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A new home / 新しい住まい

 一階の奥には裏庭へ抜けるドアがあり、その手前、左側に工房はあった。

 ライアンは庭のドアをあけ、ざっと説明をした。


「ここをでてすぐ左、工房の脇に水場がある。精霊術師は、必ず工房に水場とかまどを備える。右側のここは食料庫だな。今はあまり入ってないが、冬に備えて二、三日で一杯になるだろう。使用人棟に、奥に、見えるか?小さいが温室だ」


 工房へのドアを入ると、最初が執務室。執務室を通って裏庭側が工房だ。

 執務室は奥の窓を背にして、机が斜めに配置され、壁のキャビネットには本がぎっしり詰まっている。

 工房の方は薬事ギルドを思わせる雰囲気があった。

 真ん中には大きな作業台。大きな暖炉の上には、鉄や銅の鍋がかかっている。

 暖炉の脇のドアを開けると、すぐ水場にでられた。

 引き出しの多くついた棚が置かれ、大小さまざまなサイズのガラス瓶や陶器の壷、すり鉢や天秤ばかりが並ぶ。


 暖炉に火の入っていない工房は寒い。

 ライアンは、リンにもう一度やり方を見せるように、カッと火打ち石を鳴らして、火を入れた。


「なんで水の石はあるのに、火の石がないんでしょう」

「必要がなかったからだな。精霊道具が作られるのは必要だからだ。残念だが、戦に備えてということも多い。戦場で誰にでも、どのような状況でも水が使えるように、魔法陣で補った石ができた。火はすでに火打石がある。誰にでも使え、持ち運びもしやすい」

「戦争だと火も使いそうなのに?」

「ああ、だから戦時に特化した精霊道具はある。火の石があったとしても、火打石のほうが安価で手に入り、生活に使用されるとは思わぬ。この家はあちこちに水の石が置いてあるが、普通、そういうものは民の家にはない。共同水場で事足りる。ハンターが備えに小さい水の石を持つぐらいだ」


 リンは口をとがらせて、すねた。


「火打石使うの、簡単じゃないですよ」

「この国では子供でも使う。火打石を使わず、リンの国では火をどうやってつけるのだ」 

 

 ライアンは不思議そうにきいた。


「私の国ではそれぞれの家に、こう、このぐらいの四角いかまどがあって、ボタンを押すと、すぐに発火する仕組みが組み込まれていました」


 リンはガスコンロの大きさを手で示しながら、ライアンに伝える。


「ふむ、興味ぶかいな。どのような魔法陣で精霊の力を使っているのだ」

「魔法陣も精霊の力も使ってないですよ。私も説明できるほど知らないですけど、どちらかというと、火打石がそのかまどに仕込まれている、という感じでしょうか。あとは電気……、雷の力を使っているかもしれません」

「雷を使うだと? 雷は天の神に属する。神には祈りを捧げはするが、精霊のように加護を願えるものではない。面白い。リンの国はとても興味ぶかい。……この国とずいぶん違うのだな」

「……ええ、とても。私はこの国の生活を早く覚えるようにしたいです。まずは火打石から」


 薬草を見始めるまえに、シュトレンが呼びにきた。工房のドアは開いている。


「失礼いたします。ブルダルーが鳥の処理を終わりましたので、そろそろ夕食を作るそうですが、リン様は見学なさいますでしょうか」

「ああ。リン、薬草はまたにしよう。私はここで少し執務を片付けてから夕食にする。シュトレン、リンを厨房へ」


 厨房ではすでに壁の大きなかまどに火が入り、パンが焼けるような香りもしてくる。


「今夜は『白首』ですね。見学させてください。よろしくお願いします」

「もちろんじゃ。嬢ちゃまは、ナイフは使えなさるかね」

「はい、使えます。嬢ちゃまなんて呼ばれる、かわいい歳ではありませんよ。これでも成人です」


 リンは少しかかとを上げ、胸を張る。


「ワシからみたら孫みたいなもんで、十分嬢ちゃまじゃ。……それならの、このじゃがいもが茹で上がっているから、皮をむいて、小さく切ってくれるかの」


 じゃがいもは切るほどのこともなく柔らかいので、ブルダルーはリンのナイフの腕を疑っているに違いない。


「白首は適度に熟成させて、果物や木の実といった森の恵みと一緒に調理するのがおいしいんじゃ。……ほお、ナイフは使えるんじゃの。うまいもんじゃ。今日は、このぶどうに、くるみをあわせる。じゃがいもは別の鍋でつけあわせじゃ」


 ブルダルーは切ったじゃがいもを鍋に入れて、弱火にかけた。

 たっぷりのバターと温めた牛乳を少しずつ加えながら、つぶしていく。ピュレにするらしい。


 かまどを使うのに問題点はやっぱり火打石と、火加減だろう。

 火力を弱めるには、熾火まで待つか、火を広げるか、鍋を上にあげるかしかない。薪の火加減に慣れるまでが難しそうだ。

 

 次にブルダルーは白首に取り掛かった。

 別の浅い鍋を火にかけ、バターを入れて溶かす。

 白首を焼き、軽く焼き色がついたところで取り出し、同じ鍋に塩漬けの豚肉を少しと玉ねぎを入れ、炒めはじめた。

 少しのぶどうジュースと、赤ワインをカップ一杯流しいれ、弱火にして蓋をする。

 白首の脂の香りに、ぶどうの香りが絡まって、ふわりと立ち上がってきた。


「うわ、甘みのある香りですね。お腹がすいてきました。……それはなんの油ですか」

「このぶどうは凍りかけで、今年最後じゃ。その分甘い。油はなんでもいいが、今日はくるみの油じゃな。さ、嬢ちゃま、ぶどうとくるみを取ってくだされ」


 ワインのアルコールが飛んだところで、白首とくるみ、ぶどうを皮のまま鍋に加え、ぶどうジュースをまた少し足して、蓋をした。

 さらに弱火に落とす。


「さ、これで白首が柔らかくなったら、最後に少しだけ煮つめて『ヴァルスミアの白首』のできあがりじゃ」

「かまどに慣れるまでは、火加減が難しそうですね」

「まあ、どのかまどもクセがあるからな。大抵食いしん坊じゃったら、慣れるのも早いがな」

「そこは自信がありますよ!」

「ホ、ホ。さ、坊ちゃまに、今日は『ヴァルスミアの白首』だから食卓に遅れないようにと、呼んできてくだされ。シュトレンがぴったりのワインを選んでいるじゃろう」

 

 出来上がった料理は名前の通り、ヴァルスミアの森の恵みが凝縮されたものだった。


 柔らかく仕上がった白首は、一切れ噛むと肉汁が溢れた。脂の旨みと甘味が広がって抜ける。厨房で漂っていた香りほど、甘くないのが逆に不思議だった。ジビエは久しぶりだなあと思いながら、周囲の煮詰めたソースをつけると、ぶどうの甘さと、クルミのコクがよく合った。

 少しの野生臭さ、果実に、木の実。森の自然がそこにあった。この時期にこの場所でしか食べられないものだろう。

 それを持ってきたブルダルーは、さあ、これがヴァルスミアだ、と教えてくれたに違いない。


 もう師匠と呼びたい。


 その日の夕食は大満足で終わった。


『ヴァルスミアの白首』レシピは Faisan d'Antigneul から

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