The Rocky Mountain in the South 3 / 南の岩山 3
「ええと、麗しき愛の湖に着いたところから……」
「違う、気高く溢るる美と愛の湖、だ」
長らくお待たせしました。
ヤギに先導されたリンたちが湖の畔に着く頃には、すでに薄暗くなり始めていた。
近くの一番大きな建物から、ランプを持った数名の人が迎えに走り出た。先頭にいる男女二人は、一人は青、一人は緑の精霊術師のマントを羽織っている。
速足で歩いてくると、一斉に頭を下げた。
「遠い所をようこそお出でくださいました。この地の管理を任されているヤナンです」
「おっ、同じく、妹のユナンでございますっ」
リンは驚いた。
管理者だといった精霊術師の兄妹はまだ若く、恐らくリンと同年代だと思われる。
この二人が村長なのだろうか。
「急な訪れで迷惑をかけるが、よろしく頼む」
「ヤナン、ユナン、皆も久しぶりだな。冬前の忙しい時期にすまないな」
ライアンとオグの返答に、慌てて首を振った。
「いえ、お気になさらないでください。おもてなしもできませんが、離宮の準備はできておりますので」
ヤナンはそう言うと湖の方へ手を出し、先に立って歩き始めた。
リンは隣を歩くライアンを見上げた。
「離宮……が、ここにもあるんですか?」
「上から、あの島に建物があるのが見えたか? あれが離宮と呼ばれている」
オグも隣から口をはさんだ。
「船で話していたろ? あの水の賢者が、島にオンディーヌと過ごせる場所をって建て始めたらしいぞ」
「へー……。まあ、確かに湖中の島なんて、水の賢者さんが喜びそうな住まいですもんね」
「実際にはほとんど滞在したことはなかったらしいが。ヤナン、記録では数回、だったか?」
ライアンが前を歩くヤナンに話を投げると、振り向いてうなずいた。
「はい。夏の終わりに数回訪れられたと記録にございます」
「私自身もここに来たのは久しぶりだ」
「どっちかって言うと、ここの人間の冬越しの住まいだよなあ」
「冬越し?」
「ほら、ここは家も少ないだろ?」
「ええ。確かに」
湖畔には、先ほどヤナン達が出てきた大きな建物が一つ。その周辺、といってもだいぶ離れた場所にぽつんぽつんと、数軒の家が見えるばかりだ。
村と呼ぶには小さい。
「ここに住んでる者はほとんど、年の半分は、あの山向こうにいるんだよ」
オグが周囲の山々を指した。
ヤナンとユナンはうなずき、交互に説明をし始めた。
「雪のない間は採掘だったり、採集だったり、ヤギを連れてもっと上の草地にいたり、と、皆がバラバラに過ごしています」
「夏の家もそちらに建ててあって、こちらにはほとんど降りてまいりません」
「あと一月もしないうちに山の上は雪に覆われます。徐々に下山して、冬の間はここで皆一緒に過ごすのです」
「それで冬越しの家が必要になるんですね」
「離宮と呼んでも、我々が来ることはほとんどないからな。この地の者に管理を任せているし、冬越しの住まいにちょうどいい」
湖の船着き場で小舟二隻に分かれて乗り込むのだが、一緒に来た冒険者たちはここまで案内してくれたクルバンたちと残るようだ。
「あれ?」
「ああ、彼らは明日、夜明け前に山越えになるんでな。島だと不便だ」
「えっ。もう帰るんですか?」
「いや、今日持ってきた荷を、ヤギと一緒にあの山向こうに運ぶんだ。そして先方の荷を預かってくる。薬事ギルドの依頼でな」
オグの指す連山は、夕闇に影となって浮かんでいる。
リンたちが今日超えてきた山よりずっと高く、険しい。
眉を寄せたリンの考えていることが分かったらしい。
「大丈夫だぞ。上まではいかねえよ。中腹辺りに、細いが、ぐるりと伝う道がある。身軽な者ばかり来ているしな」
細いが、と、手で示された道は人が一人通れるかどうかだ。
「……身軽じゃないと、難しそうですね」
「んー、この地の者は慣れているし、ヤギとハンターなら大丈夫だぞ。ま、リンには勧めねえがな」
落ち葉で滑っているようではダメなのだろう。
リンはコクコクとうなずいた。
「リン」
ライアンに呼ばれ、支えられながらリンは小舟に乗り移った。
先頭の船にはユナン、ライアン、リン、タブレット、シロが乗り、二隻目にはヤナン、オグ、ロクム、館の文官が乗り込んだ。
スッと押されると、後ろのヤナンから声がかかった。
「では、運びますので」
「いや、私がやろう。そちらでは明日の話もあるのだろう? ……オンディーヌ、インぺリウム アクアム」
ライアンが水を制御下に置き、水流を作って船を運び始めた。
滑らかに、まっすぐと島に向かっていく。
「あ、あのっ! ライアン様、お手数をかけて申し訳ありません」
「いや、ここでは常にこうしているのだろう? それにほとんど負荷がかからない。オンディーヌもここでは力が出しやすいのだろう」
「はいっ! 兄も常にそのように申しております。水だけではなく、風の通りも良いのです」
ライアンと話すユナンは緊張を見せながらも、嬉しそうにライアンを見ている。
そうだ。ライアンは精霊術師のアイドルだったな、と、リンは思い出した。
目の前で憧れの人と話せたら、そりゃあ舞い上がるだろう。
「調子が悪そうなのは、サラマンダーだけだな」
ライアンがリンの方をチラリと見た。
船べりに身を乗り出して湖面を見ているグノームや、船を先導するかのように飛んでいるシルフやオンディーヌと違って、サラマンダーはリンの膝の上だ。リンのお腹に顔をくっつけて思い切り甘えている。
可愛すぎて、先ほどからそっと抱きしめ、撫でまわしている。
「静かなので、寝ているのかも?」
「起こすといい。そろそろサラマンダーも機嫌の良くなるものが見られるはずだ」
いったいなんだろう、と、思っているリンの目が丸くなった。
「えっ? うわあ」
「おお。これはなんだ」
タブレットも身を乗り出した。後ろの舟からも声が上がっている。
闇が迫るのに合わせて、ポツンポツンと光が点り始めた。
湖のあちらこちらに、無数の青白い光が浮かび上がって見える。
「『光り石』だ」
「『光り石』? 精霊石ですか?」
『温め石』『冷し石』が頭にあって、ついそう聞いてしまったが、そうではなかったらしい。
「いや。昼の間に光を蓄え、夜になると発光する石だ。……サラマンダー、レスティングエーレ」
ライアンがランプの火を消した。
頭上にも湖面にも星の輝きがあり、その中を舟が静かに進んでいく。
まるで天を行くようだ。
「これはすごいな」
タブレットがポツンと言う。
「美しいだろう?」
満天の煌めきの中を、無数の光のオーブが飛び回り始めた。
リンの膝上のサラマンダーも、もぞもぞと動いて浮かび上がる。
「天の星が地上にもあるようで、って、精霊たちの憩いの場になるわけですねえ。大喜びしてませんか?」
聖域に負けないぐらい、この地も精霊が多いのではないだろうか。
「この湖の周辺だけ、なぜかこの石が多い。良く晴れた日にしか見られないから、今日は運が良かったな」
リンはため息をついた。
「はあ、参りました。降参です。水の賢者の気持ちがわかりました。信じられないほど麗しいし、美しいです」
星空をいく舟は静かに進み、間もなく島に到着した。
一回の更新を短めにして、なるべく頻繁に更新できるようにしたいな、と、考え中です。
なので、「南の岩山」が思ったより回数が多くなりそうです。(いつものこと)
寒さがまだ厳しいかと思いますが、どうぞ皆さま御身ご自愛くださいませ。
いつも応援ありがとうございます。
お待たせばかりですみません。





