To the all squares / すべての広場へ
商業、薬事、ハンターズギルドの王都本部から、それぞれのギルド長が職員を連れて、ウィスタントンの天幕にやってきた。
どのギルドも救護所となることに賛同し、必要な手配のために、商業ギルドの職員以外は慌ただしく戻っていった。出ていく職員に、シムネルが冷凍室を渡しているが、救護所で必要となる『凍り石』だけではなく、職員達へのお土産にアイスクリームサンドが詰まっているはずだ。
薬事ギルドは女性の救護所として、ハンターズは男性、商業は両方を受け入れられるように手配がされる。
問題は、それぞれの広場に設置する救護所だった。
動けなくなった者に、街の中央、『オークの広場』にあるギルドまで出向けというのでは、助けにならない。
大市の中心となる会場でもあるし、街の四方にある広場に、ぜひとも休める場所を作りたい。
「ですから、両方の要望を叶えるために、商業ギルドで、天幕をつくったらどうでしょうか」
「我々の、天幕でございますか?」
『水の広場』に集中する人を分散させたい。各広場に救護所を作りたい。
その二つを叶えられるだろうという、リンの提案に、ギルド長が首をかしげた。
ギルド職員が到着した時、衝立の後ろで子供の様子を見ていたリンは、ライアンに呼ばれて会合に参加した。
今回の方法を思いついたリンだ、と、ライアンから直接紹介され、今もその隣に座っている。
職員達には、あのお噂の、ライアン様のお近くにいらっしゃる方だ、と、すぐにわかった。家名や敬称は伝えられなかったので、平民だとわかるが、噂に聞くその容姿や、周囲の者の態度を見ても、そうだろう。
「ええ。人の分散は、ウィスタントンにとっても、ありがたいと思いますよ。炎天下、長時間並ばれるのも気になりますし。混雑するアイスクリームとドリンクの屋台部分を、すべての広場に持っていけば、人も分散すると思うんですよ。その天幕を広めにとって、救護所にしたらいいのでは」
すべての広場を買い物に回ったが、どの天幕もウィスタントン程の広さはなかった。こぢんまりとしていて、人を寝かせられそうな場所がない。
「おお。そのようなことが可能でございますか」
「確かに可能だが、リン、各所の協力を得なければ、さすがに難しいぞ」
「ライアン様、なんなりと」
ライアンもうなずき、ギルド長も期待する。
「そうですよね……。まず、屋台の販売はウィスタントンでなんとかしますが、救護所で対応できる大人は、どちらかのギルドから出して、待機させて欲しいです」
リンが話はじめると、周囲に立つ何名かが、メモを取り始めた。
「あと、テーブルと、ドリンク用のグラス、どちらかから、調達が可能ですか?」
「どこのギルドでも、夏は会議も少なく、テーブルはなんとかなります。グラスも、周囲の店に声をかけましょう」
「テーブルの片付けや、洗い物もなんとかなりますか?」
「こちらも周囲の店に協力を願います。難しいようなら、ギルドで人を雇います」
周囲の店の要望に応える形になるのだ。その店にも、少し協力してもらおう。
「こちらと同じように、周囲の天幕や店で、つまみとなるような物を販売してもらえば、互いに利があると思うが」
「よろしいのでしょうか!」
「かまわぬ。ウィスタントンだけでできることでもない。それが望ましいだろう」
ギルド長も大きく、何度もうなずく。
「あの、もう一つ、各地の天幕にご協力いただきたいことが」
「なんでございましょう、リン様」
「四つの広場で、それぞれ違うアイスクリームを、日替わりで出したいのです」
ライアンが口を挟む。
「毎日四種類のアイスクリームを作るということか?」
「ええと、ウィスタントンでは常にバニラも置きますから、全部で五種ですか」
「さすがに大変ではないか?」
「お土産のボンボニエール用に、毎日数種類作っていると、師匠が。……それでですね、ギルド長。各地の天幕に、持ち回りで、果実を提供いただけないかなって思うんですけど」
ギルド長は目をパチパチとさせた。
「果実の提供、でございますか?」
「はい。今、召し上がっているアイスクリームは、サントレナのレモンを使っています」
「ほう。これが。爽やかですな」
「ええ。で、販売の時に、サントレナのレモンですよって案内して、天幕も伝えているんですけど」
「……その天幕のある広場で、各地の果実を使ったアイスクリームを販売すれば、宣伝になりますね」
さすがに商業ギルド長は、話が早い。
「果実の無償提供をお願いしたいので、各地の判断に任せます。凍らせて持ってきても、アイスクリームには使えます。ダメなら、ハンターを雇って近場に採集に行ってもらわないと、ウィスタントンから持ってきた果実では足りないです」
かなりの量のベリーを凍らせて持ってきたが、思った以上の売れ行きで、すでにウィスタントンには、追加で採集依頼がかかっていた。
「農産物を宣伝したい領にも、販売する商人にも利益がございます。『冷し石』のおかげで、今年は見慣れない物も多く並んでいます。恐らく、問題ないでしょう。各地への協力依頼はお任せください」
救護所の天幕はすぐにも張るが、アイスクリームは、ウィスタントンの準備が整い次第となり、商業ギルド長は深くお辞儀をして去っていった。
傍らで、すでにシムネルはメモを見ながら、離宮にシルフを飛ばしている。
「オグ、冷凍室用のガラス板、なんとかなるか?」
「ああ。大丈夫だろ。グラスも念のため、聞いてみる。トゥイル、木箱は?」
「問題ございません」
メモを取りながら、トゥイルが答える。
「あとは、四つに増えた屋台の人員だな。見習いを雇うか?」
「んー、王都で見習いを雇っても、高くつく割りに、販売ができないかもしれないぞ。まあ、ハンター見習いは四名いるからな。補充するなら風の術師か?」
何か聞き捨てならないことを聞いた気がする。
ライアンとオグの話に、リンも口を挟んだ。
「え!ウィスタントンって、安い賃金しか払っていないんですか?それに、四名が四つの広場にいったら、お休みが回せないですよ。そんなブラックな」
「リン、ブラックとはなんだ」
「えーと、低賃金で、長時間働かせるような、あまり良くない職場のことです」
「おい、リン、ブラックではないぞ。全く反対だ」
いきなりの『良くない職場』扱いに、オグが慌てた。
「王都とウィスタントンでは物価が違うだろ?同じ賃金にはできねえよ。あと、ウィスタントンから来ている者には、宿舎と食事がついている。それも賃金のうちだし、見習いにとっちゃ、割りのいい仕事だ」
「それもそうですね」
「それにな、ウィスタントンほど、ハンター見習いにとっていい環境はないぞ」
オグは胸を張って、ハンター見習い達を見た。
「なんといっても、ギルドでちゃんと教育がされている。他の領じゃ、見習いがいきなり、天幕で販売なんてできねえよ。ウィスタントンの見習いは優秀なんだぞ。その場で金の計算ができて、きちんと客の対応ができる」
それを聞いたハンター見習い達は、顔を見合わせて、嬉しそうに笑っている。
側に立つ風の術師見習いも、うんうんと、うなずく。
「そうですね。ブラックどころか、超優良、ホワイトな職場ですね。失言でした」
リンは頭を下げた。
「でも、やっぱり週一日は、お休みをあげたいですよ。暑いですし、身体がまいっちゃいます」
「文官を一人、屋台の補助にしよう。それで休みをとれる。問題は風の術師だが」
ライアンは指でひじ掛けを叩いて考えている。
「私に、リン、シムネルと、数は揃っているが、商談や離宮での仕事を考えると難しい」
リンは呆れて、横を向いた。
「その前に、ライアンがアイスクリームを売ったら、皆がひっくり返りますよ。列がとんでもないことになるから、却下です。私が入るとしても、あと二名は欲しいですよね」
「離宮の若いのは、アイスクリームを手伝っているんだろ?」
「ああ。天幕に連れてくるのは難しいな」
「精霊術師のギルドから、雇えませんか?」
「……滑らかにするレシピの秘密が、漏れるのではないか?」
「そうか。この夏は外部に出さないでくれって言っても、絶対、無理ですよね」
「そんなことを聞いてくれそうな領地は、王領とラミントンぐれえだろ」
三人で顔を見合わせた。
「ラミントンの果実の提供依頼と合わせて、ちょっと隣に聞いてくるよ」
オグが立ち上がった。





