Elementalcraft of Earth / 土の術
ヴァルスミアに戻った翌日、リンは家の厨房で紅茶を立ち飲みしながら、かまどでカリカリに焼いたかぼちゃのチップスをつまんでいた。シナモン・シュガー風味で、ついつい余計に手が伸びる。
普段なら見つかれば苦笑され居間に追い出されるが、今日は誰もが慌ただしく片付けをしているだろう。
リンも先程までブルダルーを手伝い、厨房脇のパントリーに保存瓶を並べていた。
驚いたことに、家に戻ったら厨房が明るくなっていた。
夏の間に暖炉と煙突の掃除が入ったらしいが、そのついでに壁土が塗りなおされ、より白くなった。
住み始めた時に手を入れなかったから、ということだが、厨房やパントリーに棚板も新しく取り付けられ、リンにも手が届きやすくなっているのが嬉しい。
「ふふふっ」
新しく窓の下に据えられた戸棚の上にハーブの鉢植えを並べてみたが、なかなかいい感じで自然に笑みがこぼれた。
「リン、支度は良いか」
階下からライアンの声がして、リンはカップを置き、ネイビーブルーの賢者見習いのマントを翻した。
「はあい。今、下ります」
これからヴァルスミアを回り、住居や工房などの建物の確認と手配をする。
場所ができなければ内装も整えられないし、早くしなければボーロ達職人が到着してしまう。
いつもなら大工に任せるが、今回ばかりは土の術を使うことになる。
リンも賢者見習いとして出かけるのだ。
大市前の準備がより忙しくなってしまったことに対して、当事者意識もある。
おかしい。気を付けていたのに、と、何度も思ったが、周囲の者が何でもないという顔で ――何名かはイキイキとして―― 即座に対応してくれたのが心強く、ほっとした。
「リン、昨日の今日だ。休んでいてもいいのだぞ」
「え! 行きますよ。私も新しい場所を見たいですし」
二人で裏庭側の扉を出て、まずクグロフ達の工房の方へ向かう。
森のハズレ、今ではスペステラ村に向かう小道ができている側に『アルドラの塔』がある。
近くにクグロフ達の家も建っているのだが、その並びに新たにいくつもの家ができていた。街中の家と違い、白壁に茅葺き屋根の家である。
塔の前には人垣ができていた。シムネルに、館で顔を見たことのある文官、同じく顔見知りのハンター、ここを建てたであろう大工の顔が見える。春に急ぎでスペステラ村の家を建ててくれた人達だ。土の術師のマントを羽織った者達もいる。
「ブリーニ、其方まで来たのか」
驚いたことに、黄色のマントを羽織った者の一人はウィスタントンの精霊術師ギルド、ギルド長のブリーニだった。
「ライアン様が土の術を使われるかもと、シルフが教えてくれましてな。それなら見学をせねば、と。アルドラ様の時は、見逃して悔しい思いを致しましたから」
ライアンは恐らくシルフを飛ばした犯人である、シムネルをチラリと見た。
「まあ、良い。それなら手伝ってもらおうか」
うなずいて早速ライアンは、文官達と話し始めた。
大工やハンター達も散開して、今も建てられている家の建設に向かったようだ。あちらこちらから、木を切る音や、息を合わせる掛け声が聞こえてくる。
リンは新しく建った家を覗き込みながら、声のする方に近づいた。
「ほいよ」
「あいよ」
「ほいよ」
「あいよ」
どうやら屋根を仕上げているところらしく、屋根の上に数人の男が座っている。下には藁のような植物を一抱えに束ねたものが積み上がっていた。束は下から屋根の上に投げ上げられて、葺かれていく。
茅葺き屋根が葺かれるのを見るのは初めてで、リンは興味深く眺めていたが、下で投げ上げていた男の一人が席を外した。
「手伝いますねー」
リンは屋根の上に声をかけて、束を一つ抱えると、投げ上げた。
「ほいよー!」
「あい……」
掛け声だけは勢いが良かったのだが。
投げ上げた束は屋根の端に引っかかったものの、すべり落ちた。
「む。けっこう難しい? 簡単そうだったのに」
「リン様、大丈夫ですから、置いといてくだせえ」
落ちた束を拾い上げると、上から声が降ってきた。
「大丈夫です。ちゃんと届けます!」
リンだって、もうやり方をわかっている。
「……私が、じゃないけどね。グノーム、これを上にお願い。ほいよ!」
今度はきれいな山を描いて、男の手元まで飛んだ。
「あ、あいよぉっ?」
驚きに目を丸くした男を、ふふふん、と見上げた。
「ほいよ!」
「あいよ!」
「ほいよ!」
「……リン、始めるぞ。何をやっているかと思えば」
ライアンがリンを探してやってきた。
「お手伝いをしていたんですよ。今、行きます」
「ああ。リン、精霊術を使うなら、時間の短縮を考えるのだ」
戻る前にライアンはグノームに指示すると、その場にあったすべての束が浮き上がり、屋根の上に飛んだ。
「「「「あいよぅ?」」」」
降ってくる声を聞きながら、リンは口をポカンと開けて、先に歩くライアンの背中を見つめた。
「結局、『南東の塔』の一つをここに動かすことにした」
「空いている塔があったんですか?」
「いや、空けてもらっている。ここからも近く、動かすのが一番簡単だった」
南東は現在の街道から外れて、城門としては使われていないようで、『森の塔』のように片側があれば物見にも十分らしい。
国境に接する北側の門では、そうはいかなかっただろうが。
「そこをガラス工房に?」
「そうだな。金細工とガラス職人か。主に留学してくる職人と、大市の期間に来る職人の工房にするつもりだ」
「クグロフが使う塔の上階にあるタペストリー工房を街の中に移して、そこにブリンツのボスク工房を入れる」
「へえ。『ボスク工房』を集めるんですね」
「ああ。何年か先には『ボスクの塔』と呼ばれることになるだろうな」
木工の工房は扱う物に重量があるので、塔ではなく、新しい家が工房も兼ねるらしい。タペストリー工房は、オグが結婚前に住んでいた家が当てられるそうだ。
「オグさんの所へエクレールさんが移ったんだと思っていました」
「いや、場所はオグの所がギルドに近いんだが、エクレールの家の方が広いらしい。エクレールの家族の家で思い入れもあるんだろう。領地に戻ったら引っ越すと言っていたからな」
「ん? つまりオグさんが戻ってきた時は、家が引っ越していると?」
「そうなるな」
オグの驚く顔を想像して、リンはニンマリとした。
リンはエクレールの手伝いに行かなくては、と、思った。ハンターが喜んで引っ越しに借り出されていくのだろうけれど。
『南東』の塔の前に着いた。
二塔の両脇に城壁が続き、その間には門があるゲートハウスだ。
『アルドラの塔』が南に押し出されたのだから、確かに一番近い塔になるのだが。
城壁の外側に回り、塔を見上げた。
「ライアン、でもこれ、動かしたら……」
「ああ。だから、リン、落ちないように支えてくれ」
「え!」
「王都でもやったから、大丈夫だろう? 今度は投げ飛ばさなくていいぞ。ブリーニ、其方は……」
「王都でも投げ飛ばしませんでしたよ!」
リンはブリーニに指示を出すライアンの背中に叫んだ。
「さて、準備はいいか?」
今回は土の術師の出番である。
術師がゲートハウスの前に一列に並んだ。
ブリーニと土の術師達は、動かされる塔の脇の城壁を崩れないように支える。リンは、二塔の間をつなぐ石組みと門が落ちてこないように支える。ライアンがその間に、一つの塔を『アルドラの塔』近くへ動かすのだ。
反対側の塔に勤める騎士達も安全のために外に出て、土の術師の後ろに並んだ。
城壁の内側にも、何が起こるのかと見に来た人がいて、騎士が危なくない位置まで下げている。
「大丈夫です」
「こちらも皆、準備できております」
「では、行くぞ。支えてくれ」
ライアンの号令で、土の術師達が指輪やペンダントになっているグノームの加護石を握りしめた。
「「「グノームよ、大地の御業をこの手にお貸し下さい。オブセクロ インデュレスコ セルヴァーレ ムーリ」」」
リンはしゃがみんで、足元にいるグノームを抱き上げた。
「ボクモ」
サラマンダーまでリンの腕に飛び乗ってくる。
「サラマンダー、待って。今は、邪魔しちゃダメよ」
横に立つライアンは眉を寄せると、リンのサラマンダーを摘まみ上げ、放り投げた。
シルフがサラマンダーを追いかけていく。
「キャー」
楽しそうな声を上げて、サラマンダーが宙を舞った。
「あれは、またやってくれって言われますよ……」
ライアンは何も言わず、リンに向けて、やれ、というように顎をしゃくった。
「はいはい。グノーム、お願い、塔の間の石が落ちてこないように支えてね」
小声でつぶやくと、グノームがリンを見上げてコクリとうなずいた。
「グノーム、我の声を石に大地に響かせよ。デキストラ トゥエリス モエヴェリ」
ライアンの声と同時に塔が揺れた。
ギィッと軋む音がして、パラパラと小石が上から落ちてくる。
リンの首の後ろも突然、ひんやりとし始めた。塔が離れたのだ。
「トゥルデーレ」
ズンと低い音を響かせ、塔がずれ始めた。
うおぉ、という歓声が上がる。土の術師達は細かくグノームに指示をして、壁の端が落ちないように、固めているようだ。
「シルフ、グノーム、スペルナーテ。トゥルデーレ」
石でできた重い塔がふわりと浮き上がった。
目の前の光景は信じられないが事実で、フローティング・タワーはぐるりと回転して、そのまま『アルドラの塔』の方へと飛んでいく。
手を叩いて歓声を上げる者がいれば、目と口をポカンと開いて見送る者もいる。子供達は塔の後を追いかけ始めた。
「『ライアンの塔』の出来上がりですね」
ライアンにジロリと見降ろされたが、そう呼ばれることは間違いないだろう。
あらかじめ決めてあった場所に塔を下ろし固めると、ライアンは確認をして早足で戻ってきた。
途端にリンの負担が軽くなった。ライアンが力を貸し始めたのだろう。
「これはどうするんです?」
「使う場所が決まっているので、このまま運ぶぞ」
「えっ!」
その後、ライアンにグノーム・コラジェの根を齧らされながら、リンは石を浮き上がらせたまま、ヴァルスミアの街を通り抜けることになった。
次のために砂糖漬けの根を用意しておこう、と、リンは心に決める。
城壁に使う巨石を頭上に浮かせて歩く賢者達の噂は、シルフの力を借りなくてもあっという間にヴァルスミアを駆け巡り、あざやかに賢者の帰領を告げたのだった。
Elementalcraftという英単語はないと思いますが、witchcraft(魔女の術、魔術)があるので、まあいいかな、と。





