Intruders / 侵入した者
南の岩山からの帰路は静かで、迅速に進んだ。
オグが連れて行ったハンターたちは山向こうへの配達と回収任務の最中で、ヴァルスミアに戻るのはまだ先だ。そのハンターたちが船に乗らない分、収穫したグノーム・コラジェと卓上七輪に使う石のサンプルが二隻めの船に積み上げられた。
そちらにはロクムと文官が荷の間に座り、最初の船にリン、ライアン、オグ、タブレット、シロが乗り込むと、ここまで荷運びをしてくれた山ヤギに見送られて出発した。
帰路は川をさかのぼることになるのだが、ライアンが力技で船を進めている。急いでいることもあって、速度も速い。
大きなカーブをやり過ごし見晴らしのいい場所に来ると、船の行く先を見ながらも、ライアンがふうっと息を吐いた。
「シムネルからの報告で、今わかっていることを説明しよう」
「お願いします」
リンだけではなく、オグもタブレットも真剣な顔でライアンを見つめた。
「侵入があったのは、今日の昼前だ」
「えっ?」
「あ? 昼だと? 夜じゃねえのか」
「日中から忍び込むなど、なんと大胆な奴だ」
これには皆が驚いた。
リンの家は街の外れではあるが、目の前には『金熊亭』と森の塔があり、人通りがないわけではない。
ましてや今は大市の最中で、森の前まで来る聖域参拝者も多い。
「どうやって……」
「リンもいないし、昨夜からブルダルーたちは皆、館へ行って不在だった。今日は館からメイドが掃除に入る日で、メイドが上の階を掃除している間に裏庭のドアから侵入したと思われる」
家の掃除の手順は決まっていて、二人のメイドが交代でやってくる。
ライアンが執務室に来ることも多いから、その前に工房の掃除をしてしまう。その後リンがどこで過ごしているかを見ながら、リンの邪魔にならないようにしながら家じゅうを仕上げていくらしい。
ライアンの執務室だけは鍵を持っているシュトレンかシムネルの立ち合いがいるようだ。
「ああ。掃除の途中で裏の水場に出入りしますし、鍵を毎回かけないですもんね」
「そうか。こじ開けたわけじゃねえのか」
ライアンがうなずいた。
「メイドの目を盗んで侵入し、工房と応接を荒らして、上階へ向かう途中にメイドに見られ、裏庭から逃走した」
リンの脳裏にいつも家に来てくれるメイドさんたちの顔が浮かんだ。
不審者を発見して、どれだけ怖かっただろう。
「だ、大丈夫だったんですか!? 怪我とか」
「それはなかった。ショックは受けているようだが、フログナルドやシムネルの問いにもしっかりと答えているようだ」
リンは、ほっと息を吐いた。
「それでどんな奴だったって?」
「そやつは見つかったのか?」
「フードをかぶり、顔はよく見えなかったようだが、小柄で、身体つきからも女ではないかと」
「え」
「女だあ!?」
「なんと……」
「メイドが『森の塔』へ報告し、騎士が捜索しているが見つかってはいない」
オグがあごひげのあった辺りをさすりながら、ため息を吐くように言った。
「大市だしなあ。人に紛れ込んだら終わりだろう」
「姿を騎士が見ていればまだしも、話だけで探すのは無理だろう。戻ったら『聞き耳』を使うつもりでいるが……」
「しかし、ありえねえよ。『賢者』の工房だぞ!? いったいどんな奴が忍び込むんだよ。この国の奴じゃねえだろう」
オグの声が怒っている。
タブレットが静かに言った。
「……偶然誰もいない時に入ったとは思えぬ。人もシロもいない時を狙ったというなら、ずいぶん前から計画され、常に見張ってないと無理であろう」
確かにそうだ。
今回の岩山行きは前夜に突然決まったというのに、そこをうまく狙えるなんて。
リンはぞっとするものを感じて、腕をさすった。
隣に座るライアンがリンの背にそっと手を当てた。
「ああ。一人でそれが可能だとも思えぬ。……それに、目的も不明だ」
シンとした船は滑るように進んだ。
◇
夕刻、ヴァルスミアに着いたリン達はフログナルドとシムネルの出迎えを受けた。
申し訳ございません、と、硬い表情をした二人に頭を下げられる。
「リンはこのまま館へ行くといい。私は一度工房へ行く」
「館……?」
「館へ滞在する手配ができている。落ち着くまでしばらくは、さすがに家には帰せぬ。アマンドが必要なものは移動させてあるはずだ」
確かにそうだ。少し、いや、かなり怖い。
「あの、ライアンが行くなら私も家に行っていいですか? 何か気づくことがあるかもしれませんし」
馬車で家に戻ると、フログナルドが申し訳なさそうに言った。
「家の中は検証が終わるまでそのままにしてあるのです。驚かれるかと思いますが……」
「あ、はい。大丈夫です」
家に戻れば、前後の戸口に騎士が立っている。
その脇を抜けて家に入った。
もう不審者がいるはずないとわかっているのに、気持ちがぞわぞわとする。
階段の上、通路の奥、工房の方へキョロキョロと目をやってしまう。
シロも何かいつもと違うものを感じるのか、リンの側を離れ、鼻を床に付けるようにしながら奥へと進んでいく。
「リン、辛かったらここで待つといい。それか、部屋へ行って館へ持っていきたい荷物がないか見るといい。シムネルを付けるから」
「いえ、荷物は後で見たいですが、先に被害が見たいです」
「わかった」
ライアンの後に付いて応接室に入ると、コンソールや棚の扉、引き出しがすべて開けられ、外に飛び出しているのが見えた。
「あ……」
リンは棚へ駆け寄った。
「シュトレンとアマンドに確認いたしましたが、無くなったものはないそうです」
「そうか」
ライアンがリンへ近づき目をやるが、リンは首を振った。
この棚の中にはティーセットとお茶が少し入っていた。動かされていつもの場所にないものはあるが、すべてそろっている。
「このお茶をいれた容器を動かされたようです。開けられたかもしれませんね」
ここに入っていたお茶はもう飲めないだろう。何が入っているかわからない。
「お茶を?」
「ライアン様、お茶だとわかって開けたとは限りません。工房を見ればわかりますが、とにかくすべて開けられておりますので」
「リン、他に変わったものはあるか?」
「……いえ、この部屋のことは、このお茶の入った棚以外はアマンドさんたちのほうが詳しいので」
「わかった。工房を見てみよう」
工房へ入ったリンは、息を呑んだ。
工房は戸棚がずらりと並んでいるが、そのほとんどすべてが開けられている。
作業台の上には紙が散らばり、棚に入っていた瓶もふたが開けられ、そこら中に無造作に置かれている。薬草もいくつか足元に落ちて散乱していた。
「ひどい……」
荒らされた、という言葉しか思い浮かばない。
「これは、何がどれだけ無くなったかを確認するのも時間がかかるな」
ライアンはふう、と息を吐き、作業台に近寄ると散らばった紙を眺めた。
「ここにあるのはメモに使う紙ばかりで問題はない」
そう確認して、工房の隅に置かれた戸棚に近寄った。
そこは希少な薬草や検証実験の結果などが仕舞ってある戸棚で、黄銅の錠前が下がっている。
リンにも開けられない戸棚だ。
ライアンがその錠前を手に取った。
「無理に開けようとした形跡はあるが、さすがに無理だったようだ。……シムネル、執務室も無事だな」
「はい。工房、応接、それから食糧庫内だけ、人が入った形跡がございます。一番ひどいのはここですが」
ライアンはうなずくと、リンに向き合った。
「リン、上で館に移すものをまとめて、先に移動するといい。シムネル、リンを手伝い、移動には表の騎士を。私はしばらくここに残る」
リンはコクリとうなずいて、階上へと向かった。
夜がだいぶ更けたころ、シムネル、フログナルドと共に館へと戻ったライアンに、侵入者は複数、少なくとも二人はいたはずだと告げられた。





