休憩:夜空に咲く花
ちょっと時間が戻って、前夜祭の王都の街の中です。
(一オークの単位は長さ約30cm)
建国前夜祭、空は暮れ始めていた。
いつもなら多くの店や工房は覆い戸を下す時刻だが、今夜はあちこちの扉や窓は開け放たれたままで、中からこぼれる光で王都がいつも以上に明るい気がする。
毎年恒例である、大賢者の火が街を巡る時間が間もなくとあって人出もすごく、どこか興奮したような雰囲気がある。
オグは離宮に向かう前に、ボーロの工房へ顔をだすつもりで寮をでた。
屋台を巡って前夜祭を楽しむつもりのハンターと術師見習い達と一緒に、『水の広場』まで来た。
「いいな。火が巡るのを見たら、遅くならずに戻れよ。危ない所には近づくなよ」
「はーい。いってきます」
オグが声をかけると、揃っていい返事をして離れていく。
術師見習いは王都で迎える建国祭に慣れているから、大丈夫だろう。
ボーロの工房はさすがに火を落としていた。
戸口は大きく開けたままで、風がよく通って籠った熱気はない。
「ボーロ」
オグは人の気配がある奥の休憩所に向かって声をかけた。
「おう、こっちだ。入って来いよ。今から行くのか?」
「ああ。ベニエは?」
「そこの広場にベニエの友達の店があるんだよ。毎年そこで天馬が通るのを見るんだが、今年はライアン様にリン様、それにドルー様までも王都にいらしているって話が広まったろ? いつも以上の賑わいらしくてな。給仕の手伝いに行ってるよ。俺もあとで合流だ」
ライアンの来都に、新しい賢者見習いの誕生。その見習いの活躍と危機に、現れたドルーの加護。
今年は本当に話題に事欠かない。
半分ぐらいは話が大きくなっている気もするが、そんなに間違いでもないとオグは思っていた。
「そうか。ボーロ、これだ。持ってきたぜ」
オグは抱えていた木箱をテーブルの上に出した。
隠して持ち帰るのは難しいから、飲み会の当日に持ってきて欲しいとリンに頼まれた砂時計が中に入っている。
砂時計のガラス部分を仕上げてから、ボーロは完成品をまだ見ていないのだ。
「おおーっ」
声を上げると、近くに乾されていた布をつかみ、布の上から砂時計を取り上げた。
「こりゃあ、見事なもんだ。キリコでも思ったが、いかにもエストーラ細工らしい優美さじゃねえか」
「ああ。素晴らしいだろう」
「ほお。こうなっているのか。なるほどねえ」
ボーロはガラス部分を揺らして確かめ、しきりに感心している。
しばらく表からも裏からも砂時計を眺めていたボーロが、ポンと腿を叩いた。
「そうだ。頼みがあるんだった。ちょうどいい」
ちょっと待っててくれよと言いながらボーロは部屋を出ていき、一抱えもある大きな袋を引きずるように戻ってきた。
「これをまた砂時計用に整えてくんねえか?」
「『氷石』じゃねえか。もうそんなに作ったのか?」
ヴァルスミアに行く前にも頼まれて、砂時計用の砂にしたばかりだ。
「こっちでもすり潰してやってみたんだがな。でかい砂時計になると、少し長かったり、角があったりすると引っかかって流れづらいことがあるみたいでよ」
「おい。どれだけでかいのを作ったんだよ」
ボーロはニヤリと笑うと、壁際に据えられた天井近くまである大きな保管庫に近づいた。
背を向けているボーロに隠れて手元は見えないが、腰に下げた鍵の束を外して、カチリ、カチリと二回音をたてている。両開きの扉を開くと、棚にいくつもの木箱が並んでいるのが見えた。
「ここから下が砂時計でな」
示されたのは保管庫のほとんどすべてだ。上の方には紙らしきものも束ねてあるが、それ以外はすべて砂時計らしい。
「外に出しとくわけにもいかねえから、ここにすべて入れてるんだけどよ」
木箱には一分、二分、三分、半刻、一刻などと書いた紙が貼りつけられている。
「これができている物で、一番でかいのだな」
棚の下の方からボーロが取り出したのを見て、オグはあんぐりと口を開けた。
直径は一オークより少し小さい程度で、高さが一オーク半以上はあるだろうか。転がらないように布を敷いたテーブルの上に置かれたが、ドンと重い音がする。
「これが四刻だ。この砂を入れ替えたいんだよ」
「おい、なんだこの大きさは」
「いや、いつ注文があってもいいように、数も作ってるんだけどよ。一刻のやつを作ってな。そしたらどこまで大きくできるか試してみてえじゃねえか。だが、これ以上だと、重すぎて実用的じゃねえかもなあ」
ボーロはガハハと口を開けて笑っている。
「しょうがねえなあ。丸粒にすりゃあいいんだろ」
そう言いながらも、先を考え、取り組んでいる友人に感謝をして、オグは袋を覗きこんだ。
そろそろ行くか、と、オグは工房を閉めるボーロと外へ出た。
工房近くの『風の広場』まで一緒に行こうと並んで歩く。
大賢者が火の天馬を巡らせる順は毎年決まっていて、王宮の方からやってくると『水の広場』から始まり、土、火、風と巡って、最後に中央にある『オークの広場』で終わる。風に到着するのは最後の方だ。水の広場の方向から、うぉーっという声が聞こえて来た頃に出ていっても、十分間に合う。
広場近くまで来た時、大きなどよめきが聞こえた。それこそ街中、あちらこちらから。
「なんだ?」
見回すと、前方の広場で多くの人間が空を見上げている。
「順路が変わったのか?」
二人で顔を見合わせて、足を速めた。
「あっ」
「まただよー」
広場の人混みに紛れてすぐ、子供が空を指すのが見えた。
振り返ってみれば、小さな光が下から上へまっすぐな線を描くのが見え、上空で大きな花が咲いた。
うわーっという歓声がまた響いた。
「母さん、大きいお花が咲いてる!」
「賢者様が火を操っていらっしゃるのよ。きれいねえ」
隣に立つ母娘の声が聞こえてくる。
「おおっ。あんな火の術もあるのか?」
ボーロは、すげえなあ、と首を振りながら見上げている。
「今年、術師の研修修了披露の時、ライアンが空に花を咲かせたってのは聞いてたんだが」
また一つ、もう一つと続いて花が描かれる。
「ほお」
「今までライアンが作ったのを見たことがねえから、あれもリンじゃねえかなあ」
「そうかもしれねえなあ。……なあ、倒れられたばかりだろ? サラマンダーを使って、大丈夫なのか?」
「昨日も元気そうだったし、もう平気だと思うぞ」
オグはちょうどヴァルスミアから戻る途中でいなかったが、ボーロはリンが倒れたとの噂を聞き、心配して真っ先に寮に走ってきた一人だ。
「ならいいが。火はきちんと消し止めておかないと、身体の奥でくすぶり続けるからなあ。すぐに熱がぶり返す」
「大賢者もライアンも付いてるし、無理はさせねえと思うぜ」
そう話して、もう一度夜空を見上げた。
次々と大輪の花が咲き、小花が揺れ、キラキラと輝くようなのも出来ている。
「……おいおい、本当に大丈夫か?」
オグはつい、そう独りごちた。
そこに背後から歓声が近づいてきた。
天馬、不死鳥、狼が続いて広場に入り、皆の頭の直ぐ上を飛び始めた。
「今年は三匹だ!」
「すごいぞ!」
「大賢者様、賢者様、賢者見習い様の炎だぞ!」
「父さん、ワンちゃん、ワンちゃん」
「ダメだっ。見るだけ」
父親の肩の上の子供がシッポに触ろうと伸び上がり、親が慌てて膝を曲げる。
天には火花が開き、街を巡る炎がヒラヒラと揺れ、皆の顔を照らす。
夢中になって空を見上げ、すごい盛り上がりだ。
「ありゃあ、シロだな」
後ろにくっついて広場を一周する炎の狼に、またシロを作ってるのか、と、オグは一人笑った。
光の線がまた夜空に上がった。
ひと際大きな花が開いたと思えば、今度はオークの葉が生い茂る。
「おおーっ」
「オークの木だ……」
その葉がふわりと地上に、下で待つ者たちの元へと落ちてくる。
「ドルー様のご加護だっ!」
誰かが叫んだ。
「「「ドルー様!」」」
「「ありがとう」」
「「「ドルー様、ありがとー!」」」
街中が空に向かって感謝を叫ぶ。
明日は建国祭。
オークの木の精霊ドルーが、建国王とこの国に加護を与えた記念日である。
ライアンの誕生日2にちょっと手を入れました。(音がなかったので)
流れは全く変わってないので、読まなくても大丈夫です。
最近こんなのばかりですね。度々すみません。
あと、操作を誤って、いただいた感想を消してしまったかもしれません。
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その後探しても見つからないものですから……。
せっかくコメントを頂いたのに、本当に申し訳ございません。





