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Forest / 森

 冬至が近づき、ライアンはこれから精霊術師としての仕事が多くなってくるという。


「冬至はユールとも呼ばれ、太陽が新たに生まれ変わる日だ。一年のうちでも最も重要な儀式の一つがある。皆が祝う祝祭日だから準備も賑やかで、リンにも楽しいと思うが、毎日とにかく慌ただしい。明日も森で確認だから、薬草の話は落ち着いた時になるな」

「十二月は私の国でも『落ち着いた先生でも走り回るほど忙しい月』というんですよ」

「どこも一緒ということか」


 ユールの祝祭日には、儀式の一環として、ユール・ログと呼ばれる特別に太い、丸太のような薪が必要となる。ライアン達は、そのための木を下見に、明日は森へ入るのだ。


「ライアン様、明日ですが、ハンターズギルドのオグ様から、採集の依頼がいくつかまとめて入っているので、ハンターを同行させて一緒に済ませたい、と連絡がございました」

「毎年のことだな。ユール・ログにする木の伐り出しも近い。一緒に済ませてしまったほうが、面倒がないのだろう」


 夕食の席で予定を聞いたリンは、自分の現れた場所を見たいので、森に連れて行って欲しい、とお願いしていた。


 翌朝、森に行くための身支度のお手伝いを、とアマンドが部屋に入ってくる。 


「リン様の石鹸は、大変よい香りでございますね。花の香りでしょうか」

「私の国から持ってきたもので、確か薬草の花の香りだったと思います」


 ノンシリコンのカモミールエッセンスのシャンプーだが、これを使い切ったらこちらの石鹸で頭を洗わないとならない。

 リンス用に、お酢をブルダルーにもらうのを忘れないようにしようと、心にメモしておく。


 櫛をうまく使って髪を結い上げ、白いレースのヘッドドレスでまとめられた。

 じっとアマンドの手元を鏡で見ていたが、これを自分でやってみろと言われても、無理かもしれない。


「まあ、いけません。ハンターの女性でもこのような、足の形のわかる恰好は致しませんよ」


 森に行くなら、と、ジーンズを出しておいたのだが、アマンドに却下され、普段の長いワンピースドレスという、なんとも動きにくい恰好になってしまった。

 外は寒いし、スカートの下に部屋着になっているスウェットをはいたら、と提案したが、それもダメらしい。

 ヘッドドレスにドレスと、どうみても森に入る恰好には思えない。


 服にポケットがないので、何か持つときはどうするのかを聞いたら、ベルトに小さな革袋を下げてくれた。革袋の中にスマホや貴重品を入れて準備完了だ。


 玄関でブルダルーから小さめの背負い籠とナイフ、笛を渡された。


「森ではなにかしら採集できるものがあるから、持っていくがいいですよ。嬢ちゃま、触っちゃ危ないものもあるから、勝手をせず、ライアン坊ちゃまの言うことをよく聞いて、気を付けて行ってきなされ」

「はい、師匠。おいしいものがあったら、採ってきますね」


 籠だけが森に入るのにぴったりな恰好だ。


 森へ一緒に入るのは、騎士にハンターと、かなりの大人数となった。

 作業がたくさんあるらしく、梯子に籠、ナイフに弓、とそれぞれが何かしら持っている。


 森に入りながら、ライアンとオグに森の基本的なことを教えてもらう。


「そうだな、始めは、この小道を外れないほうがいいだろうな。ここいらの子は歩けるようになると、森に採集に入るが、リンはまだ慣れてないからな」

「聖域までは子供でも行って良いが、それより奥はハンターの入る領域だ。リンも入らない方がいいだろう。ああ、あと、オークの木には傷をつけてはいけない。高位の精霊術師が願って、オークの許可が出た時に限り、切ってもいいことになっている」

「ドルーに尋ねるんですか?」

「オークの木の前で願うと、枝が落ちてくる。それが許可だ」


 なんともこの国らしい、不思議な話だ。


 オグはユール・ログ伐採日の様子を説明してくれる。

 当日は街の人もハンターも総出で、二十本近くの木を伐りだし、中央広場まで運んでいくらしい。


「どれもでかい木になるからなあ。切るのも、運ぶのも大変だ。家族もそろって見に来るし、酒も入って大騒ぎだよ。天気が良ければいいが」

「中央広場で何をするんですか?」

「木を一抱えぐらいの長さのユール・ログに分けて、館と民の家に分ける。そして冬至の日には、日没から翌朝まで、それぞれの家でログを燃やして、来年の豊穣を祈るのがユールの儀式だ」

「ほら、このバーチの木は、春、一番にすごい勢いで芽吹く木だ。あやかって子宝に恵まれるってんで、新婚カップルの家に配るようにしてんだよ。毎年必ず用意してやるんだ。……ライアン、あとそっちの木も候補なんだが」


 オグはライアンに確認してさっさと印をつけ、早いペースで歩きまわる。


 ハンター達はすでにギィの枝や、常緑の蔦や枝を刈りはじめていた。

 ギィはたいてい寄生している木の梢、高いところにボールのような形に密集しており、梯子がないと手が届かない。器用に枝をつたって登っていく者もいる。

 

「これは儀式に使うんでしょうか?」

「今日は薬事ギルドから、ギィの大量の採集依頼が入っているそうですよ。薬になるのです。あと私たちはギィや常緑の枝や実を合わせて、ユールの飾りにするんですよ」


 ただ見ているのもつまらないだろうと、フログナルドに教えてもらい採集する。


「リン様もせっかくですから、飾り用にいかがですか?ほら、この辺りでしたら、上に登らなくても大丈夫ですよ」


 クリスマスリースのようなものかな。

 アマンドにきいてこちらの飾りをつくるのもいいか、と、しばらくせっせと様々な枝を切り、蔦を引っ張る。

 せっかくだからギィもいれて飾りをつくりたいが、さすがにリンのドレス姿で梯子はまずいだろう。

 

「ギィは誰かに頼まないと無理か」


 近くで話しているライアンやハンター達を見やる。


「欲しいのか」


 ハンターの声が後ろで聞こえた気がした。


「はい」


 うなずいた瞬間に、一抱えほどもあるギィが、バッサリと目の前に落ちてきた。

 地面に広がったやわらかい金の枝に、あっけにとられる。


「リン、一体何をした」


 近くで話していたライアンが、こちらに来る。

 オグもフログナルドも、唖然としている。


「えーと、欲しいのかって聞かれた気がしたから、はい、って返事しました」

「……全く。森は君に甘いらしいな。森の好意だ。もらっておけ」


 呆れたようなライアンに言われた。

 リンの背負い籠は、順調に一杯になった。

 だって刈らなくても落ちてくるのだから。



 聖域の近くまできた。

 フログナルドとハンター達は、この後さらに奥の方へ様子を見に行くという。


「リン、この茂みを回ったところから先が、聖域になる」


 ライアンに連れられ、リンは聖域に足を踏み入れ、周囲を見回した。


「……良かった。はじかれなかった。これがドルーの宿るオークの木なんですね。こんなに大きな木だとは、あの時は気づかなかったです」


 リンのアパートの前にあった木とは比べものにならない。

 何人もが手を繋がないと木の幹の周りを一周できないだろう。幹の下の方には大人が中に入れるほどの洞も見える。

 樹高も高く、腕を伸ばすように、空一杯に枝を広げている。


「堂々として、ほんとに立派な木ですね。昔からここに在るのでしょうね」

「ああ、ドルーに聞いてみたことがあるが、本人にもいつからここにいるかわからないらしい。忘れるぐらいには十分昔だ、と言っていた。……リン、この聖域なら安心だから、少しの間ここにいてくれるか。すぐに戻る」

「ええ。大丈夫ですよ。少し休んでいます」


 結界の中がシンと静まると、リンはゆっくりとオークの木に近づき、ごつごつとしたその幹にそっと手を触れた。


「……やっぱり帰れない、か」


 目を閉じる。

 今日森に入ると聞いて、どうしても試してみたかった。

 ひょっとしたら、あの時と同じように触れたら、戻れるかもしれない。

 そんな全く根拠のない希望だった。

 腰につけた小さなバッグには、スマホとアパートの家の鍵を入れてきた。それがあれば、突然戻ってもなんとかなる、そう思った。

 鼻がツンとしてくる。


「帰りたかったよ。家に帰りたかった」


 でも、もうかなわない。



 


 森の様子が変だ、いつも見かけない動物が奥からでてきている、と、ハンターからの情報があった。

 ハンター達と一緒に奥へ入るというフログナルドと、軽く打ち合わせた。


 聖域の近くまで戻り、見えた光景に立ち止まった。


 リンがオークに手をついて、下を向いている。

 ああ、リンはこれを試すために今日ここに来たのか、とその時わかった。


 全く知らない場所にひとり来て、それでもリンは取り乱さず、馴染もうと努力している。 

 不安も動揺もすべて隠して。

 こんなところで一人泣くのか、と、小柄で細身の、子供のような背中を見つめた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 無理だと思うけど、忘れた頃に森や精霊の不思議で郵送した荷物が森に届いたら、帰れないリンが少しは慰められるのかなぁって、思っちゃいました。
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