Fruits Tea / 果実茶
「それでは最後にウィスタントンから発表となるお茶について、リン様からご説明をいただきたいと思います」
デザートが終わったところで、文官に促されたリンが話し始めた。
どのテーブルにも、すでにティーセットが配られている。
「ここまでの料理でおわかりいただいたと思いますが、この秋の大市では、各地との交流と協力が考えられています。この秋に発表する果実茶は二種類。同じように意識して作りました。……ちょうどいいので、この天幕で働く予定の皆さんも、一緒にお茶を淹れてみましょうか」
リンがぐるりと見回すと、おずおずと立ち上がる者がいた。
術師のマントを羽織っている者が数名、商業ギルドのメンバーが集まっているテーブルからも一人立ち上がった。この秋から研修に入った、もしくは卒業して勤め始めたばかりの若者たちだ。
天幕に術師の採用をすることも新しい試みなのだが、夏の大市で風の術師見習いが頑張った結果だった。ここで接客や連絡を担当しつつ、厨房でも風だけではなく他の術師の手伝いも期待されている。
術師見習いの方も、天幕や厨房で働くと精霊使いがうまくなるという話を聞いているらしく、意欲的だった。
どのテーブルにもお茶を淹れる者がついたのを見て、リンは説明を始めた。
「果実茶は、お茶を飲むということを皆さんがもっと楽しめればいいな、という思いで作りました。果実の甘味も感じられますし、薬草茶よりもずっと親しみやすいと思います。皆さんの前にあるお茶の缶を開けてみてください」
カタカタと音がして、用意ができるのを待った。
ドライフルーツは小さめに切られ、スプーンに取りやすくなっている。赤や黄色に、オレンジといった色合いもきれいだ。
「赤い色のお茶は、ヴァルスミアの森で採れたベリーとりんごが二種類ずつ、スペステラ村のカモミール、そこにシナモンとクローブ、カルダモンが加えてあります。黄色の方は、アプリコットにプラム、ベリーが二種類、レモンにジンジャー、ローズマリーが加えてあります」
手がさっと上がった。
「黄色の方もヴァルスミアの果実でしょうか?」
「いえ、こちらはいろいろです。ヴァルスミアとラミントンのベリーに、アプリコットは王領ですし、プラムはパネトーネ、レモンはサントレナ、ジンジャーは『スパイスの国』、ローズマリーはべウィックハムですね。どちらにもスパイスを少し加えて、身体を温め、この秋から冬に楽しめる風味にしてあります」
「わかりました」
「名前は、赤が『ヴァルスミアの恵み』です。ヴァルスミアの森の豊かさを感じ、精霊への感謝を込めたブレンドになっています。黄色が『冬の女神』。日が短くなるこれからの季節に太陽の色合いのお茶を飲んで、元気をいただき、天の女神を思い起こそう、という意味を込めました」
お茶の缶を回して見ているテーブルから、ざわざわと感想が聞こえてくる。
「豪華で贅沢なお茶ですねえ」
「とても美しいですね。それにほら、甘い香りがしますわ」
「果実だけではなく薬草とスパイスも入って、春からの続きとしていいですね」
「それに名前もいいですよ! いかにもウィスタントンらしいではありませんか」
「収穫に感謝する秋の大市で発表するのに、ぴったりだと思います」
リンはチラリとライアンを見た。
「……どうした、リン?」
「いえ、皆の反応を見れば、ライアンにお茶の名前を付けてもらって良かったんだろうなって」
この名前を考えたのはライアンだ。
「さすがにレッドティーにイエローティーはどうかと思った」
「あれは仮の名前だって、言ったじゃないですか」
シロと同じか、と、ライアンに呆れたような、遠い目をされたのをしっかり覚えている。
「その後に出したのが、レッドパッションにイエローパッションで、どうしてすぐパッションに行くのかと」
「あれは『情熱の赤』のイメージで……」
「じゃあ、イエローは?」
「えーと、それは……。あ! でも、次のサンクス・フォレストとゴールデン・サンライトとかは、少し進化した感じじゃないですか?」
「……まあ、あれで、リンがただブレンドするだけではなく、イメージを持ってこの茶を作ったということがわかって良かったと思う」
「そうですよね。イメージを伝える名前だと、覚えてもらいやすいでしょうし」
リンはそう言うと立ち上がった。
「では、最初に私が淹れますので、見ていてくださいね。お茶をまず、このぐらい。このスプーンに山盛りで一杯を、ティーポットに入れます。そこへ沸騰したお湯を注ぎます。……これで五分待ちます。その時に使えるのが、この砂時計です」
リンがポットの隣に置いてあった砂時計を、カタリとひっくり返した。
白い砂がさらさらとこぼれ、時を切り取り始めた。
ボーロとクグロフが仕上げたもので、厨房で使えるシンプルな木枠の砂時計だ。
ひっくり返した上面に、ウィスタントンの紋章が焼き付けられている。
「砂時計も、この秋発表になる新商品です。主にウィスタントンの天幕とここで積極的に発表し、商談が行われますが、実際にはウィスタントンだけではなく各地の職人が協力して作成しています。ウィスタントンというより、フォルテリアスの新商品というべきでしょうか」
砂時計も、結果として、各地との交流と協力を意識したものとなっていた。
それは、リンが春の大市の後に各地から期待されたことでもあり、また、王都での交流でうまれた結果でもあった。
リンに言わせると、偶然、たまたまです、と、なるのだけれど。
お茶の時はざわざわとしていた天幕が静まり返った。
じっと、リンの目の前にある砂時計を見つめる者も多い。
「新しい時計、ですか……」
「これも新商品」
「ええ。ここにあるのは五分を計れるものですが、砂の量で、一分から四刻が計れるものまで出来ています。問い合わせが多くなると思いますので、今のうちに使ってみてください。……では、皆さんのテーブルでも、同じようにお茶を淹れてください」
リンが手を前に出して、それぞれのテーブルを促した。
「大発表じゃないか」
「おおー。こんなに小さいのに時が計れるなんて!」
「持ち運びもしやすいですよね」
「あ、動かしたらダメです。砂が止まります」
「トゥイルさん、これは問い合わせがすごいのでは?」
「大丈夫だ。制限はかかるが、かなりの数を揃えてきている。ご領主様方などは、特注になるだろうし」
「もっと詳しく聞きたいが、この担当者は誰になっているんだ?」
リンのところまで興奮した声が聞こえてくる。
「……そうなるだろうとは思っていましたけど、お茶より時計に夢中ですねえ」
「まあ、最初は仕方がないだろう。新しいおもちゃを手にした子供のようなものだ。実際、素晴らしいものだし」
「砂が落ち切る頃には落ち着いて、お茶を味わってくれることを願ってますよ」
五分という時間が与えられたのは、ちょうどいいかもしれない。
リンがティーポットを持ち上げた。
このテーブルの砂が、静かに落ち切った。
果実の自然な甘みをそれぞれが味わったところで、砂時計からお茶にも意識が向いたようだ。
「果実茶はこちらでの提供以外に、ウィスタントンの天幕でも販売されますか?」
「天幕にも置きますが、高額ですし、どちらかというとこちらで、貴族の皆様ですとか商人への卸販売になるのでは、と思っています。入口となっている天幕に菓子を売る場所をつくるのですが、そこに果実茶も置いてもらおうかと」
「菓子も販売するのですか? あの、持ち帰りができるということですよね?」
別のテーブルから声が上がった。
リンはコクリとうなずく。
「夏の大市でも試したのですが、天幕で召し上がるのをためらわれる淑女の皆様の需要が多くありましたので、持ち帰りの準備もしています。『冷し石』と『凍り石』の宣伝にもなりますし」
「……あの、それは私達が購入してもいいのでしょうか?」
おずおずと聞かれた質問は、顔見知りの薬事ギルドの女性からだった。
リンは笑ってうなずいた。
「もちろん。仕事の後、疲れた時には甘いものが嬉しいですよね」
わあっという楽しそうな声が上がった。
そこにもう一人、手を挙げた者がいる。オグだ。
「つまみ……、いや、料理の方は持ち帰りはできないのだろうか」
「えーっと、それは。……考えていませんでしたね」
「売れると思うんだが。仕事の後、疲れた時の一杯は嬉しいからな」
ニヤリと笑ったオグの言葉にうなずいた者は多く、頭が揺れている。
目の隅に、隣に座った人も大きくうなずいたのが見えた。
天幕中から熱のある視線が飛んできて、期待されているのがわかる。
「うーん。どうしましょうね」
リンは困って、ライアンの顔を見た。
「そうだな。各地からの料理人も来ていることだし、厨房の負担は夏より少ないのではないかと思う。やってもいいと思うが。『冷し石』や『温め石』の宣伝にもなるしな」
おおーっと、どよめきが上がった。
にこにこと嬉しそうな顔があちらこちらに見える。
「ライアンとオグさんが狙った通りになっている気がしてならないんですけど?」
「まあ、大市は忙しいからな。ここでゆっくり飲めない者も多い。オグはエクレールの負担を減らしてやりたいんだと思うぞ」
「それを言われると弱いですね。……師匠に聞いて、一番やりやすい形にしようと思います」
「ああ。私も楽しみだ。自室でもリンのつまみで飲める」
ふっと口元を緩めたライアンにまっすぐに言われて、リンはどこを見ていいのかわからなくなった。
「……やっぱり狙い通りじゃないですか。つまみじゃなくて、せめて料理ってごまかしてください」





