閑話:Streusel Wistanton / シュトロイゼル ウィスタントン
「まて、ライアン、せめてもう少し詳しく話を聞かせろ。そろそろリンに会わせてくれても良いのではないか?」
「今はまだリンに負担をかけるだけです。そのうちご挨拶に参りますから、その時に」
祝祭の晩餐が始まる合図のホルンが鳴り、パン係を先頭に配膳係が入室した。
「父上、ホルンが鳴りました。晩餐が始まるようです。私は残念ですが、本日はこれで退出致します。どうぞよい晩餐を。母上、その祝祭のご衣裳、大変よくお似合いです。……新しき年に、精霊のご加護がウィスタントンにございますように」
そういって精霊術師でもある私の息子、ライアンは足早に、そそくさとグレートホールから退室してしまった。
私はシュトロイゼル ウィスタントン。このウィスタントン領の領主である。
「ライアンめ、見ろ。どこが残念だ。いそいそと出ていきおって」
「まあ、シュトロイゼル様、仕方がないですわ。リンが晩餐の席を共に、と待っていらっしゃるのでしょう?足も速くなることでしょう。それに、お聞きになりまして?あの子、私の衣装を褒めていきましたのよ。リンの影響でしょうか」
そんなこと今までありませんでしたのに、とクスクス笑いながらいう我が妻は、いつにも増して美しい。
「カリソン、私も、その衣装が貴女にとても似合って輝くようだ、と今日は告げたかね?」
「ええ。毎日おっしゃってくださっていますよ」
「お父様、お母様を変わらず愛していらっしゃるのは結構ですけれど、パンを取ってくださらないと晩餐がはじまりません。それに、ライアン兄様のところにいらっしゃるリンのことも、ぜひ私にも教えていただかなくては」
一人娘で、四人兄妹の末っ子のシュゼットは、一番歳の近いライアンと仲が良い。そのシュゼットにもライアンは大したことを話していないらしい。
「シブースト大兄様も王都から戻って、今宵はせっかく家族皆で揃って祝祭を迎えられると思いましたのに、残念ですこと」
と、シュゼットがハンカチを口に当て、ため息をついた。
「そのリンなのだがなあ、ライアンの周囲から報告は上がってくるが、アレは口が堅く、大切に囲いこんでいるようだ。領主である私が毎年出席する、ユール・ログの切りだしも、今日の太陽の再生の儀式も『領主一族として私がおりますから、父上は今年は御遠慮ください』と、リンの顔を見せてももらえなかったのだぞ」
「ライアン兄様は昔から秘密主義ですもの。大切な女性のことでしたら、隠すのも仕方がありませんわね」
あのライアンが女性にそこまで気を使い、隠すように囲いこむようになるとは、誰が想像しただろうか。
「今日こそはじっくり話を聞かせてもらおうと思っておったのに、祝祭の晩餐は工房で食べます。リンはこちらに家族がおりませんから、などと言いおって!館に連れてくればいいではないか」
一月前から上がってくるリンに関する報告ときたら、父としても、領主としても、興味を掻き立てられるどころの話ではない。目下のところ、領主一族の最大の関心と話題がリンなのだ。
ドルーの加護のある異国の女性を、ライアン様が森で保護された。工房で生活をされるので、侍女に使用人、生活に必要なものを至急手配して欲しい。
リン様は、聖域に入れる賢者見習いの方らしい。
アラバスタのごとき白い肌、ブラック・オブシディアンの黒き瞳を持つ、小柄な女性である。
素直でかわいらしい嬢ちゃまで、ワシは師匠だから館にはしばらく戻らん。
ドルー様にも孫のようにかわいがられている。
風呂が大好きで、毎日のように楽しまれている。ライアン様が風呂のために、火の石を贈られた。
森の守護者イームズが、リン様の守りに参じ、残られた。
ドルー様よりオークの枝を賜り、その枝で難民の生活を改善する案をだした。
そして昨日の最新情報が、ライアン様の髪に触れることを精霊が許した、だ!
この国では数十年に一人、必ず聖域に立ち入れる賢者見習いがでてきた。
ライアンの後ということは、まだ幼い子供なのかと思ったら、ライアンと同じ歳の妙齢の女性で、そしてあの髪に触れることができる者だという。
ライアンの髪に触れ、ライアンが風呂の心配をし、ライアンと祝祭の晩餐を共にする、それはもう、嫁候補というのではないか!
父も母も反対などせず、心より待っているのに、なぜ会わせてはもらえないのか。リンの心はライアンに向いておらず、慎重になっているのであろうか。
ライアンはその肩に大きすぎる責任を負い、四大精霊の加護を持ち生まれてきた。
五歳の子にすりよる有象無象を避け、王都を離れ、先王に願ってこの地の領主に封じていただいたのは、あの子のためにも良かったであろう。それでも他に代われる者のいない責を負い、王よりも孤独なその場所に、ずっと一人立っている。
同じ聖域に入れるリンならば、その意味が理解できるであろうか。リンがライアンの心に寄り添える者であって欲しいのが、親の願いだが、そのように期待するのは重荷になってしまうのであろうか。
「カリソン、私にただ一人貴女が現れたように、ライアンにもリンが現れたのであろうか」
「そうであるといいですわね、あの子のためにも」
気にはかかるが、今は領主として祝祭の晩餐の開始を宣言せねばならん。
ああ、ウィスタントンに精霊のご加護あれ!
一週間ほど前から、ライアンパパが「私はいつ会えるのだ」とうるさく、書かずには眠れませんでした。





