Bath and Water Stone / お風呂と水の石
お読みいただき、また評価ありがとうございます。やっと機能がわかってきました。
その日、リンは朝から何度も工房の横の水場と三階を、行ったり来たりしていた。
執務室にいたライアンは、最初こそまたお茶を入れるのかと思っていたが、さすがに何回も工房の脇を通られると気になった。
「リン、先ほどから、いったい何をうろうろしている」
「お風呂用の水汲みですよ」
「風呂には水の石があるだろう? それとも風呂も茶のように、森の水の方がいいのか?」
「え、うーん。今まで水の石しかお風呂に使ってないのでわかりませんけど、まあ、そういうこともあるかもしれないですね。でも効果がどうとかじゃなくて、水の石の値段を昨日聞いたのでさすがに使いにくいんです」
「水の石の値段など大したことあるまい」
「ありますよ! 桶一杯分の水がでる小さいタイプで三銅貨ですよ。『金熊亭』の食事より高いんですから。お風呂の大きさだったら、小銀貨どころか銀貨になるじゃないですか」
「金貨じゃないのだから、いいだろう?」
「金貨なんて領地間の通商ぐらいにしか使わない、って教えていただいたばかりですけど!」
ライアンの感覚は物価に関しては全くあてにならない。
庶民が食べる、一バーチの重さのライ麦パンが一銅貨ぐらいだ。この大きさで大人一人の一日分になる。ライアンが普段食べている、ふかふかの小麦白パンは、半バーチで三銅貨もする。六倍だ。でも領主の息子であるライアンにはこちらが普通なのだ。それを踏まえて考えないといけない。
リンは最近、庶民の生活や物価に関しては、ブルダルーやアマンド、『金熊亭』にくるハンター達に教えてもらうようにしていた。
「私の国では、毎日お風呂に入るのが普通だったんです。ライアン自身が精霊術師で水の石を作れるから余計気にもしないんでしょうけど、水汲みの労力だけでお風呂が気兼ねなく使えるなら、そっちのがいいと思って。身体も温まるし、リラックスするし」
「まあ、清潔に保つことは悪いことではないが。そんなに風呂が好きなら、自分で水の石を作るか? そしたら気兼ねなどいらないだろう?」
「精霊術師じゃなくても作れるんですか?」
「精霊の加護があるというのが精霊術師の最低条件なのだが、リンなら大丈夫だ」
確かにそうしたら使いたい放題だ。温泉のように湯舟からあふれるほど、とはできないが、たっぷりと使える。
それに水の石を自分でつくる、精霊の力を使うということに、リンは興味を覚えた。
「次に晴れた日に聖域でつくってみよう」
聖域に入るとライアンは水の石の核となる鉱石を腰の袋からとりだした。
「このフォルト石は精霊の加護が乗りやすい石だ。これに水の精霊の加護の力を加えて、水の石をつくる。フォルト石はさほど高価なものではない。この国のどこでもよく採れるし、大口の注文でもなければハンターがでることもない。子どもが小遣い稼ぎにしている」
核は小銀貨ぐらいの小さな石だった。それで桶一杯分の水が貯められる水の石になる。大容量にするには、大きいフォルト石を核にするそうだ。
「フォルト石を湧き水に入れ、祝詞を唱えて加護を願う。聖域が一番純度が高く、質のいい水の石になるからここに来たが、清浄な水のあるところであればどこでもかまわない」
「精霊術師だったら誰でも作れるんですか?」
「水の精霊 オンディーヌの加護があるものなら作れる。術師のもつ加護は、四大精霊のどれか一つが普通だ。まれにあっても二つが多い。水じゃなく、風、火、土のどれかの加護の場合もある」
「……私につくれるんでしょうか」
「この聖域に入るには、四大精霊すべての加護がないと無理だ。つまり、リンは問題なく作れる」
普通は一つか二つの加護で、リンはすべて持っている、と言われても実感はないが、重大なことを言われているのはわかった。
それでもリンは最初から聖域にいたのだし、どうにもピンとこない。
核となるフォルト石を水に沈め、まずはライアンの手本だ。
結んでいた髪をほどいて、祝詞を唱える。
「水の精オンディーヌよ 清冽な水の加護を我らに。この石をもってその力恵与にあずからん。
アロ サフィラス グッタ アクア クラルス イーデム アクア カエレスウェイス」
リンがじっと湧き水を覗き込んでいると、水面が揺れ、雫が跳ね上がり、もとの石より少し大きいうずらの卵ぐらいのコロンとした卵型になった。
色は透明なアクアブルーで、ライアンの目の色と似ている。
「あ、変わった! これはまた、なんとも言えないきれいな色ですねえ」
「聖域で作る石はいつも高貴で、清く澄んでいる。これで終わりだ。簡単だろう?」
「祝詞を覚えるまでが大変そうですけど。最後の部分は、フォルテリアスの言葉じゃないですよね?」
「この大陸で使われていた古い言葉だ。今はもう祝詞にしか伝わっていない」
「あれ、魔法陣はいつ使うんですか?」
「リンだけがその石を使うなら、簡単な祝詞で水を出せるので魔法陣を刻む必要はない。陣を覚えたいなら教えるが、複雑でまた違う祝詞がいるが」
「うー、一度には無理です。次の機会にお願いします」
次はリンが試す番だ。
「ここに沈めて、と。……あ、髪はほどいたほうがいいですか?」
冷ややかな声で答えが返った。
「……君の場合は必要ない。さて、最初だ。私の後に続いて祝詞を唱えよ」
リンの声が追いかけるように聖域にひろがる。
「できた!……ん? でもこれ、なんだかずいぶん大きいですよ」
同じようにしたはずなのに、石はリンの手の平より大きいのではないだろうか。
「二人分の祝詞だったから、ですかね?」
「……そんな話は聞いたことがない」
ライアンはできあがった想定外な大きさの石を見て、目を見開いた。
なぜこのような精霊石となったのか、さっぱりわからなかった。
「神々しいな。これは王室に献上してもいいぐらいの貴石だ。聖域で作られた水の石として以上の価値がある」
「つくって売ったら、私、問題なく生活できますね」
「つくって売ったら、拉致されてどこかに監禁されるだろうな」
リンの無防備さにライアンは不安を覚えた。
これが不用意に外にだしていいものではないことを、リンは全くわかっていなかった。
この様に価値のあるものをつくれる精霊術師がいるとわかったら、生活できる、どころではないだろう。自国、他国問わずに狙われ、お茶屋さんをしたい、などと安穏なことを言っていることはできなくなる。
聖域に入れるという意味を、わざと詳しく教えていないせいもあるのだが。
「それなら献上ですか。まあ、いいですよ。私のお風呂用の石はもう一個つくりますから」
ライアンは深いため息をついて、リンを見た。
「……これを風呂に使うのか」
「そんなに呆れたような目で見ないでください。もともとの目的がお風呂なんですから! 結果として神々しい石になりましたが、もとはほら、タダ同然ですよ?」
「まあ、いい。これはリンがとっておけ。献上はそのうち機会があった時にすればよい。しばらくは秘密で君の風呂に使えばよい」
「全く精霊は君に甘い」
それからあとの練習でさらに数個の献上レベルの水の石ができ、リンは大満足でにんまりとした。
これでお湯たっぷりの、幸せなお風呂タイムが楽しめるのだ。
メモ:
貨幣は、小銅貨、銅貨、小銀貨、銀貨、金貨 となり、
小銅貨から銀貨までは x4(4小銅貨=1銅貨 4銅貨=1小銀貨という感じ)
銀貨から金貨は x12 (12銀貨=1金貨) ※ 金貨の価値により変動あり





