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The Winter Solstice / 冬至の日

 冬至の日の朝、リンが目覚めるとすでに部屋は明るかった。

 もしかしてお昼に近いのかも、と慌てて起き上がる。


 昨夜、リンはまだぐずぐずとした気分を抱えて、ベッドに上がった。寒くて、薄暗い冬の夜、あまり明るい気分にはなりにくい。

 温かくてフワフワなシロに抱き着いて、シロもひとり、私もひとり、なんて呟いていたところが、十分に暗い。

 人は夜に書いた手紙を、朝に読み返して引き裂きたくなるそうだが、リンも昨夜の自分の呟きを思い出して、いたたまれなくなった。陽の光を身に受けて、だいぶ自分の気分が浮上しているのがわかる。


「ん、やっぱり自分にできるのは商売かなあ。ねえ、シロ?」


 シロは冷静だ。シッポをひとつお愛想に振り、ドアを開けるように催促した。


「太陽が生まれ変わる日か。あやかって、私も気分を変えないとね」


 



 冬至の日没はだいたい五の刻頃だ。その少し前にマーケットプレイスで、ライアンが司る、太陽の生まれ変わりを祝う儀式がある。

 儀式の後に、どの家でも暖炉にユール・ログを入れて火をつけ、普段より少しだけ豪華な祝祭の食事を楽しむ。

 このユール・ログを翌朝まで燃やし続け、その灰を取っておき、春になったら畑にまいて豊作を願うらしい。


 今日は祝祭のおめでたい日だから、と、皆が一番きれいな服を着て、マーケットプレイスに集まる。

 起床を待ちかねていたアマンドに、リンはまずお風呂に入れられた。

 額の生え際からいくつものねじりを入れ、額をだした、いつも以上に凝った髪型に整えられ、


「さあ、『レーチェ』から祝祭用のドレスが届いてございますよ」


 と、見せられたドレスが、これまた気合の入ったものだった。


 色はネイビーブルーで落ち着いているが、ドレスの襟元、袖、裾の部分に幅の広いリボンのように、ゴールドの草花のアレンジが刺繍されている。ベルトも同じパターンが刺繍されているゴールドだ。白のアンダードレスも、ネイビーブルーとゴールドで飾られている。


「あの、これ、いつもより袖も裾も長いドレスですし、艶のある生地ですし、ゴールドで派手ではありませんか?」

「祝祭ですから全く派手ではございませんよ。レーチェは本当だったら、オーバードレスの全体に刺繍とビーズを縫い付けたかったそうでございます。ひと月しかなくて残念だった。次回は半年欲しい、と申しておりました」

「そうですか……」


 こういうのは何か言うと倍になる案件だ。リンはおとなしく袖を通した。


「もともと四大精霊のご加護のある方は、闇夜のようなこの色と、陽の光のゴールドを祝祭に着られることが多いのですよ。一つの精霊のお色を祝祭に選ばれますと、それ以外の精霊が嫉妬しますからね」

「じゃあゴールドじゃなくても、白とか黒でもいいのでは……」

「そうですね。リン様のご結婚の際には、白をご用意致しましょうね」


 アマンドに付き添われ、ドレスの裾をはしたなくない程度に持ち上げて、そろりとマーケットプレイスに向かった。


「目立つ……。視線をどうにも感じる」

「リン様がお綺麗だからですよ。堂々となさっていれば良いのです」


 とてもそこまで開き直れないリンは、失礼のない程度に視線を外して、ひきつった笑顔で歩いていった。




 間もなく儀式という頃、ライアンが館の方角から歩いてきた。

 歩く道筋で、皆が頭を下げたり、腰を落として挨拶していくのを見るのは、波を見るようで美しい。

 後ろに数名、精霊術師のマントを着た者が従っている。よく見ると、いつもの三名だった。フログナルドは赤、シムネルが緑、オグが黄に、赤と青のラインの入った襟の精霊術師のマントを羽織っている。


「え!皆さん精霊術師なのですか?」 

「力はさほど強くありませんが。騎士には加護のある者も、実は多いですね」

「加護は持っております。本日はライアン様の補佐でして」

「ああ、俺も火、土、水の加護がある。大賢者にしごかれたが、ハンターの方が性に合っている」


 精霊の加護のあるものが、皆、精霊術師になるものではないらしい。

 それでライアンとオグは昔馴染みなのか、と、リンが納得していると、ライアンにハンターズギルドへ呼ばれた。


「ああ、リン、大したことではないんだが」


 リンを見てうなずいた。


「だが?」

「髪を頼む」

「この後、揺れるタイプの髪紐をすぐ作りますね。毎朝精霊との攻防では大変でしょう?」


 リンはくすりと笑って、櫛と髪紐を借りて、ライアンの白銀の髪に櫛を通した。


「その髪紐をうまく着けさえすれば、精霊も静かで助かる。それまでがひと騒ぎだが。今朝は、君はまだ休んでいると言ったら、精霊が起こしにいくところだった」


 これはもう少し寝ていたら、顔に水でもかけられるところだったのかもしれない。


「助かった、リン」


 ネイビーブルーの儀式用のマントの裾をきれいにさばいて、ライアンは椅子から立ち上がった。


「それから、その祝祭の衣装、よく似あっている」


 さらりとそう言って、息が止まりそうになっているリンに、これでエクレールに怒られないだろう?とニヤリと笑ったライアンは、恰好いいのか残念なのか、微妙なところだ。




 

 冬至の太陽の再生を祝う儀式がはじまった。


 マーケットプレイスの真ん中に大篝火(おおかがり)用の木が組み上げられている。フログナルドが精霊の力でバーチの木皮に火をつけ、大篝火に移した。

 オークの枝とギィを束ねたものがライアンに渡され、儀式が始まった。


「時の輪はふたたび回り、大地は眠りについた。葉は落ち、穀物も地に帰った。

 この最も暗い夜に、我らは光を祝い祭ろう。

 明日、太陽は生まれ変わり、その軌跡はこれまでと同じように続く。

 暖かさと、光と、命の再生を祝おう」


 火の周囲を取り囲んでいた、オグ達十数名の精霊術師が火の周囲を歩き出す。一周して元の場所まで戻った時、ライアンが続けた。


「太陽の光が我らに戻り、影は去った、暗闇はこの世を支配しないだろう。

 暖かさを大地に、暖かさを空に、暖かさを我らの心に。

 ここに太陽の再生を祝おう」


 ライアンが手に持ったオークの枝とギィを火に投げ入れて、儀式は終わった。


 儀式の時のライアンは、文句なく格好良かった。


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