Fitting and Cakes 2 / 試着とケーキ 2
遅くなりました!
リンが元の服に着替えて出てくると、ローテーブルにはすでにお茶の用意が整っていた。
そしてカリソンたちに、ライアンと、なんと領主も加わって席に付いている。
ライアンには茶会が終わる頃に迎えに行く、と言われていたが、その茶会が延びたのだ。
慌てて腰を落として挨拶をすれば、領主には、かまわぬ、と、手を振られる。
ライアンは立ち上がって、リンに近づくと手を差し伸べた。
「ドレスの試着があったのだな。どうだった?」
「ええ。さっきからケーキと腰回りの関係を考えるぐらいには、現実を見られましたね。……そうだ。マルテの毛皮をありがとうございました。冬を暖かく過ごせそうです」
シュゼットがクスクスとわらった。
「リンったら、まだそんなことを言っているのね? ライアン兄様、ドレスもマントもとても良く似合っていたのよ。兄様からも気にすることはないって、言ってあげてくださいな。これからケーキを食べるんですもの。気にしていたら、食べられないわ」
「……私も、いつも言ってはいるのだが」
ライアンはそのまま長椅子までエスコートすると、自分の隣に座らせながら、チラリとリンの腰を見た。
「あ、いつも見ないでくださいって言っているのに!」
リンが小声でとがめると、カリソンまでが、ふふっと笑う。
「リン、今日は一緒にお茶ができるのを楽しみにしていたのよ」
「ええ。お菓子もね、プチフールといったかしら。社交用に、かわいいケーキやタルトを作ったでしょう? また新作ができたのかしら」
「ついこの間、新作の試食会をしたばかりであろう? よく考えつくものだ」
領主夫妻もシュゼットも、笑顔で楽しみにしているようだ。
「今回はプチフールではなくて、特別な日のケーキの提案なんです。実は、ラミントンの結婚式について話す機会があったのですけれど……」
◇
そう。最初はラミントンの料理長が訪れたことが始まりだった。
リンとの面会を希望しているということで、リンはライアンと共に、食事処へと向かった。
「結婚披露の宴に出す料理のことで、お願いがございまして」
リンがラミントンに渡したレシピで作った料理を、宴で出していいかと許可を求められたのだ。
それについては全く問題なかった。もともと社交に使ってくれ、と、渡したのだから。話を聞けば、かなりアレンジもされているようで、リンも食べるのを楽しみにしたぐらいだ。
ブルダルーも一緒に料理について話をしていたのだが、気になって、つい聞いてしまった。
「ウェディング・ケーキは、どんなのにされるんですか?」
「ウェディング・ケーキ、でございますか……?」
ラミントンの料理長とブルダルーが、首を傾げる。
「あれ? 結婚式にケーキは食べませんか?」
リンが隣に座るライアンを見上げると、ライアンも首を振った。
「兄たちの時にはデザートはあった気がするが、ケーキはなかったように思う」
「もしかして、こちらではそういう慣習はないんでしょうか? こう、三段とかに重ねられた、豪華な結婚式用のケーキ、とか」
思い返してみれば、スペステラでの結婚式に参加したが、ケーキはなかった気がする。だが、あれは農村の屋外での式だったし、ラミントンでの結婚披露宴にはケーキがあるような気がしていたのだ。
ケーキ、と、よくよく考えてみれば、リンがヴァルスミア・シロップを作ってお菓子を作り始める前は、甘い菓子を食べた覚えがあまりない。冬至の祝祭にフルーツやスパイスを使ったデザートを食べて、それ以外では、ふかふかパンにナッツやドライフルーツが入っていたり、蜂蜜で甘味をつけたようなものが多かった気がする。
砂糖は高価だし、そういえば、ここにはパティシエという菓子専門職もいない。
「そこをぜひ詳しく」
身を乗り出した料理長たちに、クリームやフルーツで飾られた、特別な日のためのケーキを説明した。
美しく、華やかなケーキに憧れもあったから、ついつい力が入ってしまった。
「そのケーキを使った、宴の演出もあるんですよ? 列席者の前で、ケーキに最初のナイフを入れることが新婚夫婦、初めての共同作業という意味があるんです。それから、そのケーキをお互いに一口ずつ食べさせあうのもあったかな?」
「食べさせあうだと……? 皆の前でか」
ライアンが呆然と言うのに、リンはうなずいた。
「それは難易度が高いと思うが」
「すべて同じようにする必要はないと思いますよ。一生食べるものに困らないという意味があった気がします。それで大きなケーキを列席者の皆さんと分けあうことが、幸せをお分けするという意味になります」
「なるほど。ケーキ一つに、複数の意味を込めるのですな」
リンの力をいれた説明に、熱心な料理長たちが魅かれないわけがない。
さっそく食事処の窯が一つ、ケーキ試作用となった。
最初のスポンジケーキは、成功とはいえなかったようだ。
その日の夕方、リンとライアンが食事処に立ち寄ると、厨房の作業台の周りに、難しい顔をして料理人が集まっていた。
「む、こりゃあ、ダメじゃのう」
「ですなあ。ここを切ると小さくなってしまいますし、これでは……」
ヒョイと覗けば、一部が焦げていたり、十分に焼けていないようなスポンジが、三つ程ならんでいた。
「シフォンケーキはうまくいったから、これも大丈夫だと思ったんですけど。やっぱり大きさでしょうか」
今まで作ってきたのは、ケーキ・スタンドに載せられるぐらいのプチフールや、個別に食べられるケーキが多かった。ここまで大型のケーキは初めてかもしれない。
「何回か試したんじゃが、均一に焼くのはなかなか難しいのう」
窯の温度はどうやっても安定しにくい。一つずつのタルトやクッキーを焼く時は、焼き上がりにダメなものをはじいているのだ。
「これは温度だけの問題ですか? 膨らまないとか、混ぜ合わせの問題は?」
「それは大丈夫じゃ。シルフの祝詞を使ってもらえるからの」
「はい。均一に混ざりますし、厨房に風の術師はもう欠かせません」
二人の料理長が風の術師を見て言うと、術師は誇らしげな顔をした。
「じゃあ、大丈夫。なんとかなりますよ。火加減はサラマンダーにお願いすればいいんですから」
かわいそうなことに、たまたま厨房の隅でそれを聞いていた火の新人術師は、真っ青になった。
「あ、あ、あ、あの、サラマンダーが協力してくれるとは思わないのですが……! サ、サラマンダーですし!」
必死だった。
全領の料理人が集まっている場で、それも領主の結婚式に使われるかもしれない菓子の試作の場で、とてもじゃないがサラマンダーをうまく使えるとは思わなかった。
責任が重すぎるし、失敗したら、というより、失敗以外考えられなかった。
ライアンはその気の毒な新人術師を見やって、ため息をついた。
「リン。『火加減はサラマンダーに』などと言うのは、アルドラとリンぐらいのものだ」
「えっ? ライアンもできますよね」
「できる。できるが、すべての火の術師がそうではないだろう」
「大丈夫ですよ。ちゃんと火加減のコツを教えますから」
リンは棚に置いてあったヴァルスミア・シロップを取り出した。
機嫌よく、最高の仕事をしてくれるはずだ。
サラマンダーが甘いもので釣られなかったことは、一度もないのだから。
ライアンは遠くを見た。
「……火加減のコツ。コツ、か?」
なんだか釈然としないものがある。
リンはニコニコと笑って言い放った。
「これがあれば大丈夫。精霊は甘いものが大好きなんですよ」
その方法を知らされた時、火の術師の口があんぐりと開いた。
◇
「そういったことがあって、私からの結婚祝いということで、ウェディング・ケーキのレシピを差し上げてはどうか、ということになったんです」
「まあ。素敵だわ。今までにないケーキですもの。きっと喜ばれるわ」
「他に考えていたお祝いもあったのですけれど、ライアンに、プレゼントとしては向かない、と、言われまして、何にしようかと悩んでいたんです」
ライアンがリンを見て、きっぱりと言った。
「アレはない」
「もう。わかっていますよ。『喜ぶだろうが、これはさすがにない』って言うんでしょう?」
「自分でも少しそう思ったと、言っていただろう?」
「そうですけど! ライアンに貶されたのを覚えていますから!」
ふふふ、という笑い声が聞こえて、慌てて言い合うのを止めた。
領主とカリソンが、仲良くこちらを見ている。
「リンはいったい、何を贈ろうとしていたのだ? 加湿器か?」
領主があきれたように言うと、ライアンがふうっと息を吐いた。
「いえ。完成したら、こちらにも一つお持ち致します。父上は楽しまれると思いますし」
リンはぎょっとした。
「アレ、を、ここに?」
「結婚祝いでなければ、いいと思うが」
「ええ~……」
結婚祝いにも向いていないだろうが、この館にも向いていない気がするが、そこはいいのだろうか。
相変わらずの二人の仲の良さに、シュゼットがクスクスと笑った。
「リン、じゃあ、ラミントンの結婚式で、そのケーキが披露されるのね?」
「はい。どんなフルーツが使われるのか、どんなデコレーションがされるのか、そこは私も知らないのですが、きっと豪華で素敵なケーキになると思います」
「楽しみだわ」
準備に忙しいはずのラミントンの料理長が、翌朝ラミントンの火の術師を連れて再び訪れたことには驚いたが、あれだけの熱意で作られるのだ。素晴らしいものになるだろう。
結婚式に招待される立場にない各地の料理人たちは残念がって、こっそりラミントンの厨房を覗きにいく約束をしていたようだ。
「今日の新作は、じゃあ、何かしら?」
「今、お持ちしますね」
リンがキョロリと顔を動かすと、アマンドがうなずいて、部屋の外へと出て行った。
しばらくして、配膳人二人を連れて戻ってくる。
「新作のケーキになります。風味を変えて、二つ用意してみたのですけれど」
「ほう」
「まあ……」
「これは……?」
大皿が二つ並べられたのだが、一つは白、もう一つは茶色の、円柱が横になった形のケーキが載っている。
薔薇の形をした華やかなアップルタルトや、すみれの花が載ったかわいらしいマシュマロ、フルーツが宝石のように美しいタルトなどをリンは作ってきたが、これはだいぶ様子が違う。
「これは、ユール・ログであろうか?」
「そうです! おわかりいただけて、ほっとしました。私の国では『ビュッシュ』と呼ばれていた薪形のケーキなのですけれど」
「「まあ、やっぱり?」」
カリソンとシュゼット、二人の声が揃った。
「よくできているな」
「リン、上に載ってるのは、オークの葉とどんぐりかしら?」
「こちらは柊にギィも飾られていて、本当にユール・ログのようね」
「この白いのは、雪で覆われた感じであろうか。ん? これはシロであるな!」
リンはうなずいた。
クリームが塗られて薪のように見えるケーキは、クッキーやメレンゲで飾られている。シロもいるのは、ブルダルーの優しさだ。
「一年に一度、冬至の祝祭に食べるケーキとして広めたいなあ、と」
「ウェディング・ケーキのように、意味を持たせるのね」
「なるほど。オークを燃やすことは滅多にないが、だからこそこういう形で表すのは面白いと思う。豊穣の祈りが込められているし、ドルーと森の、加護と恩恵を感じられて、冬至にはぴったりだ」
配膳人にケーキが戻され、切り分けられた。
「一つはスポンジとクリームに紅茶を使って、色と風味を付けてあります。中の果実は黄桃のシロップ漬けです。もう一つは、濃厚なチーズクリームにフレッシュ・ベリーが挟んであります」
「まあ、お母さま。ご覧になって。中までクルクルと、本当に木を思わせますわ」
「本当ね」
「これは、ロールケーキか」
「そうです。ライアンは試作の時に食べましたよね。あの、ロールケーキの周りにクリームをのばして、薪に見えるようにしたんです」
ウェディング・ケーキのスポンジをうまく使えないかな、と思ったのがはじまりだ。
焦げてしまったところを落として、重ねてみたりしたのだが、ふと思いついてクリームを塗り、フルーツを入れて巻いてみた。
そこからビュッシュがあってもいいな、と思ったのだ。
最初に口にいれたカリソンが、ふわりと笑んだ。
「これは紅茶ね? 豊かな香りだこと」
「ええ。果実と紅茶の風味が重なって、おいしいわ」
カリソンとシュゼットは、紅茶クリームのビュッシュを選んでいる。
リンはうなずいた。
「今日はマチェドニアの紅茶を使ってみました。クリームの風味を変えて楽しめるケーキなのですよ。ナッツや栗を使ったクリームもおいしいかと」
冬至の頃には、栗やナッツも出回っているだろう。
「どれ、カリソン、私にもそちらを一口」
「ええ。シュトロイゼルさま」
ライアンと領主は、白いチーズクリームのビュッシュだ。
領主が口を開けて近づくと、カリソンが一切れをその口にほおり込んだ。
「おお。こちらもいいな。私のも食べてみるか?」
いつ見ても仲の良い夫婦だ。
「……難易度、高くなさそうですね」
リンがこっそり言うと、ライアンが眉間に皺を寄せた。
「基準点が間違っていると思う」
そう言いながらも、ライアンの視線がリンの持つ紅茶クリームのビュッシュに落ちた。
その目が上がって、ふっとリンを見る。
「……ええと、味見、しますか?」
言葉がポロリとこぼれた。
どこかで、ヒュッと息を呑む音が聞こえた気がする。
それからしばらく、ライアンは空を見つめ、何かを葛藤したままだった。
ライアンはうなずいたのか、うなずかなかったのか……。
(そのうち最後を変更するかもしれません)





