Fitting and Cakes 1/ 試着とケーキ 1
秋の大市はもともと人出が多く、慌ただしいものらしい。
夏から秋の収穫が持ち込まれ、そして長い冬に備え皆が必要なものを揃えていく。
ウィスタントンの天幕も大忙しだが、天幕常連組は慣れたもので、この秋から配属になったばかりの新人を助手に、うまく回している。
街とは違って、まだ落ち着いているのが館だ。
各地の領主達が訪れるようになれば、昼餐に晩餐、お茶会に商談、と、慌ただしくなるのだが、この秋は皆がほぼ同じ頃に訪れる予定になっている。
ラミントンで領主の婚儀があるため、それに合わせて移動してくるらしい。
忙しくなる前に、ぜひお茶を一緒に、と、カリソンからの招待状がリンに届いたのは数日前だった。
リンは少々緊張していた。
夏には離宮に滞在していたし、だいぶ慣れたはずだが、女官の案内で向かっているのは、シュゼットの部屋ではなく領主夫人カリソンのプライベートサロンなのだ。
初めて入るサロンは、とてもかわいらしく、また華やかな空間だった。
薔薇の間、と呼ばれるその部屋は、壁に大輪の薔薇が一面に描かれている。調度品も優美で、これももしかしたらガレットの手によるものかもしれない。
カリソンとシュゼットが長椅子に並び、その向こうに女官たち、それからレーチェが針子を連れて控えている。
お茶会ではなかったのか、と不思議に思いながらも慌てて礼を取るリンに、カリソンの声が聞こえた。
「リン、よく来てくださったわ。さあ、かしこまっていないで、こちらにいらして? リンはこのサロンは初めてだったかしら」
「は、はい。お招きをいただきありがとうございます」
「王都からこちらに来た当時に、シュトロイゼル様が整えて下さった部屋なの。今ではシュゼットの部屋より若々しく思えるのだけれど、思い出がありすぎて改装できなくて……」
カリソンが頬を染めて、恥ずかしそうに言う。
「お母様、確かにかわいらしい部屋ですけれど、ここはこのままがいいですわ。家族の思い出が詰まっていますし、それに、このサロンは家族しか見ませんもの。……さ、リン、こっちよ」
シュゼットが自分の隣をポンポンと叩き、リンを長椅子に呼んだ。
「お茶会の前にね、リンのドレスの仕上がり具合を見るのよ」
「ドレス?」
「そう。覚えていて? ラミントンの婚礼に合わせて、ドレスを仕立てたでしょう?」
正直に言おう。
リンは全く覚えていなかった。
春にシュゼットの部屋で生地を広げ、肩にかけられた覚えはある。でも、どれがそれだったのだろう。その後に「剥かれた」思い出が強烈すぎて、ブラの注文会になったことばかりを覚えている。
「ええと、春に生地を選んだ覚えはあるのですけれど」
「そう、それよ。仮縫いができたので、今日はそれを当ててみるのよ」
「私たちはもう終わっているので、後はリンのドレスだけよ。それと、春のドレス用に、生地も選びましょうね」
シュゼットとカリソンに説明をされ、仕立ては半年がかりだったな、と、思い出した。
今日はお茶会ということで呼ばれたが、リンのためにこの機会を設けてくださったのだろう。
春のドレスの仕立てなんて、全く考えていなかった。
さ、お願いね、と、カリソンが合図をし、レーチェ達が立ち上がる。
サロンに用意された衝立の反対側に連れていかれ、やはり数人がかりで剥かれることになった。
「いかがでしょうか」
レーチェにそっと背を押されるような形で、リンはカリソンとシュゼットの前に出た。
葡萄色よりさらに濃い、黒すぐりのジャムのような深い色合いのドレスだ。デコルテからウエスト部分に銀糸で刺繍が施され、コサージュで白いフォレスト·アネモネが飾られている。
落ち着いた色合いだが、とても豪華だ。
「宵闇色というのかしら。美しいこと」
「ええ、本当に。夜に浮かぶ花のようだわ。リンにとても似合っているわね」
そうか。黒すぐりジャムの色じゃないのか。
カリソンとシュゼットの詩的な例えに、少し表現を磨こうと反省したリンだ。
「寒い時には、こちらのケープを合わせていただいて」
レーチェがリンの肩から羽織らせたケープは、同じ宵闇色だ。ふわふわな白銀の毛で縁取りがされている。
「あとこちらも」
ケープの前を留めてくれたレーチェが、もう一つ毛皮をリンに手渡した。
「えーと、これは?」
「手を温めるマフですよ。こちらから手を入れられるようになっています」
差し出されたマフを持ったところで、なんとなく記憶に引っかかるものがある。
なんだっただろう、と、考えながら、そっと毛皮を撫でた。
「うわあ、なめらかで、気持ちがいい。なんだか止められない手触りですね」
リンの手はマフの上を、何度も行ったり来たりしている。
「あ、これって、もしかして、春の大市で買った毛皮だったかも? ええと、何の毛皮だったか……」
「マルテですよ」
「そう! マルテ! 確か、そんな名前でした」
レーチェがうなずいた。
「ええ。ライアン様が大市でお買い求めになったものです」
「まあ、ライアンが?」
「お兄様が?」
カリソンが驚いて、シュゼットと顔を見合わせた。
「そういえば、確かマフにすると言っていたような。でも、こんなに?」
リンはケープの縁取りを見回した。
「後から似た色合いの毛皮が追加で届けられましたので、ケープにも使えました。首回りの暖かさが違いますから」
フードも付いているケープなのだが、そこもマルテの毛で縁取られていて、これは冬に大活躍しそうだ。
リンはフードをかぶってみた。
すっぽりと包まれて、確かに暖かい。
レーチェがすっと手を伸ばした。
「フードはあと少し小さくした方が良さそうですね」
さっと手が動いて、フードを手繰り寄せピンで留めて調節してくれる。
「リンの黒髪が引き立ちますね」
「ええ。ライアン兄様は良いものを選んだと思うわ」
カリソンもシュゼットも、ニコニコと笑って褒めてくれる。
「ありがとうございます」
調整が済んだところで、ケープを脱いだ。
さすがに暑い。
「ドレスの方はいかがでしょう。……この辺りが少し引き攣れているかしら」
レーチェがリンの周囲を回って、確かめていく。
「そうですね、少しこの辺りが引っ張られているように感じます」
リンが腰の辺りを触った。
「あ! うそっ! もしかして、私、太ったのかも!」
採寸をしたのは春だから、それから半年。
リンには思い当たることがありすぎた。
両手でお腹と腰を確かめながら、棒立ちだ。
「うっ。もしかしなくても、太ったよね。最近、食事処の試食が多かったし。秋の味覚は美味しいし。ケーキは……ここのところ、もしかして毎日⁈ あああ、少し控えないと!」
「大丈夫ですよ。まだ仮縫いですし、緩められますから」
レーチェは側で聞きながら、必死で笑いをこらえていた。
公爵夫人の前なので、澄まして対応してきたが、ここで笑ったら台無しだ。
「ダメです。ダメです。ここで緩めたら、安心しちゃいますもん。引き締めないと、腰が……」
クスクスと笑い声が聞こえて来た。
カリソンとシュゼットだ。
「リン、大丈夫だと思うわ。リンはもともとスラリとしていますもの。少しぐらい太ってもわからなかったわ。ねえ、お母さま」
「ええ。リン、気にしなくても大丈夫よ」
「それに、この後はお茶会よ。リンが作った新作のケーキがあるんでしょう? せめて控えるのは、明日からにしましょうよ」
そうだった。
今日はもともとお茶会ということで呼ばれていたのを、リンは思い出した。
食べる前に体形を確認するハメになるなんて。
リンはふうっとため息をついた。
ダイエットは今夜から、と、誓いながら。





