Celestial stone / 神々しい石
建国祭が終わったら、周囲が慌ただしく帰領準備をし始めた。
来た時も大荷物だと思ったが、戻りはそれ以上に増えている。食材もそうで、リンは料理人達と一緒に、第三厨房脇のパントリーで確認をしていた。
「リン嬢ちゃま、こっちの棚は詰めてしまうが、かまわないかの?」
「ええ。試食で使うのはこの箱ぐらいで済むので」
「……ずいぶんと少ないが、足りるかの?」
「試食会では、種類も少なくして、あともう少し欲しいってとこで止めるんです」
リンはニンマリとした。
「ほほう」
「昼の商談にも、夜の飲みにも場所が使えますよっていうのをお知らせして、各地に十分準備してもらうための試食会ですからね。この後はぜひ大市でお楽しみをって、ヴァルスミアに来てもらわないと」
「……それで菓子も出さないんですかのう」
「お菓子はご領主様達だけ先に試食したら、家で喧嘩になりますもん。たくさん新作を考えてますから、奥様、お嬢様もぜひご一緒にってお誘いするだけにします」
そこへ執務が終わったらしいライアンが顔を出した。
「リン、そろそろ行けるぞ。ああ、精霊道具の登録も、完了したと連絡が来た」
「ほんとですか? じゃあ、秋からの販売に加えられますね」
話しているのは、この夏リンが食器を洗った「噴水洗浄の精霊道具」である。追記の使用方法として「温め石」で温水にすると汚れ落ちが良く、「浄化石」を最後に使うこともできる、と、書かれたことで、術師ギルドが騒然となった道具だ。
「……恐らくこれは、数はそんなに出ないと思われる」
「便利ですし、だいぶ助かったんですけどねえ」
ブルダルー達に、また後で、と手を挙げると、リンは話しながら歩き始めた。
「使う場所は領地の館などに限られるだろう。街の店では忙しい時は、ハンター見習いが皿洗いで小遣い稼ぎをしているし」
「そういえば、春の大市では子供達がテーブルの片づけをしてましたね。……うーん。家で一度使ってもらえれば、良さがわかってもらえるんですけど」
リンは天幕と家に、皿洗い機を設置する気でいる。
家では自分でオンディーヌにお願いすればいいのだが、精霊道具になっていれば、リン以外でも使えるのだ。
「ウィスタントンの天幕で見た者には好評だったから、買うかもしれないが」
「……オグさんに売りつけようかな。エクレールさんの手が荒れませんよ、とか言って」
「それは即買いだろう」
いたずらっぽく笑みをこぼしたリンに、ライアンも笑って言った。
森に入り、建国のオークが近づくにつれ、空気が澄んでいくように感じる。
リンは大きく伸びをし、深呼吸した。
「森林浴って癒されるって言いますけど、聖域とかここは、本当に特別」
「森林ヨク? ヨクとはどういう意味で言っている?」
「あ、ええと、入浴と同じ感じですね。森の色を楽しみ、風が木の葉を揺らす音や鳥の声、川のせせらぎを聞く。そして大地と草木の香りを、清浄な空気と一緒に胸いっぱいに吸い込んで、心も身体もリフレッシュすることを言うんです」
「ほう」
「誰もが森の横には住めませんから、そういう人はわざわざ出かけて、五感を働かせて楽しみ、心身の疲れを癒すんですよ」
「……森は常に側にあって、そういう効果を考えたことはなかったな」
建国の大樹の前に立ち、リンとライアンはペコリと頭を下げた。
リンが言った通り、川のせせらぎや風の音も、鳥の声や虫の音も、森の色や香りもすべてがここにあった。
ここに来たのは、マチェドニアとの取引で使う『神々しい石』作成のためだ。
ライアンが腰の袋からフォルト石を出して、リンに渡した。
「リン、石だが『神々しい石』の半分ぐらいの大きさにしてくれ」
「え? いいんですか?」
そんなに小さくて足りるのだろうか。
「ああ。ロクムに聞いたら、大きすぎても扱いが難しいらしい」
「ん? なんでロクムさん?」
「マチェドニアの代理でアレを金銭化するのを、クナーファが引き受けている」
「へえ……。さすが大商会ですねえ」
「ああ。なので小さめのを数個渡すことになった」
ライアンがうなずいた。
クナーファは資金力を見れば、その辺の国家など到底敵わない。もっと言えば、その規模も情報力に統制力、決断力も一流だ。
実際、手に入れた宝玉を売らずに、クナーファが保持するのではないか、と、ライアンは思っている。
「ちょっと考えてたんですけど、普通に『水の石』を渡していいんでしょうか」
「ああ。魔法陣を入れずに宝玉として出すから問題ないが」
「うーん。石が渡った先に、もし加護持ちがいたら、水を出せませんか?」
「……精霊術師がいるという事か? いや、術師は国の管理だ。国外居住の際には、加護石も置いていく」
前にもその説明は聞いたことがある。
「いや、そういう事ではなくてですね。えーと」
リンはどう説明しようか、少し考えた。
「この石はマチェドニアに行くのではないですけど、ほら、マチェドニアにはトントゥがいて、ガルシュカの山で迷うと助けてくれるって言うじゃないですか。エストーラにもいたし。だったら、フォルテリアスの精霊術師ではなくて、この石がたどり着いた先に、私達の知らない水の加護持ちがいて、その人が何かの拍子に水を出しちゃったりしないのかなって」
今度はライアンが考え込んだ。
「加護持ちがいるということはありえる。実際、クグロフ達がそうだろう。だが、他国で加護石のような物があり、精霊の力を使うというのは聞いたことがない。加護石なしで力を使うのは、身体の負担が大きすぎて無理だろう」
「なんか精霊が気に入って、力を使えたりとかないのかな。クグロフさんとか、絶対助けてもらってる気がするんですよね」
「それと力を意図して使うのは別物だ」
ライアンがチロリとリンを見た。
ここに加護石も古語もすっとばして力を使える、精霊に気に入られている見習いがいる。
「リン、自分を基準に考えてはダメだ。自分は例外だらけだと思った方がいい」
「えー、例外だらけって、もっと他に言い方が……。まあ、確かにそうかもしれませんけど」
口を尖らせ、ブツブツといいながらリンは湧き出る泉の側にしゃがみ込んだ。
「じゃあ、普通に『水の石』にしますよ」
「ああ。『水の石』は国外に出すことも多いし、万が一、水の加護持ちが触っても、水ならば大きな問題となりにくい」
「そうですね。『火の石』なら大惨事になりそうだけど」
パチン! と、リンのつぶやきにサラマンダーが抗議した。
「あ、痛っ! ごめん、サラマンダー。わかったから」
サラマンダーをくすぐり、ヒャヒャヒャと笑わせて機嫌を取ってから、リンはフォルト石を湧き水に落とすと、オンディーヌに水の力を願った。
xx 書籍化について、たくさんのお祝いのコメント、ありがとうございました! 報告の方も合わせて嬉しく読んでいます。xx
ちょっとライアンと頭の中で食い違いがあって、遅くなりました。
最近書いたこと(主に食べたものとか)を良く忘れるので、さっと書き出してみたんです。
リン、食べてばっかり!(笑) 私、お腹空いていたんだなあって。





