Tea for two / 二人でお茶を
オーティークッキーは、良い出来だった。
抹茶クッキーのような緑の発色がきれいで、野菜クッキーらしい風味があるが、それがまた悪くなかった。
外出から戻ったブルダルーにも見せ、お茶請けに出して、皆から褒められたローロは、嬉しそうにしていた。
今朝は、さっそくハンターズギルドへ行き、ローロの契約についてエクレールと相談した。
現物払いの希望と、量が大量となる可能性があることを告げると、必要な期間、雇い主になることを勧められた。ハンターを利用することの多い人が、毎月、定額をハンターに払って、仕事を優先的に受けてもらうシステムだという。
「雇い主といっても、ハンターは他の仕事も受けられるから、優先ってだけね。雇い主は、毎回ギルドへ依頼を出す手間が省けるし、護衛や採集が必要な時にハンターが見つからずに困ることがないわ。同じハンターが受けることで、品質が安定することもあるの。ハンター側では、毎月の収入で生活が安定するのよ。採集物の購入代金は別途かかるけど、その価格は毎回頼むより抑えられているから、その方が安くなることもあるわね」
「ローロが嫌がらなければ、それでもいいかもしれませんね」
「契約に縛られず、自由を好むハンターもいるけれど、家庭を持ったハンターは契約を選ぶことが多いわ。ローロは一人だし、それの方が落ち着くと思うのだけれど……。彼はまだ見習いだから、毎月の額も高くならないわ」
リンが良ければ、ギルドからローロに話し、それから契約内容を詰めるということで今日は終わった。
家に戻って、厨房で昨日のクッキーを摘まみ、お茶を飲みながら一息ついていると、階下でドアの開く音がした。
シュトレンの招き入れる声が聞こえる。お客様のようだ。
階下をひょいと見て、リンは目を大きく見開いた。
「ご領主様……?」
ぼうぜんとしたのは一瞬で、我に返ると慌てて駆け下りて、礼をとった。
「ああ、リン、突然訪れてすまぬ」
「いえ、大丈夫です。……あの、ライアンは今日、館へ向かったと思うのですが」
「知っておる。それで、今のうちに、アレに見つからないように出てきたのだ」
いたずらっぽく笑う領主を、シュトレンが応接室へと案内する。
いきなりの領主の登場に、なぜシュトレンはこんなに冷静に動けるのだろう。
隣領からイソイソとやってくる、ラグナルの顔が思い浮かんだ。フォルテリアスの領主はお忍び好きで、皆が慣れているのかもしれない。
そのままシュトレンが階上へ上がるのが見えたから、お茶の用意をするのだろう。
領主は騎士を一人連れただけのようで、部屋の入口に騎士が控えた。その横にアマンドが立つ。領主の前の椅子に、リンは浅く腰掛けた。
「お呼びいただければ、こちらから参りましたのに」
「いや、館ではカリソンにバレてしまうから、まずいのだ。リンに頼みたいことがあるのだが、カリソンにはしばらく秘密にしたい」
「……ライアンにも?」
「いや、まあ、アレには秘密にする必要はないが、私がリンに会いに来ようとすると、うるさいであろう?大丈夫だ。ミドルネームを使わず、堂々と来ている」
リンはキョトンとした。
初対面でもないし、もうミドルネームを使う必要もないはずだ。ライアンを出し抜くように来るから、うるさく言われるんじゃないだろうか。
「……えー、では、ご領主様。お頼みというのを、おうかがいします」
うむ、と領主はうなずいて、リンが思ってもみなかったことを言った。
「実は、カリソンに、今までにないプレゼントを探しておる」
ここでもプレゼントか、とリンは思った。
「夏至の祝祭の贈り物ですか?」
「いや、結婚記念日だ。もともと、夏至の祝祭に贈り物をするのは、この時期の婚約や結婚が多かったから、習慣になったのであろう」
「そうなんですね」
「うむ。早めに婚約が調えば、卒業後、成人と同時に結婚するか、一年の婚約後、次の六月に結婚するのがほとんどだ。夏至の前は、学舎に通う者も自領へと戻り、兄や姉を祝福しやすい。結婚後に王都の社交で周知されて、夫婦そろって挨拶にまわるのにちょうどいいのだ」
「なるほど。あの、それで、私への頼みというのは……」
ローロにしたように、なにか菓子を作ることになるのだろうかと思った。
「うむ。リンの茶が欲しい」
「お茶でございますか?」
「ああ。カリソンは、もちろん私もだが、リンの茶を大変好んでおる。それにライアンがいつも、リンの茶は、あれもこれもうまいと自慢するのだ」
自慢だけして、飲ませてはくれぬのだから、と領主はブツブツ言っている。
「お茶なら、もちろんご用意できますけれど……」
「ライアンがうまいと言う茶が欲しい」
ご領主夫人が好む茶は、どちらというと華やかで、甘めの香りがする紅茶だ。ライアンの好むものと、少し違う。
「ぴったりなのがあるかもしれません」
「本当か?!」
「ええ。ちょうど飲み頃だと思うのです。……それに、ライアンもまだ飲んだことのないお茶ですよ」
それを聞いて、領主は目を輝かせた。
リンは自室から、小さめの紙袋を一つ抱えて応接室に戻った。
シュトレンが運んでくれたお茶のセットを前にして、ナイフで袋の口を切る。
それだけで、ふんわりと香りが立ち上り、鼻先にまで届いた。
「これは、去年の秋薔薇で香りをつけた紅茶です。カリソン様のお名前をいただいている薔薇ほど薫り高くないかもしれませんが、華やかで、エレガントで、少し甘く、フェミニンで、その、カリソン様にぴったりだと思うのです」
「リン、其方、カリソンのことをとてもよくわかっておるな!」
嬉しそうな領主のために、まず少し茶葉を皿に出して見てもらった。
紅茶に、少し紫がかった、濃いピンクの花びらが散る。
「このように、気高く美しい、深い色合いの薔薇なのですよ」
茶葉を入れ、お湯をティーポットに注ぐと、フルーティーで甘めの薔薇の香りが、領主の鼻まで届いたようだ。大きく息を吸っている。
「香りも素晴らしいでしょう?」
「ああ。『カリソン』はもちろん魅力的な香りだが、これもなかなかだ」
「ええ。去年の秋に、作られたばかりのお茶を飲んで一口惚れをしたんです」
「一口惚れとは、面白いな」
「よくあるんですよ。でも、その時はまだ、紅茶と薔薇の香りがうまく落ち着いていない気がして。もう少し、お茶と花がお互いを知り合って、馴染むのを待っていたんです」
「知り合って、馴染む、か。うむ、結婚記念日にもふさわしい茶であるな」
去年台湾で仕入れた、自然農法で作られた紅茶だ。
白いティーカップにお茶をいれると、赤めの水色が美しかった。
領主の前にそっと置く。
茶葉を嗅いだ時に感じた薔薇の香りは、お茶をいれると紅茶の香りと一つになって揺れる。それが時折、またふっと別れて顔をのぞかせ、鼻に抜けた。口の中に最後に残るのは、爽やかな香りと、ほんの少しの甘味だ。
見た目も美しく、香りも鮮やかで、きっと領主夫人も気に入るだろうと思う。
「リンの茶はおいしいと、ライアンが言うわけだな」
無言で味わっていた領主が、苦笑しながらポツリと言った。
「これをお気に召されたら、どうぞお持ちください。……しばらくライアンには出しませんから、今度は自慢し返してくださいね」
それはいいアイデアだ、と、やはりどこかライアンに似たところのある顔で、領主はニヤリと笑った。
このカリソンのイメージのお茶の写真は、ツイッター(@KuronekoParis)にて。





