休憩:秋の風物詩
時間的には、試食会より前になります。
2月11日朝7時12分 ダブっていたのを修正し、少し変更も加えてアップしました。
お騒がせしました。
フォルテリアスでも最北にある領の夏は短い。
そして秋も駆け足で通り過ぎ、油断をしていると、すぐに初雪が降る。
夏の終わり頃から、ハンター達はとたんに忙しくなる。
収穫の手伝いに、大市のための仕事が入る。そこに狩猟シーズンが始まるのだ。
ハンター見習いにとっても、忙しいのは一緒だった。
まだ一人で狩りに出られない見習いの仕事は、収穫や採集が主となる。
雪に覆われ、すべてが眠る冬には、成人ハンターと違いそれもお休みだ。だから冬になる前に、見習い達はせっせと仕事をする。
夏から秋は、薬花に薬草、果実に木の実、と、ウィスタントンでは森の恵みも多く、いろいろなギルドからの採集依頼がハンターズギルドに集まってくる。
その中から「見習い向け」「見習い可」と書いてある依頼を探すのだ。
そんな見習いの一人であるローロは、ハンターズギルドに来ていた。
リンの仕事が休みの日には、ギルドの掲示板から仕事を探すことにしている。
グレートホールには、同じように依頼書を見に来た見習い仲間が集まっていた。
「おはよ」
「おはよう。ローロ、ちょっと」
その内の一人が手を揚げた。
「どうした?」
「おう。この、りんごの収穫なんだけどさ……」
掲示板に貼ってあった収穫依頼を指差した。
「ああ、リンさんのやつだろ?」
「やっぱりそうか。これさ、あってんのか? 『鍛冶屋』に、こっちは大賢者様の名前になってるけど、後ろにカッコ付きで『毛皮』ってある」
一人が言えば、一緒にいたタタンも心配そうに口を挟んだ。
「リンお姉ちゃん、間違ってない? あれ、渋いの知らないんじゃない?」
「いや、知ってる。食べたからな。なんか試したいことがあるんだって」
ローロが間違っていないと断言すると、見習い達は安心したように笑顔になった。
「おおー、じゃあ、本当にこれであってるのか!」
「リンお姉ちゃん、今度はりんごなのね」
「大量だな」
「ああ。だから、『ギルド依頼』になってるだろ?」
ギルド依頼はちょっと特別だ。
ハンターズギルドは、普通なら依頼の仲介だけで、その内容に関与することはない。
だが、稀にギルド依頼と呼ばれるものがあって、それはギルドが中心となってハンターを集め、ギルドの責任で依頼が遂行される。
収穫物や獲物の対価はもらえないが、それ以上に割りのいい日当が払われることが多い。収穫が少なくても日当がちゃんとでるので、特に見習いは喜んで受けることが多い。
今年は、春の初めからギルド依頼が続いている。これで三回目だ。
春にはバーチの樹液を集めたし、夏にはベリーを山ほど摘んだ。そして今度はりんごだ。
大市の前に出される、大量の依頼。そのどれにもローロの雇い主であるリンが関わっているのを、ヴァルスミアでは知らない者がいなかった。
リンの姿がグレートホールの入り口に見えたのは、ちょうどそんな話をしていた時だった。
横にはライアンが並んでいる。ギルド長であるオグとの面会だったのか、見送りにオグとエクレールも降りてきたようだ。
その場にいた者が一斉に礼を取った。
ぐるりと見回したリンが、掲示板の前に立つローロ達に気がついた。
「あれ、ローロ。来てたんだ。皆も、おはよう」
「おはようございます。掲示を見に……」
「そっか。あ、時間なんだね」
ギルドの職員が出てきて、ライアンとリンに頭を下げると、依頼票を貼っていく。
「えっと、リンさんは依頼? 俺、今日、手伝った方がいい?」
「ううん。収穫について相談に来ただけだから。今日は休みでしょ? 他の依頼を受けていいよ。っていうか、ローロは休みの日にも仕事するんだ」
二人の会話を聞いていたのだろう。
側に立っていた見習いたちが顔を見合わせると、ローロを誘った。
「ローロ、じゃあ、今日は俺たちと採集に行かねえか。ほら、これ、楽しいぞ」
そう言うと、掲示版を指差した。
その一刻後、リンにライアン、オグは、ヴァルスミアから南に街道を下った、開けた場所にいた。
掲示板に貼られたのは、精霊術師ギルドから出されたコロコロ草の採集依頼だった。
コロコロ草を摂取したことのあるリンにとっても興味深く、同じように執務を休みにしていたライアンも一緒に、子供達に同行したのだ。
南街道の脇に広がるのは黒麦の畑らしいが、収穫の終わった今の時期、土は掘り起こされていて何もない。
「ここですか? どれがコロコロ草だろう」
リンは枯草色の畑を歩き、キョロキョロと地面を見回した。
小さな葉っぱで、長いつる茎でつながっていて、と、記憶を頼りに探すが見当たらない。
「ああ、リン。ここには生えていないぞ。群生地はもう少し向こうだ」
「え?」
採集に来ているのに、ここにはないと言うライアンに首を傾げていると、オグが見習い達に声をかけた。
「よし。強すぎず、いい風が来てるな。さあ、風はどっちからだ?」
「えーと、あっちー」
「西です」
「そうだ。うまく追いかけろよ」
採集に来ているのは、見習いでもローロよりずっと小さな子供達が多い。
数名ずつ畑に広がり、西を向いた。
「来たぞーっ!」
一人が声を上げ、風に向かって走り出すと、別の子もきゃあーっと声を上げた。
「あったー!」
「見つけたよー」
一斉に走り出した子供達を、リンは目を丸くして見た。
「来たって、え? 何?」
「リン、良く見て見ろよ」
リンとライアンの側に戻ってきたオグが、子供達が走って行く方を指差した。
子供達の走る先に目を凝らすと、何やらカーキ色の物がふわふわと地面を転がってくる。
「あ、見えた! あれが、コロコロ草?」
手のひらサイズのものがあれば、もっと大きなボールになっているものもある。
「麦の狩り入れの後、ちょうど今ぐらいから西風に吹かれて転がり出すんだよ」
「それを待ち受けるんですか」
「ああ。ここに秋の種蒔きがされるまでの、だいたい一か月だな。コロコロ草の採集は危険なことも少ないし、チビ達でも採集しやすいんだよ。チビの足には、群生地は少し遠くてな」
「なるほど」
リンが見ていると、子供達は名前の通りコロコロと動くボール状の草に向かっていき、採集している。
コロコロ草にたどりつき、うまく手を伸ばしたと思ったとたんに、風に押されたボールが動き出し、今度はリン達の方に駆け戻ってくる子もいる。
捕まえても、逃しても、わあわあと子供達の甲高い声があがっている。
「これは楽しそうですねえ」
「だろ? 今回は術師ギルドから大量採取の依頼が来ていてな。誰かさん達が精霊道具を山のように作ったからかねえ。風使いも大変みたいだな」
オグがニヤリと笑った。
「ライアンですね」
「リンだな」
リンもライアンも澄ました顔で、しれっと責任を互いに押し付ける。
「おい」
オグは二人につっこむと、やれやれといった風に首を振った。
「……さ、俺も今のうちに、少し補充しておくか」
そして辺りを見渡し、コロコロ草を拾い上げ始めた。
「ライアンも採集に来たことがあるんですか?」
「ああ。子供の頃に、オグを手伝ってな」
「そういえば、風の加護だけないオグさんにとっては、常備薬ですもんね」
自分もやってみよう、と、リンは畑に目を走らせた。
枯れ草色の大地と似たような色合いのコロコロ草は、保護色となって、転がっていないと見つけにくい。かといって、強い風が吹いても手元から飛んで行ってしまう。おまけに畑はデコボコしていて、思ってもみない方向に動く。
「むっ。けっこう難しい」
しばらくの間、リンは夢中になって追いかけた。
子供達ほど元気に走れないリンは、そのあたりをウロウロしたぐらいだったが。
ふと顔を上げると、ライアンはその場からほとんど動かずに、コロコロ草を拾い上げている。
見ていれば、コロコロ草がライアンのいる方へ吹き寄せられていくのだ。
「あ、ライアン、ズルいですよ」
「ズルくはない。こういう時に精霊を使わずにどうする。リンもやってみるといい。自分の元に転がるように、風をうまく調整するのがコツだ」
オグが戻ってきた。
「風を使えるといいよなあ。ライアン、悪いが、少し押し戻してやってくれ」
「ああ」
リンは、ライアンがシルフに呟くのを見た。
その途端に、こんどは東から風が吹き始める。
「きゃあーっ!」
「ああ! くそっ!」
「わはははは。追いかけろー」
通りすぎていったコロコロ草が戻ってくる。
子供達もまた、あちらこちらに走り始めた。
「ふふふふふ」
楽しそうな様子に、リンも笑いだした。
「風使いがいると、これが面白いだろ?」
「あ、それで私達も行くって言った時に、ちょうどいいって言ったんですね? てっきり子供達の監督にいいって意味だと思ってましたよ」
「チビどもの面倒は、ローロ達で十分だろ?」
オグがコロコロ草を追いかけている子供達を見やった。
「……思い出したぞ。見てるのは面白いんだけどな。なあ、一番初めの時はアルドラに連れて来られたんだったよな。それで、シルフを使われた」
オグがライアンに向かって言うと、ライアンも眉を寄せた。
「ああ。あれはひどかった。アルドラは突風を起こしていただろう?」
「そうだった。思いっきり走らされたぜ。でも、ライアンはすぐに対抗して、シルフを使い始めただろう? 風使いはズルいと思ったぜ」
「だからズルいのではない。そういうものだ」
ライアンとオグが言いあうのを聞きながら、リンも風を使ってみた。
「ええと、シルフ。ヴェントス アドメ」
ビュウと音を立てて、風がリンに吹き寄せた。
あちらこちらから吹いてくる風は、滅茶苦茶だ。
「うわあ。ちょっと待って。クルード」
乱れる髪を押さえながら、リンは慌ててシルフを止めた。
「リン、ただの風ではだめだ。シルフにはリンが必要な風の強さがわからぬ。威力はリンが調整せねば。まずは、ヴェントスよりアウラだ。そこから様子を見つつ抑えていくのだ」
コロコロ草にちょうどいい微風を得られるまで、リンにはそれからしばらくの練習が必要だった。





