Always dreamed / 夢のような
短めです。
グラッセは別棟と言っていたが、ウィスタントン一行が滞在する館は恐らく迎賓館として設えた館ではないかと思われた。
調度品も美しいが、素晴らしいのは建物だ。
大きな館が一つ、というより、岩山をうまく利用して階段状に建てられており、どの部屋からも一面の海が見えるように工夫されている。
窓の外にはテラス。オーシャンビューなのかシービューなのかはわからないが、絶景だ。
浴室の窓からも海が見える。
窓にはカーテンも付いているが、ここを覗けるのは空を飛ぶ海鳥ぐらいだろう。
リンは大喜びで「お風呂セット」を取り出した。
◇
アマンドはリンを朝食の席に送りだすと、滞在中の様々な手配のために使用人の待機部屋に向かった。
「アマンド様、恐れ入りますが……」
振り返ると、リンの部屋付きだと紹介されたラミントンのメイド二名の顔が並んでいる。
「はい。どうかなさいまして?」
「リン様のお部屋のことでご相談したいことが。あの、必要なら声がかかるので、なるべくお邪魔をしないように、と承っております」
「その通りです。周囲に人がいると、かえってお気を使われてしまうようで」
「あの、ですが、水運びなどは……? リン様は入浴を好まれると伺いまして、昨夜もお声がかかるかと、待機しておりましたのですが」
リンが入浴を好むことまでラミントンに伝えただろうか、と、不思議に思いながらも、アマンドはメイドの言いたいことがわかってうなずいた。
「ええ。浴室のお仕度もリン様はご自身でなさいます。必要な精霊石もお持ちですし、なにより賢者見習いでございますから」
オンディーヌもサラマンダーも、リンに喜んで手を貸すだろう。
ラミントンのメイドたちは、どうしようか、と顔を見合わせた。
「あの、この館の下の方で湯が湧くのです。『温め石』のおかげで、今では温めなおしにも時間がかかりませんし……」
「湯が沸く? 地下で沸かして運ぶということですか? ですからリン様はご自身で……」
「あっ! いえ、あの違います。湧き水、いえ、湧き湯なのです。熱い湯が岩の間から流れ出ております。真冬にその湯で洗濯をした者の手が、荒れないどころかすべすべとなめらかになりまして」
「まあ!」
冬の洗濯など、手荒れが避けられない。
メイドたちが軟膏を擦り込み、苦労しているのを見ている。
洗濯じゃなくとも、湯を使った後は手からも顔からも水分が逃げていくように感じることが多い。
「汲みに行くのも不便な場所ではありますし、私たちメイドがありがたく使うばかりでしたが、今ではご領主様方も洗顔にお使いになられております。お声がかかったら、ご案内しようかと思っておりましたのですが」
入浴に使うかどうかはともかく、そういうことなら、とリンの耳に入れることにした。
◇
「岩から湯が湧く⁉ 今、湯が湧くとおっしゃいましたか⁉」
食後の茶を楽しんでいたリンだが、話を聞くとカップを置いてガタリと立ち上がった。
汲んでまいります、と言うメイドに、「湧きでる湯」と聞いて興奮したリンは自分で見に行くと言い張った。足元も危ないので、と心配されると、わざわざ旅装姿になり、靴も履き替えた。
このような場所を通り申し訳ございません、と恐縮されながら、下働きの者が使う入り口から外に出る。
そこからウェイ川の方へ、半ば崩れたところがある石階段と石畳を歩いていくと、がっしりとした石のアーチを潜った。
「ここは昔の砦跡なのだそうです。補修もされておりませんので、どうぞお気を付けて」
壁が残っている場所もあるし、敷き詰められた石は四角く平らに切られ、明らかに人の手が入っている場所だ。
その端にある岩から水が溢れ、敷石の色が変わっている。
「あっ! あそこですね! ホントだ。湯気ですよ! 湯気が立ってる!」
リンは一直線に、駆けるようにして近づいた。
後ろから足元に注意するようにと、アマンドたちの声が追いかけてくる。
「あのっ、あれは触れる温度でしょうか?」
「ええ。問題ございません」
リンはしゃがみ込むと、湯が落ちてできたわずかなくぼみに片手を差しいれた。
「……うわあ。あったかい。本当に温泉だ。……気持ちいい」
堪らずに、もう片手もお湯に突っ込んだ。
「ふうん。ちょっと気泡が付く感じ……?」
顔に当たる海風は冷たいが、このお湯につかったらそんなことを忘れられるだろう。いや、それこそが冬の露天風呂の醍醐味かもしれない。
至福のひととき、と考えて、リンは思わず辺りを見回した。いや、さすがに吹きっ曝しのここでは脱げないが。
せめて足湯ぐらい、と思うが、湯舟になるようなくぼみも見当たらない。
岩から溢れる湯は敷石の上に広がり、ウェイ川の方へ流れ落ちていく。
リンはふうと息を吐き、手からじわりと伝う熱を楽しむように、目を閉じた。
なかなか手を抜かないリンに、案内のメイドがにっこりと笑って桶を持ち上げる。
「お部屋までお湯をお運びしますね」
「ぜひ! 教えてくださってありがとうございます」
メイドはここから汲み上げて、何往復するのだろうか。
先に行ってもらうと、リンはキョロキョロと辺りを見回し、湧き出る湯の中にフォルト石をポチャリと落とした。
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