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The day of ceremony / 儀式当日

 ラミントン領主の結婚式当日を迎えた。

 領城内の騒めきに緊張と喜びが混じり、そわそわとしたものを感じる。

 いつも以上に多くの船が浮かんでいる海は陽光に煌めいて、美しく――。


「海もお祝いしてるのかな。水の近いラミントンはオンディーヌの加護が強いのかもね」


 ぼそりとしたリンの呟きは、ちょうど軽食を持ってきたメイドまで聞こえたようだ。


「まあっ! 賢者様方にはそのように見えるのですね。なんてありがたいことでしょう。麗しき精霊の、尊きご加護に感謝を……」


 目の前で跪かれ、リンは慌てた。

 リンではなく、窓の向こうの海に向かって跪いたのかもしれないが。


「えっ。いえ、海がきらきらと輝いているのでそんな気持ちになっただけでっ。精霊は美しく、輝くものが好きですから。ほら、よくライアンの髪で遊びますし……」


 確かにオンディーヌの姿が多いようには思う。特に温泉の辺りは、あちらこちらでオンディーヌが踊ったり、休んだりしている。


「まあっ! やはり賢者様の御髪(おぐし)をも精霊はご寵愛になるのですね……!」


 メイドが感激した様子で目を輝かせた。

 『フォルテリアスのアイドル』ライアンの秘密をこぼしてしまった気がする。


「……ええと。あっ、そちらは今日の朝食ですね」


 メイドはハッとして立ち上がり、側のワゴンを引き寄せた。


「コホン。失礼いたしました。朝食をお持ちいたしました」


 遅めの朝食兼、昼食だ。

 ワゴンから出てきたのは、ふわっふわのパンケーキ二段重ね。それに栗の甘露煮が、たっぷりの蜜と共に添えてある。

 でも、ひと際目を引くのは山盛りのホイップクリームだ。


「これこれ」


 リンはカトラリーを手にすると、まずクリームだけを口に運んだ。


「ふふふふふ」


 にんまりとしたリンの口から笑みがこぼれる。


「主役はやっぱりこのクリーム。牛乳の風味たっぷりで、コクがあるのに空気を含んだこの軽やかさっ! ホイップクリームは飲み物っ! シルフありがとうっ!」


 リンはシルフを見上げて感謝を捧げた。


「ラミントンの牛の乳は濃厚でおいしいと常々思っておりましたが。リン様が三倍盛りを注文されるほどお好みと聞いて、本当に嬉しいですわ」


 リンは朝食には『しょっぱいものを食べる派』なのだが、このホイップクリームにやられた。

 ここにいる間だけ楽しめるのだからと『甘い朝食。パンケーキ ホイップクリーム増し増し増し』とお願いして、今ではクリームの高さはパンケーキの倍だ。

 

「乳脂肪のおいしさですよねえ。ちょっと腰が心配だけど、脂肪ってどうしてこんなにおいしさを増すのか……」

 

 リンは海を眺めて腰の行方を考えたが、白いふわふわの魅力には抗えないらしく、パンケーキにクリームをたっぷりと載せて頬張った。

 メイドが心得て、濃いめに出した紅茶をそっと置く。


「リン様、午後の温泉は予定より遅めの時間でもよろしいでしょうか」

「もちろん大丈夫ですよ! あ、でも、今日は皆さん忙しいでしょう? 私は一日ぐらい温泉じゃなくてもいいんですから」

「いえ、そちらは問題ございません。今日は儀式の前にご参列の皆様が身をお清めになります。式が終われば明日にもご出立となる方もいらっしゃり、ぜひ一度温泉にとおっしゃられまして」


 早朝から交代で温泉に向かっているらしい。


「温泉、人気ですねえ」


 昨日は雪がふわりと舞っていたが、今日は目に眩しいほどの快晴だ。

 天気次第で儀式の会場が変わるといっていたが、この様子だとオークの老樹の元で儀式となるだろう。

 岩山の上から街を見守るように生えるオークの大木はラミントン領主一族の守り樹で、街の人々の敬愛と感謝の対象となっているらしい。


 この国の慣習では、日の入り時刻に結婚の儀式が執り行われる。

 その後で領主夫妻が揃って、領城前に集まる領民に披露目をし、夜には参列者と晩餐会となる予定だ。

 リンもライアンと一緒にそのすべてに参加予定で、儀式では大篝火(おおかがり)に火を入れたり、ライアンのサポートをする。

 夏至時の婚姻と違って、この時期日は短くなっているが、それでも儀式までに時間はたっぷりとある。


「朝から身を清めるなんて、皆様気合が入っていますね。ドレスも豪華なんだろうな」


 リンは他人事のように思った。

 おいしいパンケーキも、温泉通いも、リンにはいつものことだ。

 



 もともとの予定からさほど遅くもない時間に、案内のメイドが迎えに来た。


「もう? 思ったより早かったですね」


 その言葉を『咎め』だと思ったのか、まだ若いメイドはビクリとして頭を下げた。

 温泉で儀式用のドレスとマントに着替えるつもりだったが、まだだいぶ時間がある。

 着替えを持って付いてくるはずだったアマンドも、休憩から戻っていない。


『温泉に行きます。着替えは戻ってから、こちらでします』


 リンはアマンドに書き置きを残すと、いつものように温泉セットを持って施設に向かった。

 

 いくつかの石段を下りて、先導のメイドがいつもと違った方へ曲がった。


「あれ? えっと……」

「あの、今日は家族風呂をお使いいただきたいと」

「うわあ。そこまで混んでるんですね」


 作った時に場所は確認したが、家族風呂を利用するのは初めてだ。

 ウェイ川に沿って、岩山を下るように海から離れていく。

 女湯からも少し距離があるが、このぐらい離れた方が気を使わなくていいのだろう。


 家族風呂の建物はロの字型だ。

 周囲は壁に覆われているが、中庭があって、そちらは壁がないので開放感がある。

 中庭にも水が湧き出し、小川が作られている。木が生え、岩も置かれ、『外』の風景を模してあるようだ。

 女湯と比べて見晴らしという点では劣るが、森の小さな隠れ家のようで、なんだか落ち着く。


 初めての家族風呂にリンが辺りを見回していると、メイドから声がかかった。


「あの、今日は儀式ですし、お仕度の前にマッサージをいかがでしょうか」


 リンは夏に王都で受けたマッサージを思い浮かべた。

 始まりの宴の前に指先から肩まで揉まれた、あの楽園にいるかのような快感。

 マッサージの後は顎もシュッとして、首から鎖骨のあたりもすっきりとして、磨きあげられたんだよなあと思い出し、リンは大きくうなずいた。


「できれば、腰の辺りもぜひっ!」


 リンの勢いにメイドは目を瞬いたが、コクリとうなずいた。




 待っている人がいると思うと、気分的にゆっくりとお湯につかれないものだ。

 リンは精一杯の早さで湯から上がり、用意されていたガウンのような湯着を羽織ると、脱衣所の横にある休憩室へ向かった。

 キャンドルが灯され、すっきりとした針葉樹の香が焚かれている。ゼラニウムの甘い香りも混じっているのは、マッサージ用のオイルだろうか。

 

「どうぞこちらに」


 ゆったりとしたカウチにはシーツが掛けられて、準備が整っている。

 腰を下ろすと、グラスが渡された。

 蜂蜜とサントレナのレモンだろうか。レモンの風味が強くて口の中がギュッとするが、渇いた身体が喜んでいる気がする。


「おいしい」


 グラスを返せば、うつ伏せになるように促される。

 湯着が腰まで下げられ、背中にオイルが垂らされた。首から腰の辺りまでオイルを広げるその手は少し冷たいが、火照った身体には気持ちがいい。


「天国とはきっとこのような……! ありがとうございます」


 リンはその手に誘われるように、心地よく目を閉じた。

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