱりと言った。

 確かに辺りに満ちる光は色を薄くしている。

 この時期は落ちるように日が沈む。そろそろオークの元へ向かうべきだろう。


「何を……。ダメだ。儀式は私が執り行う」


 予定と違って賢者が執り行わない、参列もしないとなれば、若い新領主夫妻に精霊の祝福と加護がないかのような印象を与えてしまう。


「ですが……」

「俺が代わりにグノームを走らせる。リンの髪飾りに貴石は付いていないか?」

「ダメだ。お前は兄だろう。それに湯あみの後だ。マッサージを受けるところだったと思う。加護石すら身に着けていないのに、髪飾りを付けたとは思えぬ」


 三人が黙った。

 決断の時が迫っている。


「……移動しよう。儀式の後に再度この辺り一帯のシルフに確認する」


 オグがジロリと睨んだ。


「まさかさっきのような乱暴な方法を取るわけじゃねえよな? 倒れるぞ!」

「では、せめて私が信頼する者たちに周辺を捜索させてください。各城門と港にはすでに連絡が行っていますが、間もなく日が落ちます。明るいうちに、せめて何かの手がかりを」

「頼む。ラグナル」


 儀式が終わっても、リンとリンを案内したメイドの行方はつかめなかった。

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