The Rocky Mountain in the South 1 / 南の岩山 1
「あ、そうだ。これから行く南の村って、何という村ですか?」
昨夜、鍋をつつきながら話したとおり、リンはライアン達と南に向かう船に乗っていた。
夏にラミントンに行った時と違い、十名程度が乗れる小型の船にリン、ライアン、タブレット、オグがゆったりと乗っている。
船尾には船頭も座っているが、風と水をライアンが操っているので、たまに現れる岩を避けるぐらいでこちらものんびりとしたものだ。
タブレットの足元にはシロがゆったりと伏せている。タブレットに呼ばれたシロが、しっぽを振って船に飛び乗ったのだ。
すぐ後ろには二隻めが付いてきていて、ロクムはこちらに乗り込み、オグが連れてきたハンターたちや、館の文官、ちょうど大市から南へ帰るという夫婦と一緒になり、楽しそうに話し込んでいる。
昨夜から大急ぎで手配がされたらしく、二隻目には南に届けるという荷物も積み上がっていた。
シルフが整えた川風を受けて帆は大きく膨らみ、船旅は順調だ。
風は冷たくなってきているが、背中には太陽の光を浴び、足元は『温風石』で温められて、気を抜くと眠ってしまいそうなぐらいポカポカとしている。
毛皮のマントは必要ないが、膝にはアマンドから渡されたひざ掛けもある。
心地良い船の揺れに、リンは話を続けて、なんとか眠らないようにしている。
『南の岩山』とライアンやオグが言うのを聞いたことがあるが、村の名前をそういえば聞いたことがなかった。
「名前なあ……」
オグが微妙な顔をした。
「あるにはあるんだが。なあ?」
そういってライアンに声を投げる。
「……何か差し障りのある名前なんです?」
気になる二人の様子に、声を潜めて聞いた。
ライアンがふっと息を吐いた。
「いや。昔の賢者が名付けた地名なのだが」
スぺステラ村もライアンが名前を付けたが、賢者になるとそういう依頼も多いのだろうか。
「だが?」
「名付けた賢者は、あの水の浄化石の祝詞を作った賢者だ」
「えっ? オンディーヌの像をたくさん作っちゃった、あの水の賢者?」
「賢者に『水の』って付けるのは変だが、まあ、言われてみれば、水の賢者だよなあ」
オグが言えば、ライアンがうなずいた。
「ああ。その水の賢者だ」
「はあ、なるほど。それはつまり、そういう名前ってことですね」
「どうも言いにくいというか、言いたくないというか……。なあ、ライアン」
そこまでなのか。
「教えて下さい」
「気高きオンディーヌ、麗しく溢るる、だったか?」
オグが斜め上を見ながら、思いだすように言う。
「違う。麗しきオンディーヌ、気高く溢るる、だ」
「えっ?」
目がしっかりと覚めた。
麗しき? 気高く? とても村の名前には聞こえない。
黙って聞いていたタブレットが口をはさんだ。
「大方、麗しきオンディーヌ、気高く溢るる愛の村、とでも言うんであろう?」
「「なんで知っている?!」」
「二人がそろって言い淀むのだ。そのようなところだろう」
タブレットはニヤニヤとからかうような笑みを浮かべている。
「……名付けを頼んだ村の人はこれで良かったんでしょうか? こう、いかにも水の賢者らしい名前ですけど、村の名前としては、ねえ」
「あ、いや。名付けを頼んだというのは少し違う。正確にはあの場所は、あー、『麗しきオンディーヌ、気高く溢るる美と愛の湖』というんだが」
「長っ。あれ、山ではなくて、湖?」
「もちろん山もある。オンディーヌに導かれて、賢者が山間に隠れた湖を見つけた。それで名前を付けたのが先だ」
「へえ。そっちが始まりなんですか」
「周辺の山で珍しい薬草や貴石が採れることがわかり、それで村ができた」
「グノーム・コラジェに、『龍の鱗』。あ、オグさんがエクレールさんに贈ったピンについていた貴石もそうですよね。なるほど。ここまで取りに来ていたんですねえ」
「うっ、リン。それは思い出さなくってもいいんだよっ」
オグが焦ったように声を上げる。
「珍しい薬草や貴石が採れるって、ヴァルスミアの森みたいですね」
ライアンがうなずいた。
「あの地は精霊の憩いの場らしい。湖にオンディーヌの気が強いのはもちろんだが、大地にグノームの、山間を抜ける風にシルフの気を感じられる。水の気が強くてサラマンダーには居心地が悪いようだが。それもあって薬草も多く、質の高いものが手に入るのだと思う」
「憩いの場って言われるぐらいだからな。精霊も多いし、あの名前が付くのも納得するぐらい美しい場所だぜ。リンも気に入ると思うぞ」
「憩いの場。……じゃあ、やっぱりグノーム・コラジェの葉には、グノームが隠れているんじゃないですかね」
「「それはないな」」
グノーム探しはよっぽど大変な経験だったのか、これには口を揃えるライアンとオグだった。
「さあ、そこを曲がると見えてくるぞ」
「え、もう?」
日暮れには到着する、と、言われていたから、ラミントンに行くぐらいはかかると思っていたのだが、思ったより近いのかもしれない。
太陽はまだ空高くにある。
「見えてくるだけだ。そこからがまた、長い。……ほら」
川が大きく蛇行し、木立が途切れると、左前方に連なる山が見えた。
「おお。あれか。美しいな」
タブレットが身を乗り出した。
連なる山々の峰は高くとがっており、上の方は薄っすらと白い。すでに雪が降ったようだ。
「ほんと。あれが『気高き』、違う。『麗しきオンディーヌ、気高き愛の』、あれ、なんだっけ?」
「『麗しきオンディーヌ、気高く溢るる美と愛の湖』ではなかったか?」
タブレットはしっかり覚えているようだ。
「あ、そうでした。……やっぱり言いにくいですね」
「だろ? だから、南の岩山って言うんだ。言いにくくても、賢者を敬って正式名称は変えないらしいからなあ」
「……水の賢者かあ。もう少し言いやすい名前にしてくれれば良かったのに。なんだか、聞けば聞くほど残念、というか、いろんな逸話が残っている人ですよねえ」
「祝詞を思い出してみろ。あの賢者にそんなことを期待するほうが無理だ。オンディーヌを讃えることだけしかしていない」
ライアンが眉を寄せる。
「確かに」
「まあ、賢者だからな。いろいろやってるさ。アルドラのばあさんだって、そうだろう? ライアンやリンだって、あと数百年もすれば、何を言われるかわかんないぞ」
「アルドラやリンはともかく、私はそこまでのことは、しでかしていないはずだ」
「えっ? 私も? ってか、リンはともかくって何ですか。ライアンだってこの間、塔を飛ばしていたじゃないですか。アルドラと同じように言われると思いますよ」
「リンも家を飛ばしただろう?」
「持ち上げましたけど、飛ばしてはいません!」
『しでかしたこと』を言い合っているようだが、きっと新しい精霊石や精霊道具の開発などでも、二人は名を残すのではないだろうか。
「二人ともだよなあ」
「ああ」
言い合う二人を、オグとタブレットは笑いながら見ている。
間もなく、船はそびえ立つ山の麓に到着し、そこにはにぎやかな迎えが来ていた。
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11月25日に「お茶屋さんは賢者見習い 2」が発売となります。
2巻ではオグとラグナルの話などを加筆致しました。
お楽しみいただければうれしいです。
よろしくおねがいします。





