書籍一巻発売記念SS:浄化石 ライアン視点
本日、とうとう書籍の発売となりました。応援ありがとうございます。
お手に取っていただけたら嬉しいです。
リンのブレスレットになった「全ての浄化石」を、ライアンが作った時のお話です。
書籍特典として書き始めたのですが、あれ、リンが水の浄化石を作るのは一巻部分にはないな、と思い、書籍特典としては没にしました。
ここまでウェブを読んでくださった皆様なら、お読みいただいてもいいかな、と思いました。
心よりの感謝を込めまして。
満月がきっかけでこのお話を書き始め、今日の満月に、この満月の話をアップしています。
次に満月を見たら、まず拝もうかと。(笑)
聖域の中はきれいに雪かきがされていた。
昨日、騎士に付いて森に入ったリンがやったのだろう。
全く……。
また森に入ったと聞いて心配したが、雪にハマったというのに、リンは懲りていないらしい。聖域の中で何かあっても、私しか助けられないではないか。手遅れになったらどうするのか。
冬の間は森に入るのを禁止するべきか。
思わずふうっと吐いた息は、だいぶ白い。
今夜は満月。
冷え込みは厳しく、全てが凍り付くような夜だが、雲一つないお陰で月の青白い光が十分に聖域を照らしている。
こういう夜には一気に『水の浄化石』が作れるのでありがたいが、さすがに寒い。
「サラマンダー、インフラマラエ。……グノーム、コリジェント シルヴィス」
近くにあった燃えさしに火を点け、グノームに薪となる枝を集めさせる。
枝の弾ける音がして、炎が上がったのを確認すると、湧き水のほとりに片膝を突いた。
「オンディーヌ レジェロ」
薄く張った氷を取り去り、フォルト石を沈めた。
雲一つない空のおかげで、『水の浄化石』は短時間でも予定よりも多くできあがった。
積もった雪が月光を反射し、聖域は美しくきらめいている。
こういう夜は精霊達の機嫌も良いようで、煩わされずに済むのがありがたい。
下ろした髪を滑り降りたり、引っ張ったりしているのは、いつものことだ。
軽く手でそれを払うと、またフォルト石を取り出した。
リンがこの地に現れたのは、ちょうどひと月前の満月の夜だ。
ひと月の間、リンの思考や行動を注意深く見たが、『加護石』を与えても問題はないように思える。しっかりと導けば、精霊の力を正しく使ってくれるだろう。
「……まあ、リンには『加護石』すら必要ない気もするが」
出来上がった四つの加護石を回収して、立ち上がった。
ふっと目の前の空気が揺らいで、ドルーが姿を見せた。
「オーリアンよ。それはリンへの、加護与えの宝玉かの?」
「ドルー。はい、そうです。そろそろよろしいかと思いまして」
ドルーに、頭を下げる。
「羨ましいのう。……我にも、加護与えの宝玉があればいいのじゃが」
ボソリと言われて、慌てて頭を上げた。
「宝玉などなくとも、ドルーはこの国全体を守護してくださっておりますが」
「じゃが、我もリンに何かを……」
ドルーがいい事を思いついた、というように、顔を明るくした。
「そうじゃ、我の一枝を持っていくが良い」
頭が痛い。
リンを可愛がっているのは十分に知っているが、何を言い出すのか。
ドルーの一枝など、国の守りに使うようなものではないか。
「……いえ、ドルー。リンはこの間すでに、オークの木を賜っております。ご厚意だけありがたく」
「そうかの? わかった。リンはどうにも目が離せぬからの。イームズが守りに馳せ参じたが、守護はいくらあっても良いと思うがの」
「わかりました、ドルー。もう少し考えてみましょう」
ドルーは満足気にうなずくと、またすうっと姿を消した。
ドルーが、精霊が、森が、リンに甘いのは良く知っているが……。
ふうっとため息が出た。
「過保護すぎるだろう」
だが、精霊に可愛がられるリンに、守りが必要なのは確かだ。そのために『加護石』を与えようと思ったのだが。『加護石』は力となり、その力は守りになる。
リンは女性で、そして非力だ。
精霊の加護があるとはいえ、産まれた時から精霊と付き合い、その力を使いこなせる自分やアルドラのようなわけにはいかない。
いざという時に、少し不安がある。
「私も、たいがい過保護かもしれないが。精霊のことは言えぬか……」
袋から『水の浄化石』を一つ取り出した。
これも携帯させた方がいいだろう。
作ったばかりの『加護石』と一緒に木箱に入れようとすると、指から『浄化石』が消えた。
「コレハ アノムスメニ アタエルノカ?」
サラマンダーが嫌そうな顔をして、『浄化石』を持ち上げている。
そんな顔をするなら、手を出さなければいいのだが。
「サラマンダー、返せ。それはリンを守るものだ」
オンディーヌも周囲を飛び回り、サラマンダーから石を取り返そうとしている。
「マッタク アナタトキタラ イツモ イタズラガ スギマスワヨ。オカエシナサイマセ」
「フン。ジョウカナラ コライヨリ ホノオノジョウカ ト キマッテイル。ミズデハ タリヌ」
「アナタノホノオデハ ジョウカトドウジニ ハカイシマスワ。イヤシガ タリマセン」
「フン。ミテオレ。ヌリカエテクレヨウ」
サラマンダーが、炎の中に『水の浄化石』を投げ入れた。
「何をする!」
焚火の炎が強くなった。火の粉を飛ばし、辺りの空気を浄めていく。
サラマンダーがライアンの目の前に浮かんだ。
「サア、ホノオノジョウカダ」
苦手とする水属性の物を自分の炎に取り込んでまで、やりたいらしい。
確かに炎の浄化は強力で、儀式の前には必ず火を焚き、邪気を払い、結界を張る。
聖域では必要ないものだが、ここでも同じようにしていた。
どうなるかわからないが、サラマンダーはやる気満々だ。
「火の精サラマンダーよ 烈々たる炎を閉じ込めよ。邪気を払い、悪意を寄せ付けぬ、大いなる炎の浄化がもたらされんことを。アウレア クラルス テネブラエ……」
祝詞を唱えながら、フォレスト・アネモネとギィの枝を火の中に投げ込んだ。
炎がいっそう大きく揺らめき、フォレスト・アネモネの花が火の粉と一緒に、ヒラヒラと空へ舞い上がった。
その花を目が追い、ちょうど満月と重なった。
白い光の中、クルクルと回りながら花が落ち、それを精霊たちが捕まえようと追いかけている。
ふと視線を戻せば、火柱が立つように炎が燃え上がり、そして、すっと消えた。
火が消えた途端、聖域は青白く、静寂が広がった。
サラマンダーが、石を抱えて飛んできた。
「ムウ。ヌリカワラナカッタ」
息を呑んだ。
「これは……」
青白く光るはずの『浄化石』は、赤から青、青から赤と、色を変えながら光を放っている。
思わず手を伸ばした。
「ミズダケダッタラ ヌリカワッテイタハズダ。テンノヒカリノチカラガ ツヨカッタ」
「アラ。ホノオナド カンタンニ ケシトメテミセマスワ」
「ナンダト」
肩の上に載り、右と左で言い争うのを手で遮った。
うるさくてしょうがない。頼むから顔の側でやってくれるな。
「これは水と火、双方の浄化が入っているのだな?」
「……ソウダ。ドウホウハ キニクワヌガ、シカタガナイ」
「ソレハ ワタクシノセリフデスワ」
今度は顔を突き合わせ、フンッとお互いにそっぽを向く。
水と火の加護が同時に付与されているなど、考えられぬことがおこっている。
自分の目でみていなければ、ありえぬ、と、一笑に付すところだ。
大石の上に、グノームとシルフが降りてきた。
「ツチノ ケッカイト イヤシヲ アタエヨウ」
「カゼノイブキ デ フキトバソウ」
嬉しそうにこちらを見上げてくるのに、思わず、ため息がこぼれた。
最近、自分でもため息が多い気がする。
ああ、わかっている。精霊の意思だものな。
思いもよらぬ、奇跡的な付与もありえるだろう。
それに、もし本当に全ての浄化の力が入るのなら、リンの守護石の一つとしてちょうどいい。
大石の上に二色の『浄化石』を戻し、フォレスト・アネモネをまいた。
ぐるりと取り巻くように風が流れ、小さな竜巻に花が浮き上がり、渦を巻いた。
シルフとグノームが飛び上がって花を一輪掴み、そのまま流されていく。
「ホーイ」
「ハハハハハ」
渦に巻かれるのが、そんなに楽しいのだろうか。
それを見ていたサラマンダーとオンディーヌが、肩から飛び降りた。同じようにフォレスト・アネモネを掴んで、風の中に入る。
「ウフフフフ」
「シルフ、イイゾ。モットカゼヲ」
目的を忘れていないか?
楽し気に舞う精霊に若干呆れるが、祝詞だけは絶やさないように続ける。
「夜の闇に天の女神の光 遍くいきわたり、そのお力を示されんことを。風の精シルフよ その清新な息吹で澱みを払い、清涼な加護をもたらされんことを。土の精グノームよ 生命の始まりと終わりを司るその力……」
祝詞が進むにつれ、大石を中心に、波紋のように力の渦が聖域に広がるのを感じる。
それがいっぱいまで広がったと感じるとともに、キンと澄んだ音が響き、パアっと光が広がった。
目の前には月の光を受けて、輝く『浄化石』がある。
青、赤、緑、黄、と、四色に色を変えていく。
ああ、成功だ。なんとも神々しく、美しい石だ。
精霊達がそれぞれまだフォレスト・アネモネを手に持ったまま、ふわりと降りて来た。
「イイデキダネ」
「アラ、ホントウニデキタワ」
「コレヲ アノムスメニ」
「ワレラノカゴヲ」
全員が石の周りに集まり、興味深げに覗き込んでいる。
美しく光を放つ石を手に取った。
「『全ての浄化石』と言ったところか。……まあ、もう二度と作れるとは思わぬが」
リンは本当に精霊に愛されている。
活動報告にも書きましたが、本の帯になっているので情報解禁です。
「お茶屋さんは賢者見習い」が、コミックになります!
企画が進みましたら、また随時ご報告をしたいと思います。
書籍ご購入者様だけの特典となってしまうのですが、書籍巻末の奥付からアンケートに飛べます。
お答えいただくと、SSが読めます。
美人なシムネルさんのお話で、ニヤリとしていただけるかな、と、思います。
アンケートお待ちしております。





