Festive menu / 祝祭の料理
リンが慣れない調理器具に四苦八苦しながら、厨房ではりきっていた頃、二階の食事室にはすでに暖炉に火が入り、シュトレンとアマンドによって部屋がきれいに整えられていた。
テーブルには祝祭の晩餐用に、刺繍の入った白いテーブルクロスが掛かり、錫の皿とカトラリーに、ガラスのゴブレが並ぶ。リンが常緑樹の枝でつくったユールのリース状の飾りもテーブルの上に飾られ、その真ん中にキャンドルが置かれた。
そこにリンがかぼちゃのポタージュの入った鋳物鍋を、重そうに下げて入ってきた。
「リン様、私が」
シュトレンに代わってもらい、暖炉の隅のほうに置いてもらう。
「これはかぼちゃのポタージュでしたね」
「はい、すぐクリームの小鍋も持ってきます」
「リン様、私が取ってまいりますので、そろそろまた祝祭用のドレスにお着換えを。アマンド頼む」
と、すぐにシュトレンが厨房に向かった。
せっかくの祝祭の晩餐なのだから、と、リンが強引にお願いし、しぶる皆を説得して、今夜はリンとライアンだけではなく、シュトレン達も一緒のテーブルに着くのだ。
普段はリンひとりの食事の時でも、一緒の席には決して着いてくれず、リンにはそれが淋しかった。一人暮らしならともかく、人がいるのに、ぽつんと一人での食事は淋しい。最初は緊張をしていたものだが、リンもすっかり人がいる生活に馴染んでいた。
サービス用のテーブルを脇に置いて、部屋の暖炉を使って温めておけば、デザートまでは厨房に戻らなくともすむ。
少々不作法だが、ライアンの了承も得て、同席できることになった。
「遅くなった」
ライアンが館から戻ったのはそんな時だ。
儀式の時の精霊術師のマントとはまた違う、祝祭の衣装を纏っている。リンのものより少し色の濃いネイビーブルーの衣装には、ライアンの髪と瞳の色の二色で、衣装全体に豪華な刺繍が施されている。六か月あったら私のドレスもこうなるのか、とリンは思いながら、貴公子然とした顔を眺める。実際に貴公子なのだが。
「ライアン、その衣装、とても似合っていますね」
「窮屈で慣れないが」
貴族らしからぬことを言って、ライアンは居間に入っていく。
「さあ、まずはユール・ログに火を点そう」
居間の暖炉には、一抱えあるユール・ログが、リンの作ったギィの飾りをつけたまま入っている。
ライアンは短く「インフラマラエ」と祝詞を唱えて、ログに火をつけた。ログの下に敷いた細い枝に火が入り、パチパチと音を立て始める。
「今年も皆が無事に過ごせたことを感謝する。そして新しき年にも、天の神の祝福と、ドルーと精霊の加護を願おう」
祝祭の晩餐は、セージと蜂蜜で香りのついた白ワインからだ。
昨日のうちに少量のワインに蜂蜜とセージを数枚入れて温め、それを混ぜ戻して冷やしてあった。
セージと聞いたところで、ライアンがチラリとリンを見た。
「少量の香りづけで、毎日摂取するわけではないから、大丈夫と思いますよ。セージは胃を刺激してくれますし、一皿めにぴったりです」
リンはにっこり笑った。
次のスモークド フック・ノーズのクリームトーストと、かぼちゃのポタージュがリンの担当した皿だ。
ライ麦のパンを薄く切ってトーストした上に、酸味のあるチーズとクリームを合わせ、その上にフック・ノーズをのせたものだ。レモンの皮が色彩りにのせてある。
「レモンがさっぱりして、魚の脂がくどくなくていいな」
「本当においしいですね。クリームにも風味があります」
「リン嬢ちゃまは、クリームとチーズを合わせて、乾燥のタラゴンを刻んでいれたんじゃよ。あるもので工夫して、いい料理人じゃ」
ブルダルーは孫を褒められたように喜んでいる。
かぼちゃのポタージュは色鮮やかに仕上がった。
牛乳にバターとオリーブオイルを加えた鍋でかぼちゃを煮て、潰して濾したものだ。
きれいなオレンジのスープを皿に盛り、そこにローズマリーで風味をつけた、白いクリームを流してもらう。
「私の国では冬至の日には、かぼちゃを食べるのが風習だったんです。それで今日のメニューにいれてもらいました」
「このオレンジ色は太陽の色だから、やはりニホンも太陽の再来を祝ったのだろうか」
「かぼちゃを食べると風邪をひかないと言われましたから、健康を願ってでしょうか。あ、でもおばあちゃんは『一陽来復』の日、とも言っていましたから、同じようなものですね。きっと」
こちらでもあちらでも、太陽を拝むのは一緒ということだろうか。
「さあ、温かいうちにどうぞ。バターをたっぷり入れましたから、コクがあると思いますよ」
「口当たりもなめらかで、甘味があって、本当においしいですわ」
暖炉の火加減も難しいし、ミキサーも泡立て器もない厨房で、ブルダルーの補助でなんとかできた料理だ。褒められて嬉しくないわけがない。
シルフの力を凧揚げにライアンが使ったなら、ミキサーにシルフや、トーストにサラマンダーの力を借りてもいいのでは、と思ったぐらいだ。
本当に精霊が手伝ってくれそうだったから、賢明にもリンは口にしなかったが。
メインの肉料理は、ハーブを効かせた赤ワインに漬けこんだ、ホワイト・テイルだ。ブルダルーが脂をかけ回し、焼いている時から、厨房だけでなく家中にいい香りが充満していて、たまらなかった。
ブルダルーが皿に切り分け、マリネ液を煮詰めたソースをシュトレンがかけてくれる
「この薬草の使いかたは、ダックワーズに習ったんでございますよ。この国でも流行ってきているようで、くせの強い獣肉にあうようです」
ブルダルーは料理長として常に新しいものに挑戦していて、リンは素直に感嘆している。
ホワイト・テイルは今回熟成してみると香りが強くでていたが、そこにハーブの香りがいくつも重なっていて、獣臭さが全く気にならない。
「いつもと違うが、これもおいしいな。薬草の香りが効いている」
「お肉も柔らかいですね。本当においしいです」
リンはペロリと平らげ、勧められるままお替わりをして、笑いながら言った。
「私、こちらに来るまでは、それほど肉を食べたいと思わなかったんですよ。おいしいってことも理由の一つなんですけど、ここだと身体が求めるというか、そういう感じです。寒さのせいもあるんでしょうか」
「面白いな。寒さに対抗して、身体が自然と欲するのだろうか」
最後のデザートとリンのお茶は、隣の居間に移動して楽しむことになった。
居間にはシロがいて、今日はシロも特別に鹿肉をもらって、満腹な様子で寝そべっていた。リンが暖炉の前に座ると、近づいてその膝に頭をのせた。撫でて、の合図だ。
柔らかな毛に指を通しながら、リンは大満足のため息をついた。
「お腹いっぱいです。んー、ちょっとお肉のお替わりは多かったかも」
「リン様が楽しみにしていたデザートですよ?」
シュトレンが窯から出したての、熱々のパイを切り分けながら言う。
「大丈夫です。デザートは別腹、というのが、どの世界でも女性の決まり文句です」
デザートはりんごを中心に、ぶどう、フィッグ、玉ねぎを加え、シナモン、ナツメグ、クローブ、サフランといったスパイスで風味をつけたアップルパイだ。
ふうっと息を吹きかけ、サックリとしたパイを噛むと、温かで甘酸っぱい果汁が口の中に広がる。砂糖もしっかり入っているようで甘いけれど、これはきっと元は酸味のあるりんごだ。
暖炉の前で食べる、スパイスの効いたデザートに、リンは目を細めた。
最後は皆を座らせて、リンが〆のお茶を入れた。
選んだのは、プーアル熟茶 一九九八年 思茅
「風味に好き嫌いがあるかもしれません。でも、このお茶はご馳走の後で消化を助けてくれるし、お茶を夜に飲むと眠れなくなる方もいらっしゃるのですけど、これは大丈夫なんです。身体も温めるので、冬にぴったりのお茶です」
そういって、赤茶の色味の濃いお茶を差し出した。
「今から二十年以上前に作られたお茶です。円やかですうっと身体に入って、スパイスの香りを流してくれると思いますよ」
プーアル茶は苦手な人もいるが、大丈夫だろうか。
「これは、森の中にいるような気分になるな」
「本当ですね、湿った木の香りというか、確かに森の中です」
「面白いお茶ですのう。土の香りに、キノコのような香り、すこし甘いような果実の香りもしますか」
「お茶としてはめずらしい香りですが、口当たりは柔らかいですわね」
皆が続けて飲む様子にほっとして、リンも口をつけた。
「これがすでに二十年経っているとは思えぬな」
「私が飲んだなかで、一番古いのが七十年近く経っていました。そういうお茶なんですよ」
ゆっくりとプーアル茶を楽しんでいると、ライアンがシュトレンに目配せをし、木箱を受け取って、リンに差し出した。
「祝祭には、贈り物をする習わしだ」
どうしよう、なにも用意してないとあせりながら、リンは促されて箱を開けた。
中には小指の先ほどの四つの、透き通った石が入っていた。それぞれに薄く精霊の色がついている。
「これは精霊術師が必ず最初に持つ、基本の『精霊の加護石』だ。聖域でだけ作ることのできる石で、基本でもあり、至高でもある。この石の精霊の力には、なんの方向づけもされていない。精霊術師が選ぶ祝詞によって方向性が決まり、精霊が力を与える。水も出せれば、洪水も起こせる。火も起こせるし、業火も消せる。そういう石だ。もっともその精霊の加護を持たなければ使えぬし、力の足りぬ精霊術師は多くの祝詞を扱えぬ。これを得て、精霊術師は修行していく」
これが精霊の力を扱う触媒となるということだろうか。
「あの湯を沸かす火の石も、この加護石でもいいかと思ったのだが、風呂の度に祝詞を唱えるのも面倒かと、二つを使って熱を出すように、力を方向づけたものだ。わかるか?」
「わかります。また祝詞を教えてもらえますか?」
「ああ。そろそろ練習をはじめてもいいと思っている」
そういって、ライアンは赤と緑の石を箱から取り上げた。
「例えば、この火と風の石を一緒に握って祝詞をいえば、温かい風もだせる。髪を洗うと凍りつくと言っていただろう?乾かせるぞ」
「ヘアドライヤー……?」
「なんというかは知らぬ。便利だろう?」
「便利ですけど、いいんですか?髪を乾かすのに使って」
ミキサーと泡立て器がリンの頭に浮かんだ。
「精霊がいいと言えばいいだろう。普通は力を使うと疲れがでるので、髪を乾かすのに力を使いたいとは思わぬ、というだけだ。精霊の機嫌にもよる。最も、君の場合、石すらいらなそうだが、まあ基本は学んでおくべきだろう。とりあえず基本の石を作ったが、君が慣れたら、聖域であの神々しい石でもつくればいい」
精霊石を箱に戻しながら、ライアンはシュトレンをちらりと見て続けた。
「これを君が身に着けられるように加工しようと思ったのだが、シュトレンに時期尚早、と止められた。クグロフにでも頼めばよい。あれが扱えるのは木工だけではないようだから、面白いと思うぞ。ああ、水と火の加護石だけ隣合わせにしなければよい。精霊の機嫌が悪くなる」
シュトレンは『ライアン様が恋人に贈るような貴石の装身具をつくられ、リン様に贈られた』という評判になるのは、変わりはないだろうと確信した。
「これは偶然できたものだが」
そして、ライアンはもう一つ木箱を差し出した。
「浄化石だ」
聖域でつくられる石はどれも美しい。
加護石も透き通ってきれいだったが、浄化石は格別だ。月の光を取り込んでいるからだろうか、石自身が内側からほのかに光り輝くようだ。精霊の加護の色が、何色も入れ替わるように煌めいている。
「これが水の浄化石ですか。はじめてみました」
「いや、それは水の浄化石ではない。言うなれば『すべての浄化石』だろうか」
「は?」
そこにいるすべての者があっけにとられた。驚いたのは、まだよく石のことを知らないリンだけではない。
「一昨日、水の浄化石をつくったついでに、フォルト石を核にやってみたら偶然できたものだ。一つの核に四大精霊すべての加護を入れるのは不可能に近いのだが。精霊が楽しそうに仲良く踊っていたからできたのかもしれん。稀有なことだ。もう一度手順を検証したいものだが、果たしてできるかどうか」
ライアンはプーアル茶を口にしながら、何事もないかのように言った。
「えーとそれは、この石、小さいですけど、王室献上級ということですか?」
「まあ、そう言ってもいいかも知れぬ。珍しいものだから、持っておけばいい。その石の効果は検証もしていないが、きっと何か浄化するだろう」
「そんな怖い価値のもの持てませんよ……」
「もとはタダ同然だぞ。君の神々しい石と同じだろう?」
ライアンはきっと、リンが来てからのおかしな事象に、いち早く馴染んだのだろう。
精霊のご機嫌につき合うということは、きっと慣れなのだ。ライアンの対応が早いわけである。この国で一番精霊に困らされているのは、間違いなくライアンだ。
「ありがとうございます。大事にします」
リンもそれに倣うことにした。
料理の時、リンはレモンの絞りカスを取っておいた。
どっと感じた疲れを、レモン湯でさっぱり流すことにした。
メモ:
一皿めの「白ワイン セージと蜂蜜入り」は、13世紀後半のレシピが基になっています。
デザートのアップルパイは、タイユヴァンと呼ばれた、ギヨーム・ティレルのレシピで、15世紀バージョンが基になっています。





