The fort of Lamington / ラミントンの砦
とうとうラミントンへ出発する日となった。
館からの荷物を積んだ馬車は『船門』まで列となり、一台が終わればすぐに次が到着し、続々と荷物が船に積み込まれていく。その列も今の馬車で終わりのようだ。
夏よりもずっと短い期間、隣の領地に行くだけだが、結婚式に参加ということで荷物は多い。
リンの衣装を考えてみても、ドレスだけでも、滞在用、晩餐用、結婚式用とレーチェの気合が入ったものが揃っているし、そうじゃなくても冬服というのは厚手だ。
「リン、そこにいたら風邪を引く」
船べりから積み込まれる荷物を眺めていたリンを、ライアンが呼んだ。
招待客の迎えに、ラミントンから船が来ている。
「大丈夫ですよ。これ一つ巻いただけで、だいぶ違います。それにこれ、ホント手触りが良くって。お薦めされただけのことはありますね」
リンがうっとりとした顔で、首回りに巻いた白銀の毛皮を撫でた。
春の大市で買ったマルテという動物の毛皮で、滑らかな毛はずっと撫でていたくなる。真冬にはおそろいの帽子とマフも活躍するだろう。
「ああ、マルテは毛質が柔らかく、軽いのに暖かくて人気だな」
答えるライアンの首元には黒のマルテが巻かれている。
「……そんなに熱心に何を見ていたんだ?」
「いや、滞在客の分もあるとはいえ、ずいぶん馬車が来るなあ、と」
「ああ。今回は領主の結婚式だからな。さすがに招待客も多いし、格式も違う」
「へえ」
ライアンの説明によると、ほとんどの者が領主となる前に正妻を娶っていることが多いので、領主となってからの結婚式は珍しいという。王都で一緒に過ごした学友の参列が多い領主の子の結婚式と違い、領主の結婚式には各地から領主が集う。ラミントンへ行く前に、と、大市へ立ち寄った各地の領主たちの荷物もあの中にはあるのだから、列になるのは当然といえる。
「そろそろ出航のようだ。中へ」
下を見れば船のもやいが外されようとしている。
船べりにいたリンとライアンに気づいた者たちが、声を上げた。
「賢者様方だ!」
「ライアン様ー! リン様ー! いってらっしゃいませえ」
「いってらっしゃいませ!」
リンはペコリと頭を下げて、そちらに手を振り返す。ライアンは軽く手を挙げると、リンの背に手を添え、中に入るよう促した。
「素敵ねえ」
「ほんと……。お似合いだわ」
「見て、あの後ろ姿。対になるお二人と思わない?」
「「思うわ!」」
船の外から聞こえるきゃーっという悲鳴を背に、船はラミントンへ向けて出港した。
◇
ラミントンの館はウェイ川の河口、どちらかというと崖とも言えるような高い岩山の上にある。
夏に王都へ行った時と同じように、迎えの船はその岩山をぐるりと回るようにして海に出て、ラミントンの領都であるウェイストラの港に入った。
ウィスタントンの館も見晴らしのいい場所にあるが、ここは更に高い。
港からは馬車なのだが、街も丘陵にできており、館までは街を通り抜けて登っていくことになる。
「わあ、けっこう登りますね。城壁も入り組んでいるようですし」
リンの向かいに座るライアンがうなずいた。
「ここ、ウェイストラは国境の砦だったし、戦場にもなった。ヴァルスミアもそうだが、シュージュリーが執拗に攻めたのはこちらだったらしい」
「それでこの城壁の数なんですね」
一番外にある城壁は街を囲んでいる。
岩山を行きつ戻りつしながら登っているが、すでに三つの城門らしき場所を潜っていた。
「ああ。もう一つヴァルスミアと違うのは、こちらにはアルドラが参戦した。入り組んでいるのはそのせいもあるのだろうな」
「ん?」
「壁や道が消失したら、その側に作り直すしかないだろう?」
「……なるほど。つまり氷塊とかいろいろ飛び交ったわけですね」
「岩が落ち、土はえぐれ、川の流れも変わったらしい。……ヴァルスミアは無くなったのが『森の塔』一つだから、幸運だったな」
「アルドラに『無くしたのは壁だよ。塔は無事だろう?』って言われますよ、きっと」
到着した港や街を眺め下ろしながら馬車は行き、まもなくラミントンの館に到着した。
この辺りの家々と同じように、館はオレンジ色が交じったような白い石壁にオレンジ色の屋根という、温かみを感じる色合いをしている。
館の前に領主であるラグナルと、その婚約者グラッセが招待客を出迎えていた。
招待客の先頭がライアンとリンたちが乗った馬車だ。
公式な訪問であるからか、二人ともラミントン領の色であるスカイブルーのマントを羽織り、いつもと違って深く丁寧に頭を下げられる。
「ライアン様、リン様、ようこそ、ラミントンへ。また、ライアン様には我々の結婚式を執り行っていただくことになり、誠に光栄に存じます」
「お疲れでございましょう。ご要望の通り、ウィスタントンの皆様には別棟の一つをご用意してございます。ごゆっくりとお過ごしになれますように」
二人とも口調まで違う。
案内を、と進み出た者に付いて行こうとした時、ラグナルが近寄った。
「御礼を。兄上には自分の部屋があるのですが、そちらには入らないと言い張るのです。ウィスタントンで部屋を割り当てていただき、助かりました」
こっそりとささやいて、ペコリと頭を下げて去っていく。
それはいつものラグナルだった。
「ライアン、私、すでにここまでの道、覚えていません……」
別棟は本宮を通り抜けていくようなのだが、リンは入ってきたホールに戻れるかすらも怪しい。
他領の招待客もすでに到着しているようで様々な色のマントが見られるが、ライアンとリンを見るとさっと脇により、道を開ける。それに恐縮し、焦り、ペコリと頭を下げながら歩いているので、道順を頭に入れる余裕など全くない。
そして本宮を抜けてからは、中庭と渡り廊下を歩いてきた。滞在する館は少し下がった場所にあるようで、途中に階段もはさまれている。
案内者がクスリと笑った。
「リン様、どうぞご心配なく。確かにこちらの館は、少し覚えにくいのです。ですので、必ず領の者が先導致しますから。……さあ、こちらになります」
「うわあ」
館の扉が開くと、目の前に海が広がった。
ホールにある大きな窓から眼下に海が眺められる、美しい館をラグナルは用意してくれていた。
11月25日「お茶屋さんは賢者見習い 3」が発売となります。
ツイッター(@KuronekoParis)ではすでにご案内致しましたが、
KADOKAWA様の公式オンラインショップ カドカワストアなど、
いくつかのオンライン書店では、日下コウ先生による、
素敵なタブレットにロクム、幸せそうなオグとエクレールのイラストも
すでに公開されているようです。
どうぞよろしくお願いいたします。





