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Right before the great market / 大市直前

 大市が近づくにつれ、慌ただしさが増した。

 春にはリンの周囲は大忙しだっただろうが、リン自身はまだ外部の助言者のような立場だった。半年が過ぎ、リンは今、準備にも大きくかかわっている。

 ブルダルー達料理人と館で試作を繰り返し、クグロフの工房で打ち合わせをし、薬事ギルドで新商品の製造について話す、といった日々だ。


 リンとライアンは、今、馬車で移動中だ。

 食事や菓子を提供できるようにした、新しい食事処に向かっている。

 領のトップへの披露と説明は、領主家族との食事会に招かれ済ませてあった。

 今日は実際に天幕で働く者への研修と、大市直前の壮行会を兼ねた試食会だ。


「リン。ボーロ達は、今夜、王都を出る船に乗るそうだ。ギリギリだな」


 数日後にはヴァルスミア到着の船がウェイ川に列を作るだろう。


「直前まで頑張ってくださったんですねえ。クグロフさん達も、こちらに来ていた砂時計の組み立ては終わって、準備はバッチリでしたよ」

「それでも購入制限はかけるが、当初の見込みより余裕ができたな」


 準備と期待で街の雰囲気は盛り上がっているようだ。いつもより人通りが多い広場を抜け、馬車は進んだ。




 差し出されたライアンの手を支えに馬車から降りると、大小合わせて十数個の天幕が並んでいた。


「ん? 天幕が多くないですか?」


 中央広場から館に向かう道の途中に林があるのだが、右側に少し開けた場所があり、そこが食事処に決まった。

 大市から届く喧騒も和らぎ、館からもさほど遠くなく、静かな会合場所としてぴったりだ。

 そこに、厨房と、当初の予定では食事処と菓子処の天幕が二つ並ぶはずだったのだが。


「ああ。小天幕を周囲に増やした。大天幕のテーブルも十分に隣との間隔を開けてあるが、個室があると便利だ。ここは貴族向けだが、貴族限定というわけでもない。クナーファのような商人が使うには、場所を分けた方が気兼ねが要らぬだろう」


 リンはコクコクとうなずいた。 


「確かに。個室なら重要な商談もしやすいですし、ライアン達も人目を遮ったほうが、居心地がいいですよね」


 ウィスタントンの天幕にも、衝立で囲った「タブレット様ご休憩所」を作るつもりだ。ライアンもタブレットも視線を集めるのには慣れているだろうが、衝立の裏に来るとふっと息を吐く。


「ああ。商談用の部屋の確保は課題だったし、ちょうどいい」


 話しながら最初の天幕の前にずらりと並んだ人々の前まで歩き、挨拶を受けた。


「この入口にあたる小天幕だけは、クナーファが管理することになっている」

「へえ」

「新たにスパイスミックスや、薬草のオリーブオイル漬けなどを作っただろう? ああいった新商品を中心に紹介するようだ。実際に奥で試食して、実物も見られれば商談もしやすいだろうと、許可を出した」

「あ、じゃあ、私の果実茶も置いてもらわないと。それと、ここにケーキのショウケースを……」

「リン、それは後だ」


 見回して、何かを考え始めたリンをライアンは促した。

 二人が進まなければ、後がつかえている。

 小天幕を抜けた先が、二つの大天幕で、右が食事処で、左が菓子処。

 その間の奥まった場所に石壁の建物が見え、そのさらに後方に、小天幕が木々の間に散らばっているのが見える。


「あの建物は?」

「厨房だ。火を使うし、天幕では危ないだろう? すでに切り出された石があったから、無事に間に合った」


 ライアンがリンを見て、ニヤリと笑った。

 南東の塔を動かした際に、ヴァルスミア中で噂になったリンとライアンの石運びだが、うまく再利用されたようだ。


「あれがこうなったと……」

「さあ、行こう」


 食事処の大天幕に入ると、今日は人数に合わせて、長テーブルが並んでいる。

 リンは一段高く作られたテーブルに、ライアンと並んで座るようにエスコートされた。

 テーブルの脇に立っていた給仕人が、さっと椅子を引く。


「こんな風に座るとわかっていたら、賢者見習いのマントを着てくるんだったな」


 腰かけながら、ボソリとつぶやいた。


「リン。館にも着ていかないのに、今更だろう?」


 実際、誰かが指示したわけでもなく、このように席が設えられているのだ。


「そうなんですけど。賢者見習いのマントに守られるというか、視線に耐えられるというか……」


 すっぽり覆われるマントを合わせるような仕草をしながら、リンが言う。

 お茶屋さんであるリンが、賢者見習いの身分を着るというか、少し高い場所に座るための鎧のようなものだ。


「大丈夫だ。リンは私が守る。そこに座って当然という顔をしていればいい」


 少し顔を寄せ、前を向いたまま言ったライアンに、リンは目を見開いた。


「そ、そんな、さらりと……」


 ライアンの攻撃力がアップしている気がする。

 少しうつむいたリンを横目で見たライアンは、リンの頬がほんのりと赤くなっているのに気づき、ふっと笑った。



 席に着いた人々を見回すと、いつもの大市メンバーに加えて、末席にピンと背を伸ばし、緊張したような若者の顔が並んでいる。この秋から領での研修に入った最終学年の学生達と、同じく領に勤め始めた成人したばかりの若者達だ。領の新方針で、秋の大市の現場を交代で経験することになっている。

 

 皆が席に収まり、場が落ち着いたところで、館から手伝いに来ている給仕人が両手に皿を持って入ってきた。

 同時に一人が立ち上がり、説明を始める。


「それでは試食会を始めます。この食事処と隣の菓子処は、今回初めての試みです。ウィスタントンの産物だけではなく、大市に参加する各地の名産が使われます。今までにない用い方を提案し、大市での交易を支える商談の場として作られました」


 説明の間に皿が運ばれ、置かれていく。

 正方形の木製トレイに、九つの白い小皿が納められ、それぞれ少しずつ料理が載っている。前菜も主菜も合わせて載せられ、昼食も兼ねられるようボリュームのあるものが選ばれた。 

 テーブルにはパンにチーズ、バターも添えられている。

 残念ながら酔っ払うには時間が早く、飲み物は水だ。

 リンの前に置かれた皿から、ビネガーやスパイス、ガーリックといった強めの香りが立ち上がった。


「それでは、館の副料理長より食材の説明を聞きながら、まず味わってみてください。ドルーと精霊に感謝を」


 ブルダルーに説明を押し付けられた副料理長が話すのを聞きながら、リンはライアンにこそっと言った。


「ライアンには、食べたことのあるものばかりだと思いますけど」

「前夜祭で味わったものが多いか?」

「そうですね。あ、この紫芋の塩キャラメリゼは新作ですよ」


 各地の料理人達は早々と到着して、ブルダルー達とずっと館の第二厨房で試作を繰り返している。夏に顔を合わせた人も多く、リンも顔を出したが、皆、真剣に新しいレシピを試していた。

 紫芋はそのうちの一人が、まだ少し収穫には早いですが、と、自領から持って来た真ん丸な芋で、ほんのりとした甘みがさつまいもに似ている。

 新作だと聞き、ライアンはセサミが振られた艶のある紫芋を口にいれた。


「バターが効いてるが、芋が甘いのは不思議だな」

「甘じょっぱくしてみました。もっと塩気のあるつまみにしてもいいですし、お菓子にも入れますよ。りんごと合わせてもいいし、熱々タルトにバニラアイスを添えるのもいいかなあ。……あ、これ、よく出来てる」


 食べたい物を考えながらリンも口にいれ、外はカリカリ、中はホクホクな紫芋にニンマリとした。

 

 食事が進むにつれ、緊張していた若い顔にも笑顔が増え、場もざわつき始めた。


「……ビールが飲みたいな」

「酒の肴にぴったりですよね」

「ここは商談だけではなく、夜は飲めるんでしたっけ?」


 欲望に素直な声が上がっているのは、領の天幕勤務常連組だ。


「紫芋がこんなにおいしいなら、春の整地作業の時にもがんばれそうです」


 黄色の術師のマントを羽織っている新人の、喜びの声も聞こえる。

 ライアンやリンはグノーム・コラジェの根を常備しているが、彼は干した紫芋を齧って力を補うのだろう。


「こうやって試食しながら商談か。農産物、海産物は売り易いだろうな」

「ああ、胃袋に一撃だ。何よりも効くだろう」

「予約制で、希望すればその土地の産物を多く使ってもらえるんでしたよね。常に予約で一杯になりそうですけど」


 館の文官と商業ギルドのメンバーは、それから天幕の運営について話し始めた。


「概ね好評みたいですね。良かった」


 皆の様子を見ていたリンが、ポツンと言った。


「概ねどころか、夜に通う者も出ると思うが。もともとはリンのつまみで飲める場所が欲しいと始まった話だしな」

「しーっ。ライアン、それはあの場にいた五人しか知らない話なんですから」


 大市での販売促進という目的や、商談場所の提供と形を付けたが、それは後付けだ。

 つい酒が欲しくなる料理を見ても、もともとの目的がわかる気がする。

 だがそれは『火の温め石』が作られた理由と同じに、誰も知らないことだった。


いつもお読みいただき&お待ちいただき、ありがとうございます。

ブックマーク、ご感想、評価、誤字報告も、心から感謝をしております。

書き始めてから二年が経ちましたが、途切れながらも最後まで書こうと思えたのは、

読んでくださる皆様のおかげです。


繁忙期に入りまして、帰宅後二時間ぐらいしか意識が保てず、更新が遅くなりました。

一月中旬ぐらいまでそんな感じで、すこし更新が間遠になっております。

申し訳ございません。


新年までに更新できるかわからないので、少し早いですが、

穏やかなお年越しとなりますように祈っております。

日本は寒くなったと聞きました。どうぞ御身ご自愛ください。


今年は様々に不安の多い一年でしたが、書籍化というお話をいただいて、

それだけで気分がアップしました。(笑)

来年もより良い一年となるよう、無理をしない程度にがんばります。

どうぞよろしくお願いいたします。


@KuronekoParis でツイッターを始めました。

更新は多くありませんが、お話のこと、お茶のことなど呟いたりしております。

(食べたケーキのことが多いかも?)

合わせてよろしくお願いいたします。

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巴里の黒猫twitterでも更新などお知らせしています。


― 新着の感想 ―
[良い点] 動きだしました。天幕での話たのしみだなぁ。 出かけることもないから 勝手に百貨店でやる物産展のようなものと 数十年前に行った札幌のクリスマスイベ大通り公園のかな? あれを想像してます。…
[一言] お忙しいなか、更新ありがとうございます。 いつも楽しく読ませていただいております。 無理なくお身体に気をつけてくださいませ。 待てるので、本当に身体には気をつけて下さいね。
[一言] 書籍化ですか⁉︎嬉しいです。 次話が早く読みたいのは確かですが、作者様が気持ちよく執筆出来てこそ楽しい話が読めるのだと思っています。 疲れている時はゆっくりして下さいね。
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