Hot Spring 2 / 温泉 2
リンが本館のサロンに入ると、そこにはすでにライアンとラグナル、グラッセ、それからオグとエクレールが揃っていた。
ライアンは執り行う結婚式の準備で朝から打ち合わせが続いていたはずで、最後のラグナル達との話が終わったばかりのようだ。
「遅れまして申し訳ございません」
空いていたライアンの隣に腰を下ろすと、ラグナルがニコニコと話しだした。
「いえ、今、揃ったところですよ。ライアンと兄上に話を聞いていたところです。なんでも砦跡の湧き湯を利用したいとか?」
「ええ。温泉と呼びますが、ただの入浴とは違い、優れた効能があるのです」
リンが言うと、同意するようにライアンとオグがうなずいた。
二人とも試してくれたようだ。
「ああ。昨夜試してみたが、確かにリンの言うとおり、入浴後も長く身体が温かかった」
「あれは冬の不調にいいぞ。身体もほぐれるし、ああ、肌も乾燥しなかったんだよな?」
オグがエクレールに振る。
「ええ、本当に素晴らしいお湯でした。冬の入浴は温まっていいのですが、肌の潤いを取り去ってしまいますもの。それが昨夜はなくて……。女性には大変喜ばれるかと思います」
エクレールの言葉には、端々に力がこもっている。
「お義姉様、わかります! 私もここに来ると肌の調子がいいと思っておりました」
グラッセが身を乗り出せば、エクレールが大きくうなずいた。
「肌がしっとり滑らかになりますでしょう? クリームがいらないほどに」
「ええ、ええ。そうなんです! 私、入浴は試したことがありませんでした」
リンが話さずとも、今日は力強い援軍が二人いるようだ。
盛り上がる二人にラグナルが苦笑した。
「それで、あちらに入浴施設を作りたいとか? 兄上が言うには、その、よくあるタイプの施設とは違うとか」
「ええ」
リンは背筋を伸ばした。
昨夜、どんな施設があったらいいだろうかと考えてきたのだ。
「作りたいのは、全く新しい入浴施設。仮に温泉施設と呼びましょうか。まず、男湯と女湯に分かれます。普通の入浴以外に、足湯といって足だけを湯につけるもの」
「足だけ?」
「ええ、ふくらはぎから下をつける感じです。身体全体がポカポカとしてきますし、のぼせないのもいいところです。服を脱がないので入浴より手軽でしょうか。それから寝転んで入れる寝湯に、高い所から湯を落とす打たせ湯に」
「寝転ぶ?」
「……待て、リン。できればひとつずつ説明して欲しい」
全く聞いたことのない入り方ばかりだからか、男性陣に一つ一つ聞き返される。
「寝湯は浅い浴槽を作り、首を浴槽の枕で支えて、横たわって入ります。水圧がかからず、身体の負担が少ないのでリラックスして入ることができます。打たせ湯は、高い所から落ちるお湯の下に身体を入れます。肩とか腰を当てると刺激されて血行が良くなり、筋肉のコリもほぐれます。マッサージ効果大です」
「なるほどなあ」
オグがそれを聞いて自分の肩をもむ。
「あ、マッサージで言えば、もしうまくシルフとかオンディーヌの力を借りられなら、ジェットバスといって空気を含んだ湯を浴槽に勢いよく噴出させるんです。それも気持ちがいいですよ」
「風や水の精霊道具か。可能だと思う。どの程度の強さの噴出なのか、後で詳しく聞きたいが」
リンがライアンを見つめた。
「ライアン、戦争に使えるようなものはいりませんからね? 瞬間ナントカとか、浴槽を壊すような強力噴射とかいらないですよ?肌に当たって気持ちいい刺激程度でいいんですから」
ライアンはそっと目を逸らした。
「入浴に、それほどの種類があるとは思いませんでした」
「もっと充実させたければ、温泉の利用とは違いますが、熱のこもった小さな部屋をミストの蒸気で満たした蒸気浴とか、同じように暑い部屋で、暖かい岩盤の上に横たわる岩盤浴とか、少し変わった入浴法も私の故郷にはありました。そこまで揃えなくてもいいかもしれないですけど」
「そんなにあるのか? リンの故郷にはリンみたいな奴がいっぱいいるんだな」
「ああ。それならリンが入浴にこだわるのもわかるか」
オグとライアンは合点がいった、というようにうなずいた。
「暑い部屋に入るのも入浴法なのですか? 私は暑いのは苦手なのですが……」
グラッセが首を傾げた。
「無理をせず、普通の入浴より短い時間でいいのです。血行がよくなり、発汗を促し、老廃物を排出させます。その後冷たい水で肌をひきしめるんです。それこそスベスベ、ツルツル、ピカピカの美肌になりますよ!」
「まあ! 美肌に? それはぜひ試してみなくては」
エクレールが言えば、グラッセもうなずく。
「ええ、ぜひにも」
その横では男性陣がお互いに声を掛け合っている。
「ライアン、スベスベだそうです」
「オグ、ツルツルもだ」
「ラグ、ピカピカだってよ」
グラッセがラグナルの腕をそっと叩いた。
「ラミントンは土地柄、国内、国外を問わず、たくさんの方が訪れます。温泉施設は館を訪れる皆様にお楽しみいただけるのではないでしょうか」
「……そうだね。この地にそのように珍しい施設があれば、グラッセの社交の武器の一つにできるかもしれないね」
ラグナルは隣に座るグラッセに甘い顔を見せた。
「なあ、それは男性も入れるんだろ?」
「もちろんですよ。温熱効果で筋肉はほぐれますし、血行が良くなるということは疲れも取れます」
「蒸気浴は案外簡単にできそうだな。『加湿の石』を少し調整するだけで、対応できるのではないか? あとはサラマンダーだが……」
「あ、ストーブの上で熱した石に水をかけて、蒸気を立たせてもいいんですよ」
リンが提案すれば、ライアンは首を振る。
「蒸気浴は温泉がなくともできるのではないか?」
「ええ。できますね」
「港のあるラミントンを訪れる者は多い。ここで試し、自領に、自国に作りたい者がでるだろう。そうすれば『加湿の石』がより売れる。国外ではまた違うだろうが、国内なら精霊石を使うほうがストーブより効率がいいはずだ」
「まあ、確かにそうなんですけど……」
リンはうなずいたが、今でさえ『加湿の石』は生産が追い付かないほどの人気だ。冬場の乾燥に備え、欲しい者が殺到している。
蒸気浴の設置で、『加湿の石』は冬以降も売れ続けることになるかもしれない。つまりあの凶悪な『濃霧 改変版』の魔法陣に、土の術師はずっと取り組まないといけないということだ。
「どうした。歯切れが悪いな」
「……いえ、土の術師さんたちは『濃霧 改変版』の魔法陣から逃れられないんだな、って思ったら、ちょっと不憫になりまして」
「ふむ」
少し考え込んだライアンが言った。
「土の術師たちにも蒸気浴を試してもらったらどうだろうか。何に使われるのか理解したら、やる気もでるかもしれない」
「ライアン、術師の妻や娘を取り込むのいいんじゃねえか? ほら加湿器も家族からの催促がすごかったって言ってたろ? 美肌にいいならきっとそうなるぜ」
「ふむ。精霊術師ギルドに蒸気浴場を作ったらどうかと思ったが、そういうことなら薬事ギルドにもあったほうがよさそうだな」
「おお。俺はハンターズギルドにも欲しいぞ」
「騎士隊の詰め所にもいいのでは? でも、まずはラミントンからです、兄上、ライアン」
最初の一つを作る前にどんどん話が膨らんでいくのは、このメンバーだといつも通りだ。
魔法陣を刻み続け、目を酷使し、手から肩、背中から腰まで緊張でガチガチになる土の術師は、蒸気浴にハマるだろう。
蒸気浴で疲れを癒して、また刻むのか。なんだか、ブラック……、いや、極上の癒しが入るだけいいのか。
リンが土の術師たちの尊い犠牲に思いを寄せている間に、目の前で話は進んでいった。
本日25日、書籍最終巻となる「お茶屋さんは賢者見習い3」が発売となりました!
(下記に書影が出ており、MFブックス様へのリンクも貼ってあります)
どうぞよろしくお願いいたします。
また、ここまでお読みいただき、本当に感謝しております。
よろしかったら、感想でもお聞かせくださいませ。
近日中に、こぼれ話というか裏話みたいなのもアップしたいなと思っております。
(今日に間に合わなかった……)
FWコミックスオルタでコミカライズ版が続きますし、WEBの更新も最終話までがんばります。
引き続き、お楽しみいただければ幸いです。
日本での温泉が楽しすぎたため、温泉回が続いております。
次回、リン達が実際に温泉施設を作るためにがんばります。





