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Finisterra / フィニステラ

 最後は、フィニステラ領だった。

 過去に茶の栽培に取り組んだことのあるフィニステラは、リンが一番楽しみにしていた面会だ。

 借りていた栽培日記返却のために、会う約束だったのを一緒にして、長く時間を取った。

 

 アルドラと一緒に、フィニステラ領の一行が会議室に入ってきた。

 領主のサヴォア卿は、アルドラより少し若いぐらいだろうか。元は何色の髪だったのかわからないが、今は素敵なロマンスグレー。細身でスラリとした、渋いオジサマだ。

 挨拶をして、向かい合って腰を下ろした。


「リン様は見習いとなって、初めて精霊の姿をご覧になられたとか。精霊はいかがでございますかな」


 質問したサヴォア卿はアルドラの方にチラリと目をやっているので、何か聞いているのかもしれない。

 リンは少し考えてから答えた。


「……精霊とつき合うには、体力と素早さが要りますね」


 賢者見習いとして登録をして、一番の変化はそれだ。

 いたずらに、ケンカ。飛び回っているかと思えば、転がり落ちている。

 とにかく何をしでかすかわからない精霊に慌ててばかりで、目が離せない。ライアンには、そのうち気にならなくなると言われているが、その境地に至るには、まだまだかかりそうだ。

 必要な時にはアルドラの脇にすっと並ぶ精霊を見ながら、自分の側にいるサラマンダーの襟首を捕まえていると、ため息がこぼれる。とても同じ精霊には思えない。


「ハッハッハ。これは学生時代のライアン様と似たような事を」

「そうなんですか?」


 チラリとライアンを見る。リンと違って、幼い頃から精霊につき合ってきている。


「いや、確か、士官学院の訓練は厳しくないか、と聞いたのでしたな。そうしたら『人の動く速度は、精霊よりよほど遅い』と言われましたな」


 リンは大きくうなずいた。

 全くその通りだ。


「加護を受けたばかりの術師見習いに同じように尋ねると、ありがたく身が引き締まる思い、などと、答えることが多いのですが、賢者見習いの方は違うのですなあ」

「一つ二つ加護の者と違うのだろう。……精霊が集まると大抵小競り合いが起きている」


 ライアンはチラリと部屋の片隅に目をやって言う。

 どの精霊とは言わないが、いつものアイツだ。


「ライアンは精霊に甘いからねえ。……リンも、そうらしいけど」


 ニヤニヤとしているアルドラの言葉に首をすくめ、何十年後かもわからないが、精霊が後ろにピシっと並んでくれることを期待して、付き合っていこうと思う。


 軽く息をついたライアンが、さて、と、空気を換えて、秋の大市への事前打ち合わせを終えた。

 オリーブの収穫はこれからで、新しいオイルが出てくるのは、真冬か春の大市になるようだ。クナーファ商会に頼んで、搾れ次第ウィスタントンまで運ばせましょう、と、約束してくれた。


 ライアンの目配せで、シムネルが春から借りていた茶栽培の日記を、サヴォア卿の前に差し出した。

 

「リン様は、お国元で茶業に携わっていたとか」

「はい。私は茶畑で手伝ったこともありますが、買い付けと販売を行っておりました」

「そうですか。……私も、茶は領の主力産業になると思ったのだが、難しくてね」


 サヴォア卿はため息をつき、斜め後ろに立つ側近の一人を見遣った。

 どうやらその者が実際に茶栽培に取り組み、日記を書いた当時の担当者の一人らしい。

 申し訳なさそうな、悔しいというような、なんとも言えない微妙な表情を顔に出している。


「サヴォアは昔から儲け話に、鼻が利いたからねえ」


 アルドラがサヴォア卿をからかう。


「儲け話って。アルドラ、人聞きの悪い。せめて、領の経済の立て直し、と言っていただきたい」

「宰相だった頃から、商売が好きだったじゃないか」

「それも、国の経済の立て直し、です」

「国庫が潤うのが、何よりも楽しかったのだろう?」

「遣り甲斐があった、と、申しておきましょうか。元はと言えば、どなたかが戦争中に国境の砦を派手にぶち壊して、川の流れを変えたからで……」

「兵を押し返すのに、それが一番だったからねえ」


 旧知の二人は、楽しそうに言い合っている。

 この関係があるから、茶栽培をするなら、領としてできるだけ便宜を、とまで言ってくれたのだと思う。

 

「さて、リン殿はフィニステラでの、茶の栽培に興味があると聞いておりますが」


 サヴォア卿がリンに、まっすぐに聞いてきた。


「はい。野生の茶樹があるので、環境的には育つのではないかと思いまして」


 リンが答えると、サヴォア卿はうなずき、返却された日記を手に取った。


「私達もそう思って始めたのですが、難しくてね。この栽培記録から、なにか気づかれたことはありましたかな?」

「ご苦労をされて、いろいろ試されたのが見てとれたのですが、ただ……」


 リンはそこで、ためらった。


「どうぞ、言ってください」

「あの、一つの理由ではないと思いますが、土もその一因だと思います」

「土……?ですが、グノームに適した場所を探してもらい、整えたのですが」

「ええ。『新しい産物への村民の期待も高く、ユール・ログを燃やした後の灰や草木灰などを、皆が家から持ち寄った』と書いてありました」


 サヴォア卿が後ろの側近に発言を許すと、大きくうなずいて、口を開いた。


「はい。領の新規事業ですから、そこは念入りに。山を背負った隣国との境村で、村の生活は厳しかったのです。ですから生活が良くなるなら、と、村民が総出で、耕し、灰をまき、天の女神に豊作と成功を祈ったものです。それでもうまく行かず、それはもう……」


 思い出したのか、側近は言葉につまった。

 日記を見ても、その後も、オリーブと比べて生育の良くない茶樹に、なんとかしようとがんばっていた。

 それこそ必死に。

 がんばり過ぎちゃったのだ。


「ええと、ユール・ログの切り出しや冬至の祝祭を見た後だと、申し上げにくいのですが、実は茶樹は、他の多くの野菜と違うのです。野菜に適したやり方をすると、茶樹に適していない土壌になるかと思います。『茶畑の跡地は、野菜が育ちにくい』と言われるぐらいなので」

「なんと……!それが誠でしたら、良かれと思って、全く逆のことをやっていたのか!」


 担当した側近は目を見開き、愕然とし、頭を抱えた。


「もちろん、他の要因もあったと思いますよ?雨が極端に少ない年もあったようですし」

「オリーブには他国から農園従事者を呼べたのですが、茶の方は、ちょうど大陸の東で大きな戦争が始まって、生産国から人を呼べなかったのです。……これは痛かったですね」


 サヴォア卿も苦笑した。


「あの、グノームは伝えなかったのでしょうか?」


 リンは不思議そうな顔をして、目の前のテーブルにちょこんと座っているグノームを見た。

 ダメだ、と、言いそうなものなのに。


「最初の時は、土地を選んでもらったのですが」


 サヴォア卿が言うと、側で聞いていたライアンが口を挟んだ。


「リン、術師で、ドルー以外の精霊の声が聞こえるのは、賢者だけだ」

「えぇっ!そうなんですか?」

「ああ」

「他の術師は精霊に力を借りるが、対話して情報を得るのは難しい」


 ライアンが「精霊がこう言っている」と、伝えるから、術師は皆が聞こえるものだと思っていた。

 リンは思わず、お腹のところに座っているサラマンダーを、しゃべってくれないかな、と、見下ろす。サラマンダーは見上げて、口を開いているようだが、リンには聞こえなかった。


「んー、やっぱり聞こえないですね」


 残念そうに言うリンに、ライアンが鬱陶しそうな顔をして言う。


「聞こえたらがっかりするぐらい、大したことは言っていないぞ?」

「でも、話してくれているなら、聞きたいじゃないですか」

「アイスクリームはいつ、くれるのか、と」

「……本当に大した事なかったですね」


 アルドラがその様子を見て言った。


「リンは精霊の姿が見えるようになった。声もそのうち聞こえるようになるかもしれないだろう?」

「だったら嬉しいですね」

「……見える以上に、聞こえると煩わしく感じると思うぞ」


 ライアンがぶすっとした声で言う。

 それに、ふふふっと笑っていると、前に座るサヴォア卿がこちらをほほ笑んで見ている。


「あ、すみません。話が脱線しました」

「いえ。賢者と賢者見習いが三名揃うと言うのは、いや、思ってもみなかったのでね」


 そう言うとサヴォア卿はふっと表情を変え、軽くため息をついた。


「しかし、結果として、我々は茶産業を一度あきらめてしまった。領から援助を数年入れておりましたが、村の経済も成り立たなかったので」

「今、そちらの村では何を?」

「見事なオリーブ農園となっております」

「それでは、茶畑には戻せぬな」


 ライアンが口を挟むと、サヴォア卿もうなずいた。


「以前のように葉物野菜の畑だったら、良かったのですが。そうでなくても、一度失敗をしておりますから、また再度というのは、なかなか……」

「島でやってみればいいよ」


 全員がアルドラの方を向いた。


「土地は十分すぎる程、空いているさね。最初は試しで、少しからやればいい。今度はリンもいるし、他にも指導ができそうな人間も呼べるかもしれないしね」


 アルドラが言うと、ライアンもうなずいた。


「今年は、マチェドニアの皇族が来ていますからね。話も早いでしょう」


 リンを見て、アルドラがにっこりと笑った。


「それでね、リンも、島に住んだらいいよ」

「えっ」

「アルドラ、またですか。茶飲み仲間が欲しいのはわかりますが、リンを引き抜かないでください」


 ライアンが即座に言い返す。


「茶畑の様子を見たいんじゃないかい?島はいいよ。冬も暖かいし、のんびりとして。ねえ、サヴォア」


 サヴォア卿もアルドラの言葉を受け、口の端を上げて、うなずいた。


「そうですね。フィニステラは名前の通り、国の南東の端にあります。暖かく、海があり、領民ものんびりとしていますよ。……そうですね。いきなり知らない場所に住むというのもアレですし、秋の大市に戻られる前に、島を訪れてみてはいかがですか」

「島を?」

「ええ。ご自身の目で土地を見てはいかがかと。王都まで来たなら、すでに半分の道のりを来たと同じですから。アルドラの島は、小さな山に、林と丘陵。美しく、静かです。農地に向いた平地もある。海に落ちる夕陽はすばらしいものがあります」


 リンは自分では決めかねて、ライアンを見た。

 簡単に電車や飛行機で移動できるような環境でもない。

 興味はとてもある。自分で一から携わることのできる、茶畑ができるかもしれないのだ。でも、秋の大市までに、立ち寄る時間はあるだろうか。

 隣に座るライアンを見上げると、ライアンは一つ頷いた。


「秋の準備で、時間的にはぎりぎりだと思うが、検討しよう。南に行くのなら、他にも立ち寄りたい領もある」

「そうですか。それでは訪れを、楽しみにお待ちしましょうか」


 サヴォア卿は満足そうにうなずいた。

 

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