Portable Clay Stove and Hot Pot 1 /七輪と鍋 1
「なんだか空気まで色づいている気がするね」
リンは頭上を見上げて、はあっと感嘆の息を吐いた。
ヴァルスミアの森は、ここ数日で紅葉や黄葉の色がぐっと濃くなった。
ローロとシロと一緒に早朝から森に入ったのだが、森の秋は色鮮やかで、本当に美しい。
差し込む光に、赤や黄色のフィルターがかかっているように見える。
「うん。一気に寒くなったもんね。そろそろ初雪が降るんじゃないかって、オグさんが言ってたよ」
ヴァルスミアの秋は短いと聞いていたが、本当だった。
秋の色は濃く、もう冬の気配を感じる。
街では冬用の薪を積み上げ始め、りんごや木の実といった秋の味覚も収穫量が増えてきている。
大市の天幕も、寒さ対策用の二枚目の幕を下ろす日もでてきた。各領の色が使われたオーバーコートだから、森と同じように街もカラフルだ。
「そっか。紅葉に雪がかかったら、それもきれいかなあ」
今日はきのこ狩りだが、リンが抱える籠にはきのこと一緒に、きれいな落ち葉も集められている。
「初雪は積もらないと思うけどね。あ、すごいボアダンスの数!」
ローロがリンの籠を見て、目を丸くした。
「うん。シロと二人でがんばった。ローロにも少しあげるね。ギルドで売っても、自分で食べてもいいよ」
シロは鼻で探し、リンはグノームにお願いした。もっともシロが探したボアダンスは、ほとんどがシロのお腹の中だ。
足元にいるシロは手足だけじゃなく、マズルやお腹まで真っ黒になっているが、満足そうな顔をしている。
「え! いいの⁈ ありがとう」
「ローロはどうかな。採集はそろそろいい?」
ローロの籠はきのこだけじゃなくて、今、高く売れるらしい薬草や木の実なども入っている。
「うん。もう平気。こっちはリンさんの分だけど、今夜の食事会に足りる? こっちはギルドの依頼」
「ありがと。私も採ったし、十分だと思う。……ねえ、ローロの籠、真っ赤だね」
ギルドの依頼分は、炎茸の割合がずいぶんと多い。
「術師さんたち、今、大変みたいだよ。冬支度で『火の精霊石』の注文が増えたんだろ、って、オグさんが」
「そう。天幕でも『温風石』の準備をしたもんね」
コレを齧りながらサラマンダーを操る、火の術師が頭に浮かび、リンは尊敬と憐憫の感情が同時にわいた。
「……じゃ、帰ろっか。いくつか天幕にも寄りたいし」
◇
リンは食事処の厨房の片隅で、鍋に材料を並べていた。
今夜はいつもの飲み会、いや、きのこ鍋パーティの予定になっている。
ライアンにねだって、卓上七輪ができあがったのだが、それで鍋をするのだ。
今が旬のきのこを使って、最初の希望どおり、旨味たっぷりのきのこ鍋が食べたい。
朝からあちらこちらで材料を仕入れ、準備はバッチリだった。
「リン嬢ちゃま、どうぞ天幕の方へ行ってくだされ。後はやっておきますからの」
ライアン達が到着したと連絡が来ている。
「じゃあ、師匠、お願いします」
リンは片手に大皿を持ち、もう片手に火種を入れた壺を持って天幕に入った。
常連であるタブレット様御用達となった小天幕には絨毯が敷かれ、長椅子やクッションも運び込まれて、居心地のいい休憩所ができていた。
ライアン、タブレット、ロクムが、それぞれ手にグラスを持ってくつろいでいる。
さすがに挙式準備で忙しいラグナルはラミントンを抜け出して来れず、ラグナルの代わりにロクムを誘っていた。
「お待たせしました。あれ、オグさんは、まだですか?」
「わるいな。遅くなった」
リンの背後から、脇に小樽を抱えたオグが顔を出した。
皆でテーブルに移動すれば、すでに卓上七輪がセットされている。
「おっ。これが卓上七輪ってやつか」
リンの記憶にある七輪よりも高さはなくて、どちらかというと卓上コンロに近い形をしている。
ライアンがグノームを使って作ったものだから、ベージュがかった白い石の表面もなめらかに削られ、美しくできている。
「そうです。まず炭をいれますね」
「これは石を掘ってあるのか?」
タブレットが七輪に手を伸ばす。
「ああ。ウィスタントン南部の岩山で採掘されたものだ」
ライアンが七輪の横にある小窓からシルフを使って風を送れば、炭が赤く燃え上がる。
「へえ。なるほどな。風穴か」
「鍋をする前に、ここでつまみを焼こうかな、と。……あ、やっぱりダメだ。すみません、クッションを使います」
こちらの家具は、リンにはすべて高めなのだが、テーブルの上に七輪を置くと高くなりすぎる。
長椅子からクッションを移し、一枚ではまだ低く、二枚重ねてやっといい感じだ。だがちょっとグラグラとして座り心地が悪い。
「くっくっくっ。リン専用の椅子がいるな」
オグは遠慮なく笑い、他の者も笑いをこらえているのがわかる。
「むう。これでも薄型の七輪なんですけどねえ」
「リン、長椅子の方に移ればちょうどいいのではないか? この上にさらに鍋が載るのだろう?」
ライアンが提案すれば、他の者も七輪とリンを見比べてうなずいた。
「比べなくても……」
「おお。それがいいな。移動しよう」
さっと立ち上がると、皆、目の前に並ぶ料理を持って動こうとする。
リンは慌てて天幕の外に声をかけ、給仕人を手伝いに呼び込んだ。
「火が入っているのに、熱くはないですね」
七輪を運ぼう、と、触ったロクムが驚いた。
「ええ。屋台で使っている鉄製と違って、それがいいところで。長時間使えば、もっと熱くなりますけど、触れないほどではないかと。あ、下は一応、テーブルの保護のために板を敷いていますけれど」
ライアンがロクムに七輪の構造を説明している間に、ローテーブルに全てが移された。
オグは皆に、小樽からビールを注いで配っている。
「ええと、まず焼き物からと思ったのですが、適当に置いてしまっていいですか?」
「ああ。まかせる」
ラミントンの屋台で用意してもらったインクフィッシュの一夜干しに、『金熊亭』のソーセージ、かぼちゃなどの野菜に、今朝採ったばかりのきのこが用意してある。
「じゃあ、まずインクフィッシュにしようかな」
皆で食べやすいように切り分けてあるのを、焼けた網の上に置いた。すぐにインクフィッシュの足がもぞりと動き始め、端から丸まっていく。
炭のパチパチという音と一緒に、ふわりとインクフィッシュの焼ける香りが立ち上がった。
「生きているようだな」
「なあ、この部分も食べるんだよな?」
目の前で焼けるのが面白いのか、動く足を皆が見つめている。
「ええ、もちろん。あ、他のつまみもありますから、どうぞ始めてください」
「そうだな。まず乾杯からだ。……ドルーと精霊に」
「「「「ドルーと精霊に」」」」
それぞれの前には定番のチーズに、皇帝のオイル漬け、インクフィッシュの塩辛、かぼちゃサラダなどの、冷製のつまみが並んでいる。
温かいつまみは、七輪で自分たちで焼くのだ。
「リン、これはなんだ? ソース?」
「あ、これはここで焼いたものを付けて食べてもおいしいかな、と思って。ええと、左からピリ辛マヨネーズ、マスタード、トマトソース、レモン汁、ローズマリー塩にボアダンス塩」
「ボアダンス塩?」
「ええ。ボアダンスを混ぜてあります。風味があっておいしいですよ」
ロクムが塩を舐めて、味を確かめている。
「さ、焼けました」
「もういいのか? 早いな」
「焼き過ぎると固くなるんで、軽く炙るぐらいでいいんです。さあ、どうぞ。おススメはピリ辛マヨネーズです。好みでレモンをかけてもいいかも」
食事の給仕をされるのに慣れた人ばかりだが、危なげなく皆が自分で取る、が、うごめいていた足には誰も手をださない。
「足は人気がないですねえ。これも普通においしいんですけど」
リンは足を取ると、ピリ辛マヨネーズを少しつけ、口に入れた。
足を齧るリンを、皆がじっと見ている。
「大丈夫か?」
「うん? おいしいですよ」
思わずニンマリとした。
柔らかく、簡単に噛み切れる。干したことで旨味がたっぷりの身は肉厚で、プリプリだ。
「おお、柔らかいな」
「香ばしい。それに少し甘みもあるか」
「これ、ビールに合うんだよなあ」
オグとロクムはラミントンの屋台で食べたことがあるようで、ビールを飲んでうなずいている。
わかる。止まらなくなるのだ。
リンは慌てて、さらに追加を網の上に置いた。インクフィッシュはすぐに焼けるのがありがたい。
「目の前で焼かれるのを見るのは楽しいな。香りもあって、よりうまく感じる」
「ええ。本当に」
タブレットが満足そうに言えば、ロクムもうなずいた。
「脂が多く落ちるものは、火も煙も上がるので卓上調理には向かないですけれど、こういう一夜干しやソーセージなら大丈夫だと思いますよ。自分のペースで飲みながら、ゆっくりつまみを焼くのもいいものだと思うんですけど。さ、次も焼けましたので、どうぞ」
「そうだな。では、後は自分たちでやろう」
それぞれが好きなものを網に載せだした。
ライアンはいつのまにか、網の端でチーズまで炙っている。
「ライアン、私も卓上七輪を一つ欲しい。長い船旅が楽しくなる」
「あ、俺も一つ」
「私も、これをできればクナーファで販売したいと存じます。『凍り石』のおかげで、インクフィッシュやソーセージなども今までより長く保存できますし、合わせて販売できればと」
おお、食事会が商談会になりそうだ。
ライアンが軽くため息をついた。
「……リンが鍋パーティーを言い出した時に、こうなるのではないかと思ってはいた。これは土と火の術を使った試作で、個人に一つ二つ作るのならともかく、まだ量産は難しい」
「量産、流通の手配でしたら、クナーファでもぜひお手伝いをさせていただきたく。こちらに商会支店を置かせていただくことにもなりましたし、今まで以上に動けるようになるかと」
ライアンがじっと考えた。
「なるべく早く、ギルドや文官との会合を手配する。正直、一助を願えるならありがたい。今は春からの新商品に砂時計や加湿器も加わって、館も街も手一杯だ」
「かしこまりました。精一杯努めたいと存じます」
オグがビールをロクムのグラスに注いだ。
「いいな。出来上がったら、ラグにも持っていくか」
リンがパッと顔を上げて、オグをじーっと見た。
「なんだよ? リン」
ライアンが呆れてリンを見た。
「リンはこれをラグの結婚祝いにどうか、と、言っていたんだ。さすがに却下したのだが」
「これをか? いや、それはどうかと思うぞ」
オグにも首を振られる。
「お、俺は違うぞ。結婚祝いは別にちゃんと用意してある。まあ、ラグもこういうのは楽しいと思うが」
「ですよね? 喜ぶと思ったんですよ」
「あのな、リン。結婚祝いは記録が残されるし、披露されることも多い」
「披露?」
「ああ。身に付けられたり、飾られたりな。布や装身具、飾り箱の類が並べられるんだが、そんな中に卓上七輪がどーんと入るんだぞ? 贈り主の名前が賢者見習いのリン、だぞ? 目立つだろ」
リンの脳裏に、館のサロンが浮かんだ。装飾の美しい宝石箱の横に、鎮座する七輪。
だめだな。うん。
「だが、もし量産して販売するなら、披露は良い宣伝の機会ではないか?」
話を聞いていたタブレットが口を挟んだ。
「えっ!」
「いや……」
「それは、だめじゃねえか?」
「そうか? これはシンプルで実用的だが、色合いも美しいし、例えばラミントンらしい、もっと豪華な彫りを施せば宝玉箱の横に並んでもおかしくないと思うが」
じっと皆が考えこんだ。
「だめですよ! 優美な彫りの七輪の上で、身をよじるインクフィッシュなんて、なんか変ですもん」
「み、身をよじるインクフィッシュ……」
「ふ、ふふ。確かに」
この時はどっと笑い声が上がったのだが。
後にできあがったライアン謹製、タブレットとラグナル特注の七輪は、量産品とは程遠い豪華な意匠が施されていた。
きのこ鍋に行く前に、長くなったので切りました。





