Wistanton's Pavilion /ウィスタントンの天幕
お待たせを致しました!
マーケットプレイスに立ち並ぶ天幕は、春の時より豪華に見える。
毎年、秋の大市の期間中に初雪が降るが、寒さ対策として天幕は二重になっている。
一枚目は春の時と同じように、光を通す生成り色の物。
その上にもう一枚、少し厚手の天幕が重ねられる。それが色とりどりに染められているのだが、マーケットプレイスに並ぶ各国・各領地の大型天幕では、黄、青、赤紫、緑、灰、赤、など、領地を表す色を使い、紋章が刺繍されているものが多い。
今はまだそのオーバーコートはところどころで寄せられ、タッセルで留められて、下の生成りが見えている。
マーケットプレイスに戻ってきたリンとライアンは、色鮮やかな天幕の間を抜け、ウィスタントンの天幕に顔を出した。
『森の海』を意味するヴァルスミアを領都とするウィスタントンの天幕は、海の群青がカラーだ。
「おはようございます」
リン達を迎え、天幕にいた者が一斉に頭を下げた。
春から一緒に働いたメンバーが多く、また、初日だからかオグと一緒にブリンツとクグロフの兄弟や、ボーロとベニエ夫婦といった、職人達も顔を出している。
「おはようございます。……商品が並ぶと雰囲気が違いますね」
春の時以上に、天幕は商品が充実している。
今回大きく違っているのは、職人の実演がないこと。正直、クグロフ達はそれどころじゃないほど忙しい。
その分、表に面した商台が広くなった。ヴァルスミア・シロップ、クッキーや薬草茶といった食品と、石鹸にクリーム、ブラシや精霊石を使った食品以外の商品の場所に分けられている。
リンは設置は手伝っていないので、商品が詰まった天幕を見るのは初めてだ。
「はい。春、夏よりもさらに点数が増えておりますし、目を引くものとなっております」
「ここまで増えているとは思っていなかった」
商業ギルドのトゥイルの説明に、ライアンもずらりと並んだ瓶に少し驚いているようだ。
ライアンが見ているのは、メレンゲやクッキーを入れたガラス瓶だ。
ベリーなどの果実だけではなく、紫芋、かぼちゃ、赤カブといった野菜を使ったサブレを作ったのだが、野菜の色がきれいに出て、これがカラフルでかわいい。もちろん一番人気の、緑色をしたオークの葉形クッキーもある。その隣に、オークの木の実、つまりどんぐりの形をしたクッキーもある。秋らしいし、これはたぶん二番人気になると、リンは思っている。
ライアンはお茶の時間にいくつか試食をしたけれど、確かに並べてみればけっこうある。
「量り売りなのですが、子供達のために一つから買えるようにしてあります」
トゥイルの説明にリンはコクコクとうなずいた。
その隣、薬草と果実茶の瓶の側には、今回も試飲用のカップが並ぶ。
「試飲や商談の時に、実際に砂時計を使ってみせようと思っています」
その砂時計は天幕の中の棚に、きれいに並んでいる。
「数が足りるといいんですけど……」
「そうですね。砂時計は、在庫と注文の管理・調整を商業ギルドが行います。特注に関してはそれぞれのお抱えの細工師に直接話が行くと思いますが、それ以外はこちらで一度まとめますので」
「そうですよね。直接工房に殺到されても困りますよね。製作も続けられなくなりますし」
「ええ。念のため、商業ギルドからアルドラ様とライアン様の塔の方へ、人を派遣しております」
ライアンの眉間にかすかに皺が寄った。
やっぱり普通にそう呼ばれているんだ、と、ライアンの顔を見ながら、リンは笑いをこらえた。
食品以外の商品はいろいろあるのだが、精霊石関連の商品が中央に置いてある。『精霊石』がちょうど納まるようになっているホルダーや箱、リンが毎日お湯を沸かしているケトル、『温め石』を入れて使えるベストとぬいぐるみもある。「ぬくぬくサラマンダー」以外に、「ほかほかヒツジさん」に「もふもふネコちゃん」「とことこロバくん」「ふさふさきつねくん」などと、リンが勝手に呼んでいるぬいぐるみ達だ。
天幕で販売もするが、こうやって展示することで『精霊石』はいろいろ使える、ということがわかってもらえるだろう。実際、ぬいぐるみは布や糸くずを使って簡単に作れるし、上着にポケットを付ければいいだけなので、自分で作る者は多いだろう。
ライアンが、なめらかに削られた、木目が美しい木箱を取り上げた。
お持ち帰り用の木箱よりだいぶ小さなもので、弁当箱だ。
蓋の内側に『精霊石』を収められるようになっている。
「これは良くできているな」
「ですね。このお弁当箱は私も欲しいかも」
「あ、とても便利です。『冷し石』を入れておいて、食べる少し前に『温め石』に変えるのですが、ギルドで私が使っていたら、皆も真似をしだしまして」
リンがニヤリと笑った。
「じゃあ、売れますね」
「ええ。間違いなく」
トゥイルも笑い返した。
商台の一番端は、ブラシ、フラワーウォーターに、クリーム、石鹸といった美容製品の場所だ。
薬事ギルドのマドレーヌが、天幕担当の女性達とリストを見ながら話をしている。その近くにクグロフ達もいて、どうやらボーロにクグロフが作ったブラシを見せているようだ。
こちらもだいぶ商品が増え、商台がいっぱいになっている。
「あれ、これは少し形が違いますね」
コロンと丸い形をしている。リンが持っているフェイスブラシに似ているが、それよりも毛がたっぷりだ。
リンは手に取るとクグロフを見た。
「それは石鹸用のブラシなのです。薬事ギルドから製作依頼を受けまして」
マドレーヌがうなずいた。
「これを使いますと石鹸がよく泡立つのです。ギルドの職員が頬紅用のブラシを洗っている時に気づいたそうで、それならいっそ石鹸用のブラシを、と、注文を致しまして」
「ああ。そういえば、私の国にも似たような形でありました。私は使ったことがないので、思い浮かびもしなかったんですが、シェービングブラシといって男性が髭剃りに使うんです」
「ほう」
「なるほどな。それは助かるぜ」
ライアンも興味を持ったようで、リンがブラシを手渡すと、毛の部分を触ってみている。オグは、結婚以来、剃り続けている自分のあごを撫でさすった。
周りにいる男性陣がうなずいているが、確かに男性には毎日使う身近なものになるかもしれない。
「ゆたかな泡が、肌を保護してくれるんですよ。もちろん女性の洗顔にも泡立ちは大事ですし。……へえ、こんなのもできたんだ」
自分が伝えていないブラシが出来ていることに驚いたが、リンはそれ以上にワクワクとした。
ブラシはリンが依頼したものだが、使って、工夫され、こうして別のものが生み出されて発展していく。
リンはマドレーヌににっこりと笑った。
「石鹸も増えたみたいですし、ブラシと合わせて売れるといいですねえ」
「ええ。薬草茶と合わせた『リラックス』『ワーク』『ラブ』の三種類は定番ですけれど、それ以外にも限定販売として出す予定です。あ、そうだわ。こちらの花びらを入れたものが美しくて、ギルド職員に人気だったのですけれど」
マドレーヌがリンに一つを手渡した。
「こちらはヴァルスミアの森で採取された花を使っております。フローラルウォーターにも使われる花ばかりで、肌にも柔らかいのです。定番になるかも、と、『ヴァルスミア・フラワー』という名前にしたのですが……」
ピンクや青といった花びらが散りばめられて、確かにきれいだ。
この土地ならではの製品で、やはりここに長く住まう人が作った物だと感じられ、これもまた嬉しい。
「いいですね! 香りも優しいし、女性には特に喜ばれそうです。ヴァルスミアのお土産としてもぴったりではないでしょうか」
「限定販売のもの以外は、それぞれ洗い上がりがさっぱりタイプと、しっとりタイプで用意してみました」
「なるほど」
それで数が多いのか。
「夏の間はさっぱりが人気だったようですが、これから寒くなると乾燥しますでしょう? 養蜂のおかげで蜜蝋も取れましたから、クリームも保湿が素晴らしいものができました」
リンはうなずいた。
「わかります。冬は特に空気が乾燥しますよねえ」
「本当に。顔を洗った瞬間から、保湿のことを考えておりますわ。それでも、ヴァルスミアは森の御加護のおかげで、水が良いので助かっております。他領では顔を洗うのもためらわれる時があるとか」
マドレーヌが言えば、今度は周囲の女性陣が力強くうなずいた。
「ええ。私は南の領地からこちらに嫁いだのですが、こちらの冬の乾燥には驚きましたもの」
「冷たい風に水分を奪われて、お肌も荒れますし、小じわも気になりますでしょう?」
「今年は良い石鹸にクリームもできましたから、安心ですわね」
盛り上がる美容の話を隣で聞きながら、そういえば、昨冬はトラベルポーチに入っていたクリームを、ケチケチと使っていたんだった、と、リンは思い出していた。
お風呂を張ったままにしてドアを開けたり、濡れタオルを部屋に乾してみたり、対策をしていたっけ。
「ん? んんん? もしかすると……」
「リン、どうした?」
口元を押さえて考えこんでいるリンに、ライアンが聞いた。
「ええと、冬の乾燥対策に『精霊石』で何かいい物ができるんじゃないかな、と」
天幕にいた全員がリンに注目した。
ライアンが、はあっと長い息を吐いた。
「……リン、わかっているだろうが、きょうは大市の初日だ」
リンは周囲を見回した。
もちろんよーくわかっている。
皆が忙しいことも、ボーロ達がなぜヴァルスミアに来ているのかも。
「わ、わかっていますよ。もちろん。でも、思いついちゃったし、乾燥対策だから、春じゃなくて、やっぱり冬前に出すのがいいんだよなーって。……まあ、一年後の大市でもいいですけど」
リンは早口になった。
「でたよ。リンの『思いついちゃった』が」
オグが大げさに額を叩いて、天を仰ぐ。
それを聞いて、マドレーヌがきっぱりと言った。
「いえ、リン様。保湿に良いものがあるのであれば、ぜひ知りたいですわ」
「ええ。リン様の『思いつき』は、いつも素晴らしいですもの」
「本当に。来年まで待つなんて遠すぎます」
「リン様のお肌は滑らかで、もちもちふっくらとしていらっしゃいますが、私達には乾燥は本当に大敵なんです」
オグがライアンをつついた。
「ライアン、止めないのか」
「……セバスチャンでも無理だろう」
女性陣がリンを取り囲んでいるのを見て、それを誰が止められるだろうか。
「『精霊石』と言ったか。それなら職人にもさほど負担にはならないだろうか」
精霊石ならライアンの分野である。
リンが軽率に『美容の石』などを作ってしまう前に、自分が担当するべきだろう、と、ライアンは思った。
「リン、後で話を聞かせてくれ。できるかどうか考えてみよう」
ライアンが言えば、ブリンツもボーロも口々に言う。
「ライアン様、リン様、精霊石まわりの細工で、必要なことがございましたら、ぜひご遠慮なくおっしゃってください。幸い、職人が集まっておりますので、クグロフと共に出来る限りのことをしたいと思います」
「ガラスの方も、職人皆で協力してあたりましょう。なあに、乾燥を防ぐって言うなら、協力しなければベニエに怒られまさあ」
「ボーロったら、一言多いんだよ!」
ベニエのつっこみに皆が笑う。
「リン様、春と夏の大市も私達は乗り越えてきたではありませんか。ウィスタントンの者は大丈夫です。どうぞ作りたい物を作ってください」
トゥイルが歴戦の勇者らしい貫禄を出せば、天幕の皆が力強くうなずいた。
今度は何ができるのだろう、と、目が輝いている。
頼もしい仲間に、リンは感謝して頭を下げた。





