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The Rocky Mountain in the South 8 / 南の岩山 8

「リンはここでヤナンを手伝ってくれ。あとはシルフの取次を」

 

 ライアンとオグはこの村のハンターと山ヤギを連れて、さっさと岩山を登りはじめた。そのすぐ後をユナンとロクム、館から来た文官に、タブレットまでもがリンに軽く手を挙げてついて行く。シロは視線がウロウロとしていたが、行っていいよ、と言ったら、山登りの一行に同行することに決めたらしい。

 リンは湖畔に置いてきぼりになったわけだが、目の前に聳える山を見て納得した。

 どう見ても足手まといにしかならないだろう。

 

「ライアン様たちはあの滝のすぐ近く、ちょうど雪と岩の境目辺りまで行かれるんですよ」


 別に付いて行きたいと思って見送っていたわけではないが、ヤナンがそっと教えてくれる。

 ヤナンが指したのはすぐ目の前ではなく、湖を少し回った辺りの山で、上から細く滝が落ちているのが見える。


「けっこう上ですね。かなりの急斜面に見えますが」


 険しい峰よりだいぶ下ではあるが、少し心配にもなった。


「歩きづらいことは確かですが、細く道もありますし、慣れているハンターが先導しますからご心配にならなくても大丈夫ですよ。あそこまで行けば、探し回らなくとも短時間で量が見つかります」


 採取するのは、土の術師が使うグノーム・コラジェの根だ。

 グノーム・コラジェはあちらこちらに生えているが、しっかりと育った、根の太いものでないとならない。そのためほとんど採取のされていない、少し険しい場所まで足を踏み入れないとならなかった。


「……ユナンさんまで行かれるとは。大丈夫でしょうか」

「いえ、ユナンはクナーファ様のご案内なので、あの小屋の奥あたりまでです」

 

 ヤナンの指が今度はすぐ目の前の岩山、中腹辺りを指した。


「見えますか? あの小屋の脇を奥へ入ると、夏の家がある山に繋がるんです」

「ああ。夜明け前に山越えをすると言っていた……?」

「そうです。現在の採石場はもっと上ですが、あの小屋から少し行くと以前採石をしていた洞窟があって、七輪に使う石の保管庫になっているんです。残っているのはほとんどが細かい石ですが、幾らかは使えるものが見つかるのではと思います」


 リンが寝坊していた間に話がされていたようで、ユナンの案内でロクムはそれを見にいったらしい。


「細かい石はあるんですか?」

「ええ。粉にして粘土と合わせてあのように壁に塗りますので」


 ヤナンに言われてリンは近くの建物の白壁に目を向け、それから少し申し訳なさそうに言った。


「あの、言ってはいなかったんですけど、七輪はそういう粉末でもできるかも……?」

「そうなんですか⁉」


 ヤナンが目を丸くした。

 春の雪解け後の採掘まで七輪を作れないと思っていたのだが、粉末なら話が違う。粉末は山ほどあるのだ。


「ええ。壁に塗るのと同じように粘土と混ぜて、形を作って焼けばいいかと。あの、火と熱に強ければいいので」

「なるほど。……それならできそうですね」

「大きい岩を切り出したのは高級な特別注文用にして、粉末は一般向けにしてもいいかも」


 ヤナンが大きくうなずいた。


「それならすぐにも作業ができそうです。……大変申し訳ありませんが、現地に向かっているユナンにこの件でシルフを飛ばしていただけないでしょうか。私は下の村に連絡をしてまいります。粘土は下の村なのです。すぐに戻りますので」

「は、はい。もちろん!」


 さすがにこの地の管理を任されているだけあって、話が早かった。

 リンがうなずくと、ヤナンは近くのギルドらしき建物に足を向けた。その建物が複数ギルドの役割をもっているらしく、看板がいくつもかかっている。

 当然といえば当然だが、いきなりの新しい案に、ロクムたちの質問をシルフが運んできた。

 別行動中のライアンにも報告を忘れなかった館の文官がいたことで、ライアンからも確認がくる。

 何度もシルフが飛び交うことになり、担当のユナンはさぞ大変な思いをしたことだろう。

 シルフが運んだユナンの声はワントーン高く、緊張が表れていた。


 リンは『美と愛の湖』の湖畔にある石に座り、シルフをやり取りしている。

 静かな湖面に周囲の山々が映り込み、美しいことこの上ない。精霊が愛するわけだ。

 そのリンの目の前に、ふわりとオンディーヌが降りてきた。


「ん? どうしたの?」


 オンディーヌがすっと手を動かすと、湖から水の玉が浮き上がり、リンの前に来る。

 手を出すとその上にポトリと落とされ、水が流れた。残ったのは白くてつるりとした石だ。


「えっと、オンディーヌ。これ?」

「『コレハ トテモウツクシイ カガヤキノホシ』」

「輝きの? ……えっ?」


 たぶんこれが昨夜、湖で輝いていた『光り石』だろう。


「『サクヤ ゴメイワクヲ オカケシマシタワ』」


 湖からまた一つ持ち上げて、リンの手のひらに載せた。

 今度は先ほどのものより大きい。

 それをみたサラマンダーが、リンの膝からピョンと湖と反対側に飛び降りた。

 どう見ても自分より大きな石を抱え、飛び上がろうと頑張る。それを見たグノームがサラマンダーの尻を押し上げ、シルフが襟首を引っ張り、サラマンダーごと石を持ち上げるとリンの膝に置いた。


「えっ⁉ もしかして、くれるの?」


 精霊たちが皆うなずいた。

 どうやらこれは精霊からのお詫びの品のようだ。朝から、飛び回りも大きなケンカもせず静かだったのは、反省していたのだろう。


「ダメだよ。だってこれ、この辺りだけのものでしょう? 取ってはダメだと思うよ?」

「いえ、いいと思います」


 背後からヤナンの声がした。


「でも……」

「オンディーヌが差し出したのであれば、どうぞお持ちになってください。精霊の好意なのでしょうから」


 精霊の好意。リンがとてもよく聞く言葉だ。

 周囲を見れば、精霊たちがリンをじっと見ている。

 わかったとうなずけば、ぱあっと笑顔になって、いつものように飛び回り始めた。


「今日のヤギ便で下の村に手紙を出してまいりました」

「ヤギ便」

「ええ。下の村との連絡はヤギを使うんです。今日向かう便がまだ出ていなくてちょうど良かった」


 リアル「ヤギの郵便屋さん」がいるとは思わなかった。

 頭の中で歌が流れる。


「……無事に届きますか?」


 食べずに、という言葉はぐっと飲み込んだ。


「もちろん。……さて、どうしましょう。私たちはライアン様たちが現場に着いて採取をしてからが仕事ですが、それまでギルドでお待ちになりますか?」

「ええと、いえ、採取ができないまでも、せっかくですからグノーム・コラジェが生えているところが見たいです」




 案内されたのは湖畔から少しだけ上がったところで、その辺りから岩山と呼ばれるのがわかるぐらい土より石の多い地面となった。

 そこにフキのように大きな葉をしたグノーム・コラジェがびっしりと生えている。


「これをご覧ください」


 ヤナンが大きな葉をグイっと持ち上げて、茎の部分を見せた。

 リンの親指ぐらいの太さの茎が葉を支えている。


「根が太れば、その上の茎も太くなります。最低でもこの倍ぐらいの茎にならないと採取ができません。あと三年ぐらいでしょうか」

「三年も⁉」

「ええ。雪が降ると葉が枯れて、春に新しい葉がでる度に太くなっていくんです。この太さになるまでに三年。それからあと三年は必要ですね」


 太い根の方が薬効があるとライアンに教わった。でもそこまで長い間かかるとは知らなかった。

 リンがヒョイと隣の葉を持ち上げると、同じぐらいの太さの茎だった。その隣も同じぐらい。


「この辺りに太いものはほとんどないと思いますよ」

「そうみたいですね。やっぱり太い根のところにしか、グノームはいないんですかねえ」

「ん? ハハハハハッ。グノームは隠れていませんよ。大賢者様でしょう? クククッ、ここの年寄りたちが今もよく話してくれます。ライアン様とオグ様が大変な目にあったと」

 

 やっぱり嘘なのか。ライアンもオグも、いない、と力を込めて言っていたし。

 それでもあきらめきれずに、またその隣と持ち上げていって五枚目だったか、そこにいたグノームとパチリと目があった。


「いたーーーーっ! やっぱり! ……ん? あれ?」


 葉陰からリンを見上げる表情が、どう見てもいつもリンの側にいるグノームだ。

 リンが手のひらを差し出した。


「もう。おいで」


 手のひらにのったグノームを肩の上にあげる。


「気を使ってくれなくていいのに……」


 隣のヤナンが、ぷっと噴き出した。

 リンがもう一枚葉を持ち上げると、そこに恥ずかしそうな顔をしたグノームがいた。茎の後ろからのぞくようにしているが、茎のほうが細くて隠れられていない。

 自分の肩に目をやると、リンのグノームはそこから動いてはいない。


「うーん?」


 隠れていたグノームに、にこりと微笑みかけると、今度は勢いよくパッとその隣を持ち上げる。

 そこにもグノームがいて驚いた顔をしていたが、リンを見ると嬉しそうに飛び跳ねた。

 葉を下ろしてその隣、そしてそのまた隣。

 グノームはいた。リンがめくったすべてに。

 リンは遠く山の頂きを眺めて、気を落ち着けた。


「……ヤナンさん、グノームは葉の陰に隠れているみたいですよ。この辺り一帯すべての葉陰に、今、いるみたい」


 ヤナンは目を丸くし、そのうちこらえきれないように笑い出した。


「フ、フフフッ。せ、精霊の好意がここまでとは。ハ、ハハハ」


 ヤナンはひとしきり笑ったあと、目元を拭った。


「リン様を見ていましたら、ここにお住まいになった賢者様はきっとリン様のように精霊に愛された方だったのではないかと思いました」

「え」


 え、というより、げ、に近い声が出た。

 よりによって、あの水の賢者と比べられるとは。


「え、いや、そ、そうですか……」

「ええ、きっと。さまざまな水の魔法陣や祝詞など、賢者様が後世に残されたものは美しいものばかりです。オンディーヌを愛し、そしてまたオンディーヌから愛されたからこそ作り上げられたのだと」


 この地で水の術師として育ったヤナンには感じるところがあるのだろうが、ちょっと、いや、かなり複雑な気分になりながら、リンはグノーム・コラジェの葉をめくり続けた。



 

「『リン、シルフに運ばせる。そちらで受け取ってくれ』」


 ライアンからの飛伝だ。


「ヤナンさん、ライアンからシルフが来ました。シルフが運んでくるそうです」

「ああ、では、そろそろ片づけましょう。……なかなかの収穫ですよ、これ」


 ヤナンは最初こそ笑いをこらえられないようだったが、最後は引いていたんじゃないかと思う。

 リンはヤナンに渡された麻袋に周囲に集まった()()を入れ始めた。

 グノームたちに教えられた太い根をしたグノーム・コラジェに、さらに集まった『光り石』。何かの貴石らしき美しい石に、希少だという薬草もある。

 すべて精霊からリンへの貢物だ。

 リンは山を登りもしなかったというのに。


「ここの精霊さんたちは太っ腹で……」


 遠慮をすると悲しそうな顔をし、もっと大きなものを持ってくるので、リンは機械的に受け取り続けた。

 

 しばらくして待ち構えていたリンたちをめがけ、湖の上を緑の束が列になってフワフワと飛んできた。

 その周囲が薄緑に見えるのは、きっとシルフが風に乗せているのだと思う。

 横からため息が聞こえた。


「素晴らしいですね。本当なら荷を抱えて、戻るほうが大変な場所なのです」


 近くまで来た束を見れば、グノーム・コラジェが縄で縛られ、その周囲をシルフが大勢取り巻いている。

 本当にここは精霊の憩いの場らしく、その数が多い。


「ここへ運んでもらえばいいですか?」

「はい。もう少し先のギルド前に。木箱に詰めなおしますので」


 リンがうなずいて、シルフに手を振った。

 もう少しだ、と、思ったところで、シルフたちが荷を落とした。


「「あっ」」


 バシャン、ボシャン、と、すべてのシルフが湖の上で荷を放つ。


「えええええ」


 今度はオンディーヌが湖上に集まるとグルグルと円を描き、落されたグノーム・コラジェの束が持ち上げられた。それをシルフがまた風で包み、リンの元へ運ぶと丁寧におろした。


「……」

「……あの、もしかして、この地にはグノーム・コラジェを湖に漬けた薬草酒もあるんでしょうか」

「いえ、そんなものはありません」


 即座にヤナンに否定された。


「そうですか……」


 今日はさんざん貢がれたリンだ。

 なんだかこれもその一つな気がする。けれどこのグノーム・コラジェにはすでに使途があるのだ。


「これがお酒になってしまったら、困りますね。……怒られる? いや、喜ばれる? うん、でも、今回は私、なにもしてない。大丈夫」


 リンはブツブツと言いながら、ライアンにシルフを送りだした。



 

 山ヤギの背にもたくさんのグノーム・コラジェを結びつけて、ライアンたちは昼過ぎに降りてきた。

 途中の小屋で合流したロクムやタブレットたち一行も一緒で、こちらもヤギの背に麻袋が括り付けられている。


「これか……。酒にはならないと思うが、精霊が意味もなくそんなことをするとも思えないから、ヴァルスミアに戻ったら調べてみるつもりだ」

「ですよね……。ただ、洗ってくれただけなのかもしれないですし」


 一緒にグノーム・コラジェを眺めていたオグが、ライアンの肩を叩いた。


「ま、リンだからなあ」

「あの、実はこれも……」


 リンは恐る恐る、シルフでは報告していなかった袋を差し出した。

 一つは、リンが採取したグノーム・コラジェ。量は少ないが、グノームが教えてくれたのは根の太さがリンの手首半分ぐらいある立派なものだ。ライアンたちが山の上で採取したものに引けを取らない。

 どっさりと芋の入った袋のように見えるのは『光り石』が詰まっている。大小合わせて、家じゅうの明かりに使えそうなぐらいはある。

 小さな袋二つは、希少だと言われた薬草と貴石だと思われる石の袋だ。


「ん?」


 麻袋の口を開いて見たライアンとオグは絶句した。


「これは……」

「なんだ、こりゃ」

「最初は精霊たちが昨夜のお詫びにってくれたんですけど、そのうち競うように色々持って来て。断るとシュンとしちゃうし、量を増やして持ってくるし、断り切れなくて」

「そうか。まあ、そうなったか」

「まあ、リンだしな」

「オグさん、今回は私、何もしてませんよ? ほんっとーに何もしてませんよ。ヤナンさんに確認してみたらわかりますよ」


 ライアンがリンをなだめるように、肩を叩いた。

 

「中には私にもわからないものがある。ヴァルスミアで調べてみよう」


 リンはコクコクとうなずいた。


 出発前にギルドで一休みとなった。

 リンは必要ないが、山登りをしていたライアン達は衣服に土埃も付いている。特に卓上七輪の件で洞窟にいったメンバーはあちらこちらが白い。タブレットは腰に巻いたサッシュまで解けてしまい、適当に結んでいた。

 部屋を借りて身支度を整えるようだ。

 

 ライアンの元にシルフが飛んできた。

 今日はなんてシルフが忙しい日だろう。

 伝言を聞いていたライアンの顔が険しくなった。


「リン、家に不審者が侵入したらしい」


 固い声で告げられ、リンは息を呑んだ。

 

次はヴァルスミアです。(やっと!)

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