Fruitful Forest / 実り多き森
おまたせを致しました。
昨夜のスープとパンで朝食を済ませ、リンはブーツに足を入れた。
今朝はローロとシロと一緒に、ヴァルスミアの森に入る予定だ。
夜露の残る森を歩きまわるので、街用の靴では用をなさない。ドレスも森へ行くためのもので、ヒラヒラとした飾りも少なく、前に長いエプロンを下げている。貴族用ではなく、平民用の恰好と言えばいいだろうか。
家で食べる分に、冬に向けての保管用はもちろんだけれど、大市で出すつまみやお菓子の材料として、何があるのか、自分の目で秋の恵みを確かめるつもりだ。
シロをお供にこれまでも森を自由に歩いていたけれど、今日は案内役としてローロがいる。
迎えにきたローロは、籠を背負った上に、弓も手に持っている。腰に差したナイフはリンの物よりも大きい。
「まず聖域だよね。……リンさん、今日はあちこち触ったらダメだからね。実がなっていても口に入れないこと」
「うんうん。皆に言われたよ。何度も何度も」
リンは遠くを眺めた。
それこそライアンだけでなく、アマンドにもブルダルーにも、念を押されて来たのだ。
「危ないものもあるからね。約束だよ」
「……もう。私より背が高くなったと思って、お兄ちゃんみたいに」
「背は関係ないでしょ!?」
食事事情が良くなったからなのか、そういう年頃なのか、この春からローロの背がぐんっと伸びた。
リンと同じぐらいの背丈だったのが、もう頭一つ飛び出ている。顔立ちもすっきりとして、大人っぽくなってきた。
背丈だけではなく、恰好を見ても、もう一人前のハンターだ。
出会った頃には、あまりしゃべってもらえず、笑顔もなかったローロを知っているだけに、リンはその成長を喜んだ。
「少しだけ待っていて」
ローロを待たせたまま、リンは聖域に足を踏み入れた。
シロは森に入った瞬間から、とっくに道から外れて自由に歩き回っている。
「ドルー、ただいま帰りました。今日は採集をさせていただきます」
どっしりと聳え立つオークに向かって、ペコリと頭を下げる。
ドルーの姿はなかったが、ヴァルスミアに帰ってきたな、という気持ちが湧きあがる。久しぶりの聖域に、リンの口角が上がった。
ドルーに挨拶を済ませたら、さっそく採集に向かう。
ここからはローロが頼りだ。
「どこから見るのがいいかな。果実ときのこだよね」
「木の実もあったら嬉しいかな」
「木の実か……」
ローロが考え込んだ。
「ないことはないんだけど、収穫できるのは、大市が始まってからになる。木の場所だけ、見に行ってもいいけど……。あと、食べ物がない時には食べるけど、苦くって美味しくないものも多いんだよ」
「そうなんだ」
「今だったら、ベリーときのこは、たくさんあるよ。あと、この奥のウェイ川沿いに、りんご」
「ハンティング・シーズンでしょ? 奥に行ってもいいの?」
「うん。川沿いを行けば平気。子供も行くしね、ハンターもその辺りは気を付けてるよ。それに人が採集に入る辺りには、獲物だって夜じゃないと出てこない。……じゃあ、鼻と口を覆って」
二人とも首に布を巻いてきた。リンはスカーフだが、ローロのそれは、厨房で使うチーズクロスだ。
それで顔の下半分を隠すようにして、頭の後ろで結ぶ。だいぶアヤシイ恰好だ。
「ここからは道を外れて歩くから、これがあった方がいいんだ」
ローロの声がくぐもって聞こえる。
上と下、両方をキョロキョロと見ながら先を歩くローロが、ピタリと止まった。
「これだよ。見て」
灌木の下を覗くと、土の上に薄茶色の笠をしたきのこが、ポコポコと生えている。
コロンと丸い笠をした、椎茸とマッシュルームの間ぐらいの感じのきのこだ。
「食べられる?」
「ええと、こっちは柄の部分が白いでしょ? こっちは少しオレンジ。白は食べられるスプルース茸。オレンジは食べられない」
「え! これ、同じきのこに見えるけど」
「うん。両方ともスプルースの木の下に生えているし、間違え易いけど、気を付けないとダメなんだ」
そう言われてよく見れば、灌木だと思ったのはスプルースの若木だ。
「ちょっと離れていて」
ローロが手に持った弓で、オレンジの柄のきのこをポンポンとつついた。
黄色の煙がパァっと舞い上がる。
「すごいね。胞子?」
「うん。これも毒なんだ。吸い込めば咳がしばらく止まらなかったり、息が苦しくなったり。歩いていて、気づかないうちに蹴飛ばすこともあるから、雪が降るぐらいまでは鼻と口を覆って歩いたほうがいいんだよ。背の高いハンターはしないことも多いけど……」
チラッとローロに見下ろされたが、リンが子供サイズなのはわかっている。
ローロはもう一度つついて、胞子がでないことを確かめると、両方のきのこを摘んだ。
「裏側も違う。スプルース茸はスポンジみたいでしょ。ダメなのはヒダがある」
比べて見せながら、葉や土のついた石づき部分をナイフで切り取り、リンの籠にいれて笑った。
「きのこを摘むなら、朝早くがいいよ。露が落ちてからだと、ぬかるんで歩きにくいし、手もドロドロになる。今日はまだ、だれも来てないみたいだから摘みやすいし、きっとたくさん見つかるよ」
たくさん見つかる、その言葉にリンは奮起した。
スプルース茸、ふんわりと丸い帽子茸、術師の薬になる真っ赤な炎茸、と、教えてもらいながら、一つずつ特徴を覚える。これはスープに入れる、これは胃が痛くなる、そっちはお酒を飲む時は悪酔いする、と、ローロはさすがに詳しい。
「なんか、食べられないの多いね。見た目はおいしそうなのに」
手に持った栗色のきのこはシイタケそっくりだが、食べると嘔吐や痙攣の症状がでるそうだ。
「うん。でも、ヴァルスミアには手に持つだけで危ないのはないから……」
「そんなのもあるの!?」
「あるよー」
リンは慌てて、手にもったシイタケもどきを、ポイっと捨てた。
教わっていないものは、触らないに限る。
何度も、触るな、と、皆から言われたことが、ようやく身に染みて来た。
去年よく見つかった、という場所では、初心者のリンにも見つけるのは難しくなかった。
籠を地面に置き、その右と左、二人で手分けして進んでいく。
繁みの影や草の下を覗き込み、エプロンの端を摘まんで袋状にして、きのこをほうり込む。エプロンが一杯になると、籠に入れにいく、という繰り返しだ。
籠を覗けば、黒、白、茶に黄色といったきのこに交じって、赤も多い。赤は全部ローロが入れたものだろう。
「ねえ、炎茸はそんなにいらないよ。私もライアンも十分持っているし」
「リンさんが要らない分は、ギルドで売るよ。夏から秋は、常に採集依頼が出ているから」
「常に……」
見つけると喜んで摘んでいるので、いい金額で売れるのだろうが、リンは涙を流しながら炎茸をほおばる火の術師をそっと思いやった。
サラマンダーに少し手加減してやって欲しい、と、思うばかりだ。
探し始めてから一刻と少し、だいぶ集まった。
そろそろリンゴ狩りに行こう、と、ウェイ川のほとりを遡り始めてしばらくすると、シロがいた。
シロ、と二人で呼ぶが、穴掘りに夢中になっていて、振り向きもしない。
「あっ!」
ローロが声を上げ、シロの元へと走った。
側にしゃがみ、シロの鼻を押しやるようにしている。
押しやられたシロは不満そうだが、その手を避けて、また鼻を穴に突っ込もうとしている。
「リンさん、これ見て! 見つけにくいけど、すっごく高いきのこ!」
ローロの声が弾んでいる。
覗き込むと、ゴツゴツとした黒っぽい銀貨ぐらいの塊があった。
ローロが周囲の土をどけ、リンの手に載せてくれる。
「ん~、トリュフみたいなものなのかな?」
「リンさんの国にもあった? もう少しすると地面にでてくるようになるんだけど。名前はね」
カプリ。
ローロの手を掻い潜ったシロが、リンの手からきのこを奪い取った。
「「あーっ!」」
モグモグと口を動かすシロを、二人でじっと見つめた。
「……名前はね、ボアダンス。フォレスト・ボアが掘り返して食べるぐらい美味しいらしいんだけど、シロも好物みたいだね」
「高級食材を……」
シロの前足の先も、鼻先も汚れて真っ黒だ。
ボアダンス食べ放題をしていたに違いない。
食べ終わったシロは、まだ鼻先を地につけ、ふらふら、くるくると嗅ぎまわっている。
ダンスにはとても見えないけれど。
今度こそ、シロより先に取り上げてみせる、と、リンは決意した。
「もう少ししたら、この辺りにもっと大きいのがたくさん生えてくるよ。この場所は知らなかったな」
ローロが周囲をキョロキョロと見回し、真面目な顔で言った。
「ボアダンスはね、オークとか、ヘイゼルとか、木の実が落ちる木の下に多いんだよ。でね、リンさん、コレの生える場所は、誰にも内緒だよ。競争がすごいんだ」
香りのいい大きい物になると、砂糖と同じぐらい高く買ってもらえるという。
リンはコクコクとうなずいて決めた。
季節になったら、シロを連れて聖域に行こう。
聖域なら、ライアンとシロしか競争相手がいない。
ボアダンス、取り放題だ、と。





