A good pot of tea / お茶を楽しむ
お湯が沸くまでに、持っている茶葉を見せながら簡単に説明する。
「私が持っているのはこれぐらいで、お茶の産地に種類、作り方も違います」
「この硬いのも、茶なのか?」
ライアンが一番独特な形で、紙につつまれた茶を、コンコンと叩き、手に取る。
「はい。これもお茶です。このお茶は何年も、何十年も置いておけるんです。むしろ年が過ぎてからのほうが味わい深くなる、というか」
「茶葉の色も形も、ひとつひとつ違うのですね。こちらは緑で、そちらは黒ですか。うん?これは香ばしい香りがしますね。おや、こちらは甘い」
「このように緑の茶葉ははじめて見るな。香りもすっきりしている」
それぞれが袋を手に取り、色や香りを確かめている。
「今日お飲みいただくのは、こちらでお飲みのお茶に近いものにしようと思います」
すでに知っている紅茶なら、それと比べて違いがわかりやすいだろう。
「リンの国、ニホンといったか。ニホンの茶はどれだ?」
「日本のお茶は今回、持っていないんです。この緑とはまた違う、緑茶の生産が日本の主流でした。今回は別の国に仕入れに行ってたんです。ひとつでもあれば良かったんですが」
しばらく緑茶は飲めないかもしれない、と覚悟した。
リンが選んだのは、シュトレンが甘い香り、と言ったお茶だった。
Dhankuta HRHT ‘’Autumn Mist‘’
(ダンクータ ハンドロールド ヒマラヤン ティップ 『オータムン ミスト』)
ヒマラヤ山脈の、海抜で千八百メートルぐらいのところで生産されている紅茶で、茶摘みから製茶の工程がすべて、機械を使わずに作られている。そのため茶葉も大きい。
黒ぶどうのようなフルーティさに、花蜜の甘い香り。鼻に抜けていくのはバラの花だろうか。
「紅茶といって、たぶんこちらのお茶と似たような作り方をしていると思います」
「ああ、これはおいしいな。香りも豊かで、渋くもない」
「色も透き通って、この赤みも綺麗ですね。私たちが普段飲んでいるお茶は、もっと茶色く濃い色ですが」
「茶葉の品質や製法で、香りや渋みはだいぶ違うと思うんですけれど、色合いは、茶葉の質だけでなく、水でも変わりますよ。ああ、やっぱり森の水は、最高ですね!ノンヌさんがヴァルスミアは森のご加護で水が豊かと教えてくれましたが、お茶を入れるとよくわかります。森のご加護最高!」
この水があれば、ここでもお茶が楽しめるだろう。
おいしい一杯は本当に心配事がふっとぶ。
「君がなぜお茶が好きなのか、よくわかる一杯だな」
「でしょう?」
選んだものを喜んでもらえるのが一番嬉しい。
お茶を気に入ってもらえて、ニコニコしてしまう。
「リンは、こちらでも茶の店を持ちたいのか?」
「私、実は向こうで、私自身がおいしいお茶を飲みたくて、自分の店を持ったんです。今日、広場を歩いた時に、私もこういう風に店を出せたらって思ったんですけど……」
考えながら言葉を続ける。
「でも、今私が持っているお茶を売り切ったら、もう仕入れができないでしょう?こちらの茶を扱わないと、商売にはならないでしょうね」
「そうだな……。この領で、いや、この国で生産できるようであればいいのだが。今度精霊に聞いてみるが、私自身は茶の木を見たことがない。私の知る限り、茶は他国からの輸入品だけで、大変高価なものだ」
リンが思っていた通り、お茶は一般的ではないらしい。
「民が気軽に買える値段ではなく、それゆえ喫茶の習慣もない。リンの茶は輸入の茶より、質が良く、風味も良いように思う。販売するにしても、市場に店を構えるのではなく、風味のいい希少品として、王族や貴族が顧客になるような感じだろうか」
「いきなり王族に貴族相手の商売ですか?!御用達っていうやつですか?! 一気に街の城壁の高さぐらいまで、商売のハードルが上がった気がしますけど」
ふと、今日の昼に食べた『金熊亭』のソーセージを思い出した。
「あと、私の店にもいくつか置いてありましたが、ハーブティ。薬草茶でしたら、きっとこの国のものを売れますよね?」
「薬草茶?薬草だったら茶ではなく、薬になるだろう?精霊術師が精霊の力を用いて、薬にする」
ここにも精霊術が使われるらしい。
お茶としては飲まれていないのだろうか。
「『金熊亭』のソーセージにハーブの香りがしました。ハーブ、えーと、薬草自体は手に入るんですよね?」
「ああ、あれは、臭み消しと防腐に使われているな。『金熊亭』のダックワーズはもともと他国から来たハンターで、彼の国ではあのように、薬草を料理に使うらしい。茶として出てきたことはないが……。それにあれは、茶の葉ではないだろう?」
「茶葉ではないですけど、お茶のように飲むから『茶』って、呼ばれているんですよ。薬草だけでなく、穀物もお茶として飲むこともあります」
「穀物もか。……それはおいしく飲めるものなのだろうか?」
ライアンは穀物の味を思い浮かべているようだ。
こればかりは、飲んでもらわないとわからないだろう。
「今度試してみましょう。風味は茶葉と違いますけれど、飲み方によってはおいしく楽しめますよ。薬効もあるんです。薬ほど強い効果ではないでしょうけれど、例えば薬を飲むほど悪くなくても、ちょっと体の調子が悪い時がありますよね。そういう時にいいんです。悪くなる前に治すというか」
「ふむ。それは興味がある。薬をなかなか買えぬ民が助かるだろう。工房に薬草を置いているが、リンの知っている物があるかも知れぬな」
そう話しているときに、アマンドと料理人のブルダルーが一緒に戻った。
頭を下げ、腰を落とした二人をシュトレンが紹介する。
「リン様、私の妻、アマンドでございます。こちらは料理人のブルダルー」
アマンドはどこかシュトレンに似ている。グレーの髪のすらりとした女性で、テキパキとしていそうだ。
ブルダルーは高齢なのに、とても元気の良さそうな笑顔のおじいちゃんだ。
「ブルダルーが来るとは思わなかった。爺はそろそろ引退と言っていなかったか?」
「いやあ、だからワシが一番暇で、自由が利いたんじゃよ。ライアン坊ちゃまのところにお客様だと聞いたもんで、ワシが行く、と、一番にでてきたんじゃ」
ブルダルーが顔をほころばせる。
「爺が元気なのはいいことだ。無理をしないように頼む」
「アマンド、ブルダルー、リンはこの国に来たばかりで、わからないこと、できないことも多い。面倒をかけるが、ひとつひとつ教えてやってくれ。いずれは元の国にいた時と同じように、自分で生活ができるようになりたいらしい」
「「かしこまりました」」
「アマンドとシュトレンは、裏の使用人棟を生活できるように整えてくれ。下働きはとりあえず、城から通いで様子を見る。ブルダルーは拘束時間的に、通いだと無理だな」
引退間際のおじいちゃんに、とても通いなんてさせられないだろう。
「あの、ライアン、こちらの厨房に慣れて、食材もわかってきたら、すぐ自分でも料理できるようになると思うので。……火打石が使えるようになれば。それまではできれば住み込みで、あの、食材やこちらの料理の仕方を教えていただけたら嬉しいのですが。もちろん無理のない範囲で」
「ふむ。ブルダルー、どうだ?邪魔にはならないか?」
「邪魔なんてことはありませんのう。ワシで良かったら、お教えしましょう。……火打石が使えなさんのかね?」
「ああ、今のところ禁止だ。自分に火をつけかねない」
「ハ、ハ、そりゃあ先の長いことじゃのう。今までよく生きていなさったなあ」
「大丈夫です。すぐ!……ご面倒をおかけします。よろしくお願いします」
方針が決まって、皆がさっと動き出す。
「工房で薬草を見ようと思っていたが、リンはブルダルーの料理を見るか?」
「いえ!今日のところは、頭と足と、羽毛がないところから、でお願いします」





