Tea / お茶
朝食は皆が一斉ではなく、手の空いた者から済ませる。
リンが着替えて食堂に入ると、窓際のテーブルに案内され、なんとなく昨夜と同じ椅子に座った。いそいそとシュクレの朝食をお願いする。
そこにシムネルとフログナルドと話しながら、ライアンが入ってきたのが見え、リンは手を挙げた。
「ライアンも朝食ですか?」
「いや、私はマチェドニアのゲストと同席する」
「あ……。私も待つべきだったでしょうか」
「いや、正規の場でもない。先に済ませて構わないだろう」
目の前の席に腰を下ろしたライアンに、せめてお茶を、と、リンは勉強室からお茶道具を持ってきてもらい、紅茶を入れた。
お茶はライアンの朝の定番 Gui Hongだ。
ふんわりとした甘い香りに、ライアンの口元がふっと緩んだ気がする。
「私にもリンと同じように、茶を飲む習慣ができたのかもしれないな」
ライアンが、今、気づいたかのようにポツリと言う。
リンはとっくに知っていたが、嬉しくなって、にっこりとした。
「朝のお茶は、身体が動きだすでしょう?」
「ああ。それに飲まないと、どこか落ち着かぬ」
「ふふふ。お茶の魅力にしっかりハマっていますね」
満足そうなライアンを見ながら、リンは運ばれてきたフレンチトーストにナイフを入れた。
牛乳の代わりにバニラアイスを溶かして、卵と混ぜて浸した、超贅沢なフレンチトーストだ。
リンが好きなのを知っているからか、シナモンパウダーをほんの少し振ってくれたようだ。ほんのり甘くて、バニラとシナモンの温かい香りがたまらない。バターもじゅわりと染みている。
嬉しそうに目を細めて食べているリンを見ていたライアンが、突然手をリンの皿に近づけて、何かを引きずるようにする。
「サラマンダーですか?」
「グノームだ。…‥‥昨夜はマチェドニアの者にお茶を振舞わなかったのだな」
「マチェドニアのお茶を、私、持っていないんです。ゲストの国の産物を出せないと、失礼じゃないかな、と思って、ちょっとためらってしまって」
「そうか。交渉の時に驚かせようという意図かと思っていたが……」
「ん?交渉って、なんの?」
リンはナプキンで口を拭きながら、心当たりのなさそうな顔をしている。
ライアンはリンが全く考えていなさそうなことに、逆に驚いた。
「『茶の国』の人間に会いたいのは、リンの茶を作るために、茶樹や技術の提供を交渉するのだとばかり」
「あ?あー、そうですね。まずは、会って話を聞きたかったと言いますか、そんな大きな交渉なんて、全く考えていなかったと言いますか……」
リンはロクムが紹介してくれるというのに、飛びついただけである。
ごにょごにょと口ごもり、目を泳がすリンに、ライアンはふっと笑ってしまった。リンは自分の作ったシロップや砂糖、それに精霊道具がどこまで影響を与えて、領や国の交渉、取引になっているか全く理解していないらしい。
そういえば通商交渉の席に、リンはいたことがない、と、ライアンも気づく。
「このような形で会うことになったが、後日改めて、交渉する機会もあると思うが。フィニステラ領とも会うだろう?」
文官のお茶栽培日記を返す時に、話をすることになっているフィニステラ。アルドラが到着したら、一緒に会おうということになっていた。
ライアンに言われると、諦めかけていた茶畑が近くなるような気がする。
「……ライアン、もし交渉できそうな感じだったら、手伝ってもらえますか?」
「もちろんだ」
リンはライアンと話しながら朝食を済ませると、荷物の置いてある勉強室へと向かった。
荷物の運び出しを手伝おうとするが、リン様はどうぞお座りになっていてください、と、手が出せない。ちょうどいいので、頭の隅をかすめていたことを考え始めた。
皆を急がせないために、秋の大市に向けて、今から準備できることがあるか。
『温め石』も『温風石』もすでにできているし、他になにか、と、自由に、欲しい物を考えていく。
そういえば、本当に大市で、つまみの店をすることになるのかな。いや、でも他の店の邪魔になるんじゃないか、と、いつの間にか、けっこう真剣につまみ案を考えていたところに、シュトレンが顔をだした。
「リン様、ライアン様のテーブルで、食後にお茶を、と、ご要望がございまして」
「わかりました。すぐまいります」
食堂に戻れば、すでに奥のテーブルにこちら側を向いたライアンの顔が見えた。
そしてその隣に座る、カタラーナの姿も。
「あ……」
国の衣装だろうか、カタラーナは、白のハイネックで、袖のふんわりとしたブラウスの上に、白い袖なしのベストと長い紺色のスカートを着けている。ブラウスの袖やベスト、スカートのベルトや裾に、赤と紺、金色が目立つ精緻な刺繍がいっぱいに施されている。やっぱり同じような模様が刺繍された、白のスカーフのようなヘッドドレスを着けていた。
昨日は旅用のリラックスした衣装だったし、始終抱えあげられていてよくわからなかったが、その衣装はとにかくかわいい。
テーブルに近づくとカタラーナが丁寧に頭を下げた。
リンも慌てて、腰を落として礼をとった。
「リン、ですね?」
「はい。おはようございます」
「昨夜はきちんと挨拶も礼も言えず、気になっていたのです。リンが夕食を特別に準備してくれたと、聞きました。どうもありがとう」
「いえ、お加減が良くなって、なによりです」
ライアンとカタラーナの向かいには、タブレットとキュネフェ、奥にはアルドラもいる。
キュネフェの方も昨夜とまた違う紺の上着を着用していて、カタラーナのドレスと同じような刺繍が、豪華に入っている。
食事は済んでいるようで、どうやらリンの茶が飲みたいと言いだしたのは、アルドラだったようだ。
「リンの茶はね、そりゃあ美味しいんだよ」
アルドラが自慢するように言う。
「ええ。話は聞いていたのです。いただくのが楽しみですね」
キュネフェも頷き、リンがテーブル脇のワゴンで茶を入れるのを見つめた。
小さな蓋杯ではなく、フォレスト・アネモネがレリーフで浮き上がった大きなティーポットでいれる。
テーブルから五人の視線が手元に飛んでくるが、いつも以上に熱心さを感じるのは、やはりマチェドニアからのゲストが一番側にいるからだろう。
「その茶葉を見せていただいても、よろしいか」
やはりラミントンに作ってもらった、茶荷という平らな器に出しておいた茶葉にキュネフェが目を留めた。
アルドラが好きな紅茶はライアンの好きなものと少し違って、円やかで甘い蜜の香りがする紅茶だ。「金の糸」という名前が付いているお茶で、名前の通り、茶葉は黄金色。大きく、真っすぐな茶葉で、大さじ一杯分ぐらいが、茶荷にこんもりと盛り上がっている。
器を差し出すと、カタラーナが手に取り、キュネフェと眺め始めた。
茶葉の色を見て、香りを確かめている様子は、やはり茶の産地の人らしい。
「これは我が国の茶葉と、だいぶ様子が違いますね」
「ええ、お兄様。ツヤがあって輝くようで、美しいですわね」
「それは茶葉の産毛が、黄金色に輝いているんです」
茶荷を返してもらって、お茶をいれ、真っ白なカップに注ぐと、やっぱり明るい黄金色をしている。
「まあ!なんて甘い香りでしょう」
「ああ。それに円やかで、渋みもない」
マチェドニアの兄妹も風味を楽しんでいるようで、リンはほっとした。
人前で茶をいれるのは慣れているが、茶畑や生産国の人間を前にしていれるのは、やはり緊張する。
二口、三口と味わっていたカタラーナが、ほう、と息をつく。
「今まで知っていたお茶と、全く別の物のように思えますね」
「全くだ。まさか、これほどの違いがあるとは」
キュネフェも信じられない、というように、首を横に振っている。
確かにあの濃い色合いで、タンニンが強い、渋みのあるお茶を飲んでいれば、これは驚くだろう。
リンが最初に飲んだ時も、これが紅茶なのか、と、目を丸くした覚えがある。
「私も最初は驚いたよ。これは甘いけれど、リンは香ばしいのや、花茶や、いろいろ持っているんだよ。どれもおいしくってね」
「なんと。そのように数があるのですか……」
アルドラの言葉に、キュネフェが少しためらった後に尋ねた。
「これ一つだけでも、今までに見かけたことのない茶です。失礼でなければうかがいたいが、リンは東の、遠つ国の出身か」
出身地はぼかして答えないと、いろいろとまずい。
「そう、ですね。とても遠い国ですね」
リンはライアンをチラリと眺めながら、答えた。
そうですか、と言いながらキュネフェは何かを思案しているようだ。
「リンは茶に造詣が深く、マチェドニアからの客人に会えることを楽しみにしていた。また後日、茶会などを催せればと思うが」
「ええ。ぜひに」
「楽しみにしておりますわ」
ライアンの提案に兄妹は笑顔でうなずいた。
シムネルが近づき、タチェーレ川の『船門』に王宮から迎えの船が来ている、と、伝えてくる。
一斉に立ち上がり、レセプションホールへと向かった。すでに荷物は船に運びこまれて、準備は整っているようだ。
アルドラとライアンは、ネイビーブルーの術師のマントを着せかけられている。
カタラーナがポツリと言った。
「マチェドニアでも、あのような茶が作れるようになるでしょうか」
「ああ。そのためにも我々は、為すべきことを為さねば」
街に残るリンと一緒に王宮へ向かうライアンが、今日の予定を打ち合わせているのを見ながら、キュネフェは顔を引き締めた。
いつもありがとうございます。
とっても遅くなりました……。
なぜかこの一話を書くのに、二週間程度悩みました。悩んだ挙句、どうしようかと思ったのですが、先に進めないのでアップします。
このために、なぜかバクラヴァとタブレットの前話の様子の話ができちゃったり、迷走しまくりました。





