Cutting Yule Log 1 / ユール・ログの切り出し 1
1と2 合わせて投稿です。
ユール・ログの切り出しの日、リンは夜も明けぬ時刻に支度を整えた。
年々領都とその周辺の人口が多くなり、比例して切り出す本数が多くなっているという。早く始めないと終わらないのだ。
目が覚めても、身体がまだ起きていない。
階下におりると、厨房にはすでに湯が沸いており、ブルダルーはすでに今日の支度を終わらせていたようだ。
毎朝リンのためにお湯を用意してくれているのを、ありがたく思いながらお茶を入れる。
「紅茶でもいいんだけど、うーん、今日は烏龍茶の気分かな。鉄観音にしよっと」
中国の安渓鉄観音と台湾の木柵鉄観音とでは、同じ品種でも製法が違うので、風味が全く違う。
中国の鉄観音茶は、茶葉は鮮やかな緑色で、ティヨルやマロニエの花のような香りと、ほのかなフルーティな甘みを感じる。それに対して台湾の茶葉は、焙煎してあって、色は暖かみのあるこげ茶色。香ばしさやスパイシーさの中に、リコリス、スモモなどの甘い香りがでてくる。
両方とも口の中でボディがしっかりとして、それぞれに風味豊かでリンは大好きだ。
でも、今日のような冷え込んだ日には台湾の焙煎をかけた鉄観音がぴったりだ。
ころんとした形に丸められた茶葉が、お湯を入れるときれいに開いて、一葉の葉になる。
「ふぅ、これで目が覚めるね。これ、今日はなんかちょっと、カラメルっぽく感じるなあ」
厨房で行儀悪く立ったまま飲んでいると、ちゃんと身体が目覚めてきたようだ。
そこへライアンが下から上がってきた。
森で出会った時に着ていたのと同じ、儀式用のマントを身に着け、すでに準備はばっちりだ。
ネイビーブルーに金をあしらった優雅なマントに、整った美貌が際立つ。
「リン、おはよう。スパイシーな香りだな。私にももらえぬか」
「おはようございます。今いれますね。今日は烏龍茶ですけどいいですか?」
「ああ、頼む」
ライアンも朝にお茶を飲む習慣がついてきた。
いつもなら立ち飲みをしていると、お座りください、と必ず誰かに居間へ追い出されるけれど、今日は皆が動き回っている。
「はい。鉄観音ですよ。香ばしい方の。……師匠が今日の支度を終えたみたいで、来た時にはもういなかったんですけど」
「ああ、塔の前にすでにかなりの人数が集まっていたから、スープの鍋を持って行った」
「皆さん早いんですね」
「ああ、夜明けとともに始まるから、もうすぐだ。そろそろでるが、リンも行くか?」
「もちろんですよ。このための早起きです」
儀式のための供物を持ち、ライアンの後に続いた。
森の塔の前には大きな火がたかれ、その横にある石をテーブル代わりに、上に積もった雪が払い落され、スープや、パン、果物、酒瓶が並ぶ。
男たちが手に持つ木や山羊の角のカップには、すでに酒が配られているようだ。
人が続々と集まってきている。
「リン、私たちは一足先に聖域にむかうぞ」
工房から出てきて、儀式の供物をもってライアンの後をついて行くリンは、たとえ紺のマントを着ていなくても、どう見ても新しい『賢者見習い』だ。
皆の口々の挨拶と視線を受けながら、森へ足を向けた。
聖域に入り、ライアンは小さな火を起こし、その前の儀式台に今年収穫した麦や果実、肉に酒を並べていく。
「あとはギィだ」
ライアンの視線を感じる。
最近はいつもこうだ。
「落とせばいいんですね。……私を便利に使いすぎじゃないですか。ご自分で祝詞を唱えれば同じでしょう?」
「祝詞でオークの枝は落ちるが、ギィは落とせぬ。君の場合はなんでも落ちる。実際便利だ。毎年聖域の外から、このために大きな足場が組まれるが、今年はいらないからな」
どうどうと言うライアンに釈然としないものを感じるが、まあ役に立てているのならそれでいい、と思いなおした。
「日が出てから皆がくるだろう。少し休憩だ。リンは儀式の時はここからでて、シュトレン達と一緒に見るといい」
「ここで見ていてはダメなんですか?」
「今はまだ、リンが聖域に入れるのを、あまり多くの者には知られたくない」
休憩と聞いて、リンはドルーの根元にある木の洞に入っていった。
人が二人入れそうなぐらいの洞がぽっかりと開いていて、その中にも木の根が張り出し、椅子のように座れる。
幹に囲まれてちょっと薄暗いが、冷たい風はさえぎられるのだ。
オークの爽やかで少しだけ甘い香りもしてなんとも居心地よく、しっとりと落ち着く。
古い毛布をもらって洞の中に置いてある、リンの気に入りの休憩所だ。
「ライアンも入りませんか、あと一人ぐらい大丈夫ですし、中は少し暖かいですよ」
「聖域を休憩所に使うのは、過去も含めて君ぐらいのものだろうな。……まあ、ドルーが全く嫌がっていないのだから、いいのだろうが。」
ライアンはなんとも言い難い微妙な顔をしながら、腰をかがめて潜ってきた。
「そろそろ夜明けだ」
外にでると、暗く沈んだ森が少しずつ青紫色に染まり始め、白い朝靄に少しぼやけてはいるが、木々の黒が浮かびだした。
「この森に入るといつも思いますが、本当にこの地は美しいですね。森厳というか」
「ああ。この地に住むものは皆、頑然たる森の意思を、その恩恵に感じながら生きている」
「私はまだ精霊のこともわかったとはいえませんが、ここにいるとそれが素直に信じられて、この地が特別な場所だって思えてくるんですよ」
「……さあ、そろそろ結界の外へでていた方がいい」
「はい。……ドルー、ありがとうございました」
リンは席を借りたことにお礼をいい、でていく。
結界の外から皆が見守るなか、儀式が始まった。
ライアンは祝詞を口ずさみながらギィの枝を動かし、一年の大地の恵みに感謝し、来年も変わらぬ豊穣の加護を求めた。最後はギィに酒をかけて、火の中に投げ入れる。
火がさらに強く燃え上がると、うわっと歓声が上がる。
そんな中、ドルーがすっと現れて、ライアンに近づいた。
「おお、ドルー様だ」
「ドルー様がお越しだ」
皆が息をのみ、一斉に跪いた。
「オーリアンよ、突然すまぬの」
「いえ、ドルー。どうかなされましたか」
「今年はユール・ログの木に、我の仲間のオークがでるそうじゃ。聖域の東側のものじゃが、少し、傷めたようでの。そろそろ代替りじゃ。それで今年が良いといっておる」
「それは、心よりの御礼を申し上げます。民も皆、喜ぶことでしょう」
ユール・ログの木に、神聖なオークが出ることはほとんどない。こちらから願うこともない。たまにこうして、向こうから提案される。
オークがでるということは、この地に来年の豊穣が約束された、と皆が喜ぶ。
「それでの、一部はそなたの工房へ送ってほしいのじゃ。あの子のところへという、木の希望なんでの」
「それはまた、リンは可愛がられておりますね」
「おお、そりゃぁの。かわいいの。森の恵みは最高じゃと、美しいと言ってくれるし、我を立派だとも言ってくれる。それに森に入って雪に埋まって出られなくなるような子らは、この辺りではリン以外、見たことがなかったじゃろう。多少、皆が過保護になってもしかたなかろうの。……あと、あの子は硬い木があるといいけど、どれだろうとキョロキョロ眺めておったぞ。それで代替わりで行くなら、今年、自分があの子のところへ行きたいそうじゃ」
「森はリンに甘すぎるのではないですか……」
相変わらずの森の意思に、ライアンはここのところため息が増えている。
「それでも、本当にご厚意をありがたく思います。手配します」
メモ:脳内のイメージでは儀式用のマントは、英国のGarter Robeの飾りをいろいろ取り払ったもの。





