Not One, but Two, Three /一つではなく、二つ、三つ
新しい加湿器を皆で囲んでいると、天幕の表がざわついた。
そろそろ人が出始める時間だ。
シロがピクリと反応し、シッポを一つ振ると、首を上げた。
騒めきに顔を向けると人垣が割れ、『スパイスの国』の長、タブレットの顔が覗いた。その後ろにロクムの姿もある。
「おお。ちょうど集まっているな」
「おはようございます」
周囲が一斉に礼を取る中、リンとライアンも立ち上がって出迎えた。
中に入って来たタブレットの視線が、白いミストを出している加湿器に固定される。
「お⁉ それはなんだ? もしかして、それも新商品か?」
「タブレット、タイミングが良すぎるぞ。今から発表になるものだ」
ライアンが苦笑する。
「ロクムに話を聞いて、すぐに来たのだが。別の新商品にぶつかるとはな。なあ、ロクム。やはりすぐに来て正解だったであろう?」
タブレットは、ニヤリとしてロクムを見る。
なんのことかさっぱりわからないリンは、ライアンと顔を見合わせた。
天幕には今座っていた応接スペースのさらに奥に、衝立で囲まれたリン専用の場所ができている。ライアンとタブレットが揃っていたら、周囲からの視線を遮るそちらの方が居心地がいい。
太陽と月が揃って空にあるようなもので、とにかく眩く、目立つのだ。
「どうぞそちらへ」
リンが奥を手で示すと、ライアン、タブレット、ロクムが並んで腰を掛ける。テーブルを挟んで向かい合う形で、自分は手前側に座った。
シロがリンの脇を通り抜け、タブレットとライアンの間にペタリと伏せた。少々淋しいが、シロのつれない態度にも慣れてきたリンである。
ここには夏の間にガレットが仕上げた、リン特注の、お茶用テーブルが運びこまれている。
細長い長方形で、テーブルとしては小さめだろう。
ケトルや功夫茶用の茶器を置く広さは十分にあるが、リンが座ったままでも手を伸ばせば、同席者すべてにお茶を差し出せる。
天幕にある他の家具と同じように、テーブルも椅子も優美な形をしており、リンの花であるフォレスト・アネモネを中心に、繊細な草花模様が刻まれている。知る者が見れば、一目で旧エストーラのデザインだとわかるだろう。
皆が席に落ち着くと、リンはテーブルの上に置いたケトルの温め石をカチリと動かした。
隣にあるチェストからティーポットやカップを出し、用意をしていると、ライアンが聞いた。
「で、タブレット。別の新商品、とはどういう意味だ?」
「ああ。リン、新商品の『ホットドック』を食べてみたいのだ」
ティーポットの蓋を持ち上げた手が止まる。
「知っているであろう?」
「え、ええ。もちろん。ええと、なぜ……?」
ホットドックはもちろん知っている。つい最近食べたばかりだ。
でもなぜ、タブレットが知っているのだろう。そして、新商品とはなんだ。
「ロクムが教えてくれたのだが、食事処では出していないのか?」
「あれはナイフもフォークも使いませんし、もっと手軽に食べる物なので……」
タブレットが食事処を、それこそメニューを全種類制覇するような勢いで利用しているのは知っている。
商談がなくとも利用するので、小さい天幕一つ、タブレット専用としたほうがいいか、と、担当者から相談が来るぐらいだ。天幕まで来れない時も、持ち帰りを利用して楽しんでいるようで、大変良い顧客となっている。
でも、やっぱりよくわからずに、ロクムを見た。
「昨日、ウィスタントンの屋台でホットドックを食べたのですよ。それを殿下にお伝えしたら、すぐに食べに行く、と」
ロクムが苦笑しているのは、タブレットを止めても止まらなかったのだろう。
「食事処に立ち寄ったが知らぬと言われたし、ならば直接知っている者に聞こうかと思ってな」
「ウィスタントンの屋台、ですか」
理解していないようなリンに、タブレットもロクムも驚いた。
「知らなかったのか? てっきりリンの新商品だと思ったのだが」
「ええと、ホットドックの話をした覚えはあります。ちょうどあちらの加湿器を作る時で、簡単に食べられるものがいいかな、と思ったので」
リンが昼食の買い出しをした時だ。
サンドイッチでも良かったのだが、パンを買い、帰り道の屋台でソーセージを挟んでもらい、家でトマトソースにマスタード、ピクルスを添えたのだ。
「あれか……」
ライアンも思い当たったようだ。
「あ、そういえばタタンちゃんが、やってみる、って言っていたような……?」
「いろいろな食べ方を提案しておりましたし、新商品のトマトソースも使った目新しいもので、話題となりはじめているようでした」
「そういえば、そんなことを話したような覚えがありますね……」
リンは思い出しながら、お茶を配った。
「は! まさか、本人が知らぬとは思わなかったぞ」
タブレットがお茶を手にしながら言う。
「リンのことだ。また、買いに行ったついでに、何気なく話をしてきたのだろう? 夏もそれで天幕に行列ができて、けっこうな騒ぎになったな」
「そうですけど、それでトマトソースにジャム、薬草風味のオリーブオイルまで買えるようになりましたし、結果としては良かったじゃないですか」
ライアンにからかうように言われ、リンが反論する。
「なるほど。あれらもそういった経緯で出来たのですか」
ロクムが納得したように言う。
「ああ。リンがポロポロとこぼすから、各地からの問い合わせで長い列ができた。どの領もすぐに反応したぞ。ホットドックを取り入れた『金熊亭』も、さすがだな」
リンもうなずいた。
「本当に。やっとわかりました。それで、ホットドック。でも、まだ昼にはちょっと早いですけれど」
「ああ。それで来てみたら、あの煙を吐く新商品だ」
「あれは煙じゃなくて、ミストです。加湿器と言って、冬の乾燥を和らげる精霊道具なんですよ。あれこそ、今、一押しの新商品です」
リンが胸を張る。
「後でゆっくり見せてもらおう。……全く、リンはいくつ新商品を発表するのだ」
タブレットが言えば、ロクムもうなずいた。
「本当に。ここに来てさっと見回すだけでも、一つだけでなく、二つ、三つ、新しいものが……」
「そうですか? ……砂時計は、もうご存知でしたよね?」
リンは首を捻り、そんなにあったかな、と、くるりと背を向けて、天幕を見渡した。
「なあ。リンは、無自覚か?」
「ああ。本当に何気なく思いつく。新商品を開発したとは、思っていないのかもしれぬ」
タブレットがコソリと言えば、ライアンはうなずいた。
「例えば、そちらの、リン様、ライアン様をはじめ、皆様が革袋の代わりに腰に下げている物も、見たことがございません」
リンは、あ、と腰に手をやり、向き直った。
「これは確かに新商品かもしれません。『ウエストポーチ』という鞄です。いろいろなものを入れやすく、取り出しやすい工夫がされているんです。仕立屋ギルドが中心となって作っているので、問い合わせはギルドの方へどうぞ」
ロクムはうなずき、手に持ったカップを少し上に上げた。
「こちらも。先ほどティーポットにお茶を入れるところを見ておりましたが、茶葉ではありませんでした。穀物のように見えましたが」
リンが目を見開いた。
「さすがですね……。というか、本当によく見てますね」
ロクムがニコリとし、軽く頭を下げた。
「穀物はクナーファの主力商品ですし、常に目を配るようにはしております」
「はあ……。先に申し上げておきますと、これは、販売予定はないですよ?」
「そうなのか? 香ばしくて、うまかったが」
タブレットも意外だ、という顔をした。
「これは麦茶といって、大麦を焙煎したものなんです。夏に冷して飲んでも、冬に温かく飲んでもおいしいですよ。刺激となるものも入っていないので、一日中、大人から子供まで楽しめます」
「悪いところがないではないか」
リンはうなずいた。
「穀物らしい甘味があって、香ばしくて、私も好きなんですけど……」
リンは言葉を濁し、ライアンに目をやった。
これについては、ライアンとすでに話し合ったのだ。
「穀物を使っているので、リンは、民がもっと豊かで、食べる物に困らない生活を送るようになってから発表したいと」
「各地の農産物をいただいた中に大麦もあって、作ってはみたんです。ただ、まだ難民が多い領もあるのに、主食となる穀物を茶として発表するのに抵抗があって。まず、お腹を満たすのが先ではないか、と」
「なるほどな」
「大麦はすでにビールとして飲まれておりますし、お茶としても問題がないと思うのですが」
「ライアンにもそう言われたんです。麦茶ができれば、大麦を作る地域の新たな産業ともなる、と。でも、ビールは水の悪い地域では水代わりに飲まれるって聞きましたし、嗜好品とも言い切れないのかな、って。茶は、今はまだ、完全に高価な嗜好品、ですよね。だから……」
麦茶を自分で作れるかな、と、軽い気持ちで試した。
うまくできたし、薬草茶や果実茶とも味わいが違うし、新しい茶の一つとして面白いのでは、とも思った。
皆がビールを飲むのと同じぐらい、お茶を飲むということが身近になって欲しいという気持ちがある。だから、茶葉という高価な輸入品ではなく、国内で手に入る果実や麦で、と、考えた。
ただ、難民であったローロから以前の生活の様子を聞いて、穀物茶は待った方がいいのでは、と、本当に悩んだのだ。
「もしかして、大量のりんごを使った商品がでないのも、同じ様な理由でしょうか?」
「えーっと……?」
ロクムの言葉に、リンは目を瞬いた。
「ハンターズギルドで、長期にわたってりんごの収穫依頼がでているようですが、菓子処で使うにしても、果実茶とするにしても多い、と、思っていたものですから……」
「はあ……。ほんっとうに、目ざといですね。そんなところまで、確認しているのですか?」
大商人、すごい。そして、怖い。
「ギルドに出る収穫依頼の内容で、その年の出来具合いや価格など、いろいろわかることも多いのですよ」
「なるほど。ああ、でも、これは別の理由です。まだ、出来上がっていないだけで……。ふふふ、これも新商品になりますね。もうすぐ発表になりますから、どうぞお楽しみに」
ニコニコと言うリンに、また新商品か、と、タブレットとロクムは苦笑した。





