11/25 二巻発売記念 途中下船(ラグナル視点)
皆さまの応援のおかげで「お茶屋さんは賢者見習い 2」が本日発売となりました。
本当にありがとうございます。その記念SSになります。
もともとは2巻に収録しようかと書いてみたのですが、ちょっと他と雰囲気が違いまして、
削ったものを手直ししました。
ラグナルが春の大市でヴァルスミアを訪れ、ラミントン領都に戻る前、グラッセのところに立ち寄った時の様子です。
お楽しみいただけますように。
「ラグナル様。おかえりなさいませ」
ヴァルスミアを出発した定期船は、ラミントンに入ってすぐ、『青の森』の船着き場に到着した。
青の森にはラミントン家の離宮もあるのだが、そこの執事たちが迎えに出ており、私を見てほっとしたように顔が緩んだ。
「遅くなりました。それに『青の女神』の手配も助かりました」
「いえ。シルフをいただきましたので、問題ございません。ただ、城からもシルフがまいりました。『戻られたら、なるべく早く城へ帰るように伝えてください』だそうです」
「うっ」
側近である風の術師の顔が浮かんだ。城で待ち構えているだろう。
「やはり、隠しておけませんでしたね。優秀なシルフ使いでございますから」
「はあ。グラッセにも協力してもらったのになあ。まあ、城へ連絡せねばならない用件があったのだけれど」
「おや。そうでございましたか」
ヴァルスミアでの必要な手配のために、城へもシルフが飛んだのだろうな。それはいいんだけど。
「『婚約者に会いに行くことの何が悪い』と言ってでてきたから、戻ったら嫌味を言われるな」
「グラッセ様にも、城からシルフが来たとお伝えしましたら、城に戻られた時、少しでもラグナル様が叱られないように、とのご配慮をいただきまして」
執事が笑いをこらえるようにしている。グラッセは何をしたのだろう。
「『何か手土産がいるわね。フォレスト・ボアでいいかしら?』とおっしゃって、そのまま森にお入りになられたようです」
つい足が止まってしまった。手土産がフォレスト・ボアか。
いや、グラッセらしい。
ぐふっと背後から押さえた声がした。グラッセに借りた護衛だが、普段はグラッセと一緒に森に入るハンターでもある。
「……申し訳ございません。グ、グラッセ様でしたら、間違いなく仕留められるでしょう」
こらえているようだが、声が揺れている。
「春のボアは旨味があるのに、臭みが少なく、さっぱりと食べられますからね。城でも喜ばれるでしょう」
執事も楽しそうに言う。
「じゃあまず、その賄賂のボアを受け取りに行きましょうか」
『冷し石』の入った木箱もひそかに借りてきてある。フォレスト・ボアも問題なく運べるだろう。
離宮ではなく、グラッセの元へ足を向けた。
◇
男爵邸の客間を借りて着替えると、グラッセに借りた狩猟服を返した。
「それで、オグ兄様には、無事にお会いになれたのですか?」
兄上に会いに行く、と、言っただけだからな。少し心配そうな顔をしている。
出かける時は、私も緊張していたので、難しい顔をしていたかもしれない。
「ええ。兄上にもお会いでき、素晴らしい滞在でした」
ウィスタントンでもらった薬草茶を入れてもらうと、グラッセが目を丸くした。
「これが薬草茶?」
「苦くないだろう? カモミールとミントだそうだよ。それから、これも。食べてみて」
白いメレンゲのクッキーを摘まんで味わうグラッセを、じっと見る。
「風味もいいでしょう?」
「ええ。すっきりと甘くて、上品で」
「これにはね、ウィスタントンから出た新商品の砂糖が使われているんだ」
「砂糖⁈ ウィスタントンで⁈」
グラッセが目を丸くした。
「そう。この春、一番注目を集めているよ。兄上にお会いするついでに、非公式だが、領の事業についても話ができた」
詳しく聞いてきたし、だから城に帰っても、そこまで怒られないはずだ。
……いや、誤魔化して出かけたことには文句を言われるか。
グラッセがもうひとつメレンゲを摘まんだ。
まだグラッセにも内緒だが、これがこの『青の森』で作られることになると知ったら、どんな顔をするだろう。
兄上にも言ったけれど、先頭に立って水桶を括りつけるような気がするけど。
「それで予定よりも遅かったのね」
「ああ。『青の女神』や、ミディ貝の加工も見学させてもらった」
「それで、オグ兄様はお元気でしたか?」
グラッセに昔のようにオグ兄様と呼ばれたら、兄上は喜ぶだろうな。私が兄上と呼ぶたびに、なんともいえない、嬉しそうな顔をしていたし。兄上はグラッセを気に入っていたし。
「グラッセが婚約者だって言ったら、驚いていましたよ。兄上の中では、まだ小さなグラッセのイメージしかないだろうし」
「オグ兄様が覚えているっていったら、きっとオークの木から飛び降りた時のことでしょう? 一回だけなのに、ずっとお転婆だって言い続けるんですもの」
グラッセがちょっと拗ねた顔をした。かわいい。
でもね、まさか木の上から小さな女の子が降ってくるとは、思わないじゃないか。
それに、追いかけて捕まえた兄上を、蹴飛ばしていたよね?
「あの一回で、私は目の前にシルフが現れたと思ったのだけれど」
グラッセの頬が真っ赤になって、隠すように頬に手を当てた。
「そ、そんなことを言うのはラグだけです!」
うん。もちろん他の人は言ってほしくないよ。私のシルフなのだから。
「昨夜、兄上と一緒にあの頃の話をしたんですよ。グラッセに会った夜、私がグラッセをシルフだと思うと伝えたら、兄上はお好きな方がオンディーヌに見えると打ちあけてくださいました」
ドキドキして眠れないでいたら、兄上が来てくださったんだよね。一緒にベッドに入って、今でもあの時の兄上の照れくさそうな顔をよく覚えている。
「ええっ。そんなことが?」
「それでね、今回、ウィスタントンで、兄上のオンディーヌにお会いできたんですよ」
「まあ! どんな方でしたの?」
「兄上の補佐をされていました。オンディーヌというのも間違いありません。美しい方でした」
「では、あの頃からずっと? ええと、オグ兄様は、ご結婚は……?」
「いえ、まだですね。でも、私たちの結婚式には、義姉上とご一緒に参列して欲しいとお願いしてきました。だからきっと……」
「そうなるとよろしいですね」
グラッセがにこりと笑った。やっぱりかわいい。
◇
帰りたくないけれど、いつまでも滞在を延ばすわけにもいかない。
桟橋には領都に向かう船が待っている。
大市の天幕からもシルフが飛んでいるだろうから、きっと明日の昼には、担当者が集まって会議だろうな。
ええとシロップは来年の春でいいとして、『冷し石』の必要数の確保は絶対だから、発表と同時に動けるようにして。ミディ貝の加工と流通も至急だな。今が旬だし、すぐに大市で売り出したいだろうし。『青の女神』の加工は、うん、今が花の季節だからこれも至急。あ、磁器のカップも、天幕に送るように言わないとダメだっけ。難民の職業調査もすぐに取り掛かって。
あれ、なんか、至急対応が多いかも。
まさか一泊でここまで商品が増えるとは思わなかった。
リンは本当にすごいと思う。
「こちらをどうぞ。到着したらすぐに冷室にいれてくださいね」
グラッセが賄賂のフォレスト・ボアの包みを渡してくれる。
かなり大きいが、ミディ貝のオイル漬けの横に収まるだろうか。
「ありがとう、グラッセ」
「どういたしまして。ええと、大市の間に、またお会いできますか?」
ほんとにかわいい。
「ええ。公式訪問があるので、その後に。こんどはもう少しゆっくり滞在できそうです。……そうだ。グラッセ。来年の春までに、水桶をとにかくたくさん用意してください」
「え? 水桶?」
グラッセはきょとんと眼を丸くした。
「ええと、次に会う時には詳しく話せると思うから。じゃあ、またね」
首をかしげているグラッセに手を振って、船に飛び乗った。
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今回はオグ(ライアン、エクレール)のSSになっております。
オグがまだ王都で精霊術学校に通っていた、貴族だったころのお話です。
もしよろしければ、こちらもぜひ。
ありがとうございます!





