喪服のおばあさんの話
「喪服のおばあさんの話」
もぐらくんとひまわりくんは、ある街にやってきました。
街の真ん中に大きな公園があって、公園には大きな噴水があります。
きれいな街並みの街です。
もぐらくんとひまわりくんも、にこやかに街を散策しています。
もぐらくんがひまわりくんに言いました。
「この街には大きな噴水がある公園があるらしいよ。」
「ひまわりくん、見に行こうよ。」
ひまわりくんは不思議そうに言います。
「もぐらくん、ふんすいって何だい?」
もぐらくんは、答えます。
「噴水ってのはね、水をすごい勢いで空に吹き上がらせる池みたいなものさ。」
ひまわりくんは驚いて言います。
「白ヘビ様以外にそんなことが出来るなんてすごい!」
「さっそく見に行こう!」
もぐらくんとひまわりくんは、笑顔を向き合わせて公園へ駆けていきました。
公園に到着すると、たくさんの人が居ました。
ベンチでくつろぐ人。
走り回って遊んでいる子供たち。
噴水のふもとの水で涼む人たち。
みんな楽しいそうです。
そんな中、ベンチに一人かけているお婆さんがいました。
おばあさんは喪服姿ですが、すごくにこやかにしています。
もぐらくんとひまわりくんは、そのお婆さんが気になって仕方がなくなりました。
もぐらくんとひまわりくんは、お婆さんに話かけることにしました。
もぐらくんは、お婆さんに話しかけました。
「やあ、お婆さん。」
「ぼくらは旅の途中でこの街に立ち寄った、もぐらとひまわりさ。」
「公園に噴水があるって聞いて、見にきたんだ。」
「おばあさんは、喪服を着てお葬式の帰りかい?」
お婆さんはにこやかに話します。
「そうなのよ。」
「今日は、おじいさんのお葬式だったの。」
「亡くなってから、お葬式の準備だったりずっとバタバタと忙しかったからねえ。」
「やっと終わってホッとしていたところよ。」
ひまわりくんは不思議そうにおばあさんに質問しました。
「おじいさんいなくなって寂しくないの?」
「なんでニコニコしているの?」
するとおばあさんは、さらに笑っていいました。
「ごめんなさいね。」
「お葬式の後なのに、ニコニコしていたら不謹慎よねえ。」
「この公園はおじいさんと毎日散歩に来ていたからねえ。」
「その時のことを思い出していたら笑顔になってしまったのよ。」
ひまわりくんはもう一度おばあさんに質問しました。
「寂しくないのぉ?」
おばあさんはにこやかに答えます。
「そりゃあ、ずっと一緒にいたんだもの。」
「さびしい気持ちはあるわ。」
「でもね。みんないつかは死ぬものよ。」
「それを考えたらおじいさんは幸せな人生だったし、幸せな最期だったのよ。」
「おじいさんは何も自分ではできない人だったからねえ。」
「いつも私がついて行って、何でもお世話してあげたわ。」
「子供にもたくさん恵まれたし、孫や、ひ孫にだって会うことができたわ。」
「最後だって、ケガや病気にかかることなく、老衰で眠るように逝ったわ。」
「私や子供・孫・ひ孫、たくさんの人に見送ってもらえたの。」
「大きなお葬式もして、これでおじいさんとの一通りの別れはできたと思うのよ。」
「これからは、天国でおじいさんと会うまでは好きに暮らさせてもらうことにするわ。」
そう言うとおばあさんはまたニコニコするのでした。
もぐらくんとひまわりくんは、そんなおばあさんに困惑してしまいます。
もぐらくんがおばあさんに言いました。
「ぼくらは、次の街に行かなくてはいけないからそろそろ行くね。」
そういうと、おばあさんに手を振りました。
ひまわりくんも、おばあさんに手を振ります。
そして、ひまわりくんの種を、おばあさんに渡し言いました。
「僕の種は、食べて願い事をすると叶うチカラがあるんだ。」
「もし、おばあさんが寂しくなってしかたがなくなったら、僕の種を食べて願えばきっと寂しくなくなるよ。」
ひまわりくんの種を受け取っておばあさんはひまわりくんに礼をして言いました。
「あらあら。これはすばらしいものを。」
「ありがとうねえ。」
「お二人も、旅の道中、気を付けなさいよ。」
そして、またニコニコしながら、もぐらくんとひまわりくんを見送りました。
その後、少ししておばあさんも家路につくのでした。
お家についたおばあさんは、着ていた喪服から着替えます。
家の中は、おじいさんと暮らしていた時のままです。
おじいさんが座っていた座椅子。
おじいさんの服もそのままです。
おじいさんが亡くなって変わったのは、おじいさんの代わりに仏壇が奥の部屋にできたことぐらいです。
その中で、おばあさんはいつものように過ごすのでした。
おばあさんは、晩御飯の支度をはじめます。
いつもおじいさんと食べていたいつもの食事を作ります。
おじいさんの健康を考えた塩分の控えめの食事。
野菜多めの炒め物の中におじいさんの好きなお肉を少し入れたおかず。
おじいさんの好きなナスの味噌汁。
お酒のおつまみにおじいさんが毎日食べていた漬物を切ってお皿にもります。
それを食卓に並べて、おばあさんは驚きました。
いつもの習慣で、おばあさんはついつい二人分食事を並べてしまいました。
おじいさんの為に作ったおかずを少し小さなお皿に分けて仏壇に供えることにしました。
そして、仏壇に手を合わせます。
ほかのおかずは、もったいないので、おばあさんが食べることにしました。
毎日と同じ、決まった時間に食事をとります。
おじいさんのおなかが空く時間です。
そして、決まった時間に決まったテレビ番組を見ます。
おじいさんが好きで毎日観ていた番組です。
食事をしながら、いつものように食事を食べてるおじいさんの方に目をやっても、おじいさんはいません。
テレビを見て笑っても、いつも一緒に笑ってくれたおじいさんの笑い声はもう聞こえません。
おじいさんと一緒に過ごしていた空間・時間に、ただおじいさんがいないだけです。
おばあさんは、ぽろぽろと泣き出してしまいます。
そして、あふれ出る悲しみと切なさの中、ため息をついて言いました。
「あーあ。」
「私の生活のすべては全部おじいさんのことを考えてしていたものばかりだわ。」
「おじいさんとの生活が、私のすべてだったのねえ。」
そして、うつむいてぽろぽろと泣き出しました。
おばあさんは、今、おじいさんがいなくなったことを実感するのでした。
そして、泣いて少し時間がたった時、おばあさんの肩が震えだします。
その震えがドンドンと大きくなった時、おばあさんは顔をあげました。
さっきまで泣きじゃくっていたおばあさんが、今度を怒っています。
怒ったおばあさんは言いました。
「今まで、私はおじいさんのためにしてきたし、反抗だってしなかったわ!」
「おじいさんのしたいようにさせてきたし、それにいつもつき合わされてきて大変な思いだってしたこともあったじゃない!」
「それなのにおじいさんは、こんな寂しい思いを私にさせて、一人で天国に先に行くなんて許せないわ!」
「何で私だけこんなに寂しい思いをしなきゃいけないのよ!」
そう言いながらも、おばあさんの怒りはドンドンと増すばかりです。
そんな中、おばあさんは公園でひまわりくんからもらった種のことを思い出しました。
おばあさんは、ひまわりくんの種を持って、おじいさんの仏壇の前に座ります。
そして、おじいさんの遺影に手を合わせた後、ひまわりくんの種を食べて願いました。
遺影に手を合わせ終わった後、おばあさんの顔は笑顔に変わっています。
公園の時のように、すごくにこやかな笑顔です。
にこやかなおばあさんは、おじいさんの遺影に向かい言いました。
「今まで、おじいさんにワガママなんて言ったことなかったけど…」
「ごめんなさいね。最初で最後のわがまま聞いてくださいね。」
「まだまだ時間はかかるけど、待っていてくださいね。」
そういうと、子供のような笑顔をおじいさんの遺影に向けました。
そのころ、あの世の天国行きの船の前におじいさんはいました。
おじいさんは、ため息をつきながら言いました。
「ワシはみんなに見送られて無事あの世にきたが、」
「ワシがいなくなっておばあさんは大丈夫だろうかのう。」
「おばあさんは、寂しがり屋で臆病だったから、」
「いつもワシと一緒にいないとダメだったからのう。」
「心配だのう。」
「心配だのう。」
おじいさんは、おばあさんの心配ばかりしています。
でも、もう死んでしまったおじいさんは、生きていた世界には戻れないのです。
天国行きの船に乗る順番が、おじいさんの番になりました。
おじいさんは、まだおばあさんのことが心配でなりません。
ですが、自分勝手にこの場に残ることもできません。
船の乗船券を、乗船手続きをしている天使さんに渡します。
おじいさんから券を受け取った天使さんは、首を傾げた後、おじいさんの周りをキョロキョロと見渡します。
そして、天使さんは言いました。
「おじいさんは一人ですか?」
おじいさんは答えます。
「そうじゃよ。ワシ一人ですじゃあ。」
すると天使さんは、乗船券をおじいさんに返して言いました。
「おじいさんは、天国行きの船には乗れないよ。」
驚いたおじいさんは天使さんに言いました。
「なぜじゃ!」
「ワシは今まで真面目に生きてきたのに、なぜ天国に行けないんじゃ!」
天使さんは、困った顔で言いました。
「そうじゃないよ。」
「おじいさんのチケットは2人用だよ。」
「2人用のチケットだと1人だけ乗せるわけにはいかないんだよ。」
「もう1人の人が困るでしょう?」
天使さんに言われておじいさんはチケットを見直します。
そのチケットの搭乗者名のところには、おじいさんの名前とおばあさんの名前が書いてあるではありませんか?
おじいさんは天使さんに聞きました。
「では、ワシはどうしたら良いのかのう?」
天使さんは、船乗り場の後ろの建物を指さして言いました。
「あっちに、待合所の建物があるから、おばあさんがくるまでそこで待っていてよ。」
「おじいさんはもう死んじゃったから、あの世からは出られないけど」
「あの待合所の中のテレビで、生きている人の世界は見られるんだ。」
「おばあさんが来るまで、待合所でおばあさんを見守ってあげたらどうだい?」
おじいさんは、驚いた後、照れたような笑顔を向けて言いました。
「しょうがないなあ。」
「おばあさんは、やっぱりワシがいないとダメなんじゃなあ。」
そしてニコニコしながら言います。
「少しの間、おばあさんを見守りながら待つとするかあ。」
そういうと、嬉しそうにおじいさんは待合所に入って行きました。
その待合所のある場所は、あの世の中でもまだ現世に近い風景です。
それはおじいさんが生きていた街によく似た街並みです。
街の真ん中に大きな公園があって、公園には大きな噴水があります。
おじいさんは、あの世の街を今まで通りの時間に散歩します。
おばあさんも、現世で今まで通りの時間に散歩します。
二人とも、世界の違う中で独り言のように、
おじいさんはおばあさんに、
おばあさんはおじいさんに、
語りかけます。
そして、大きな公園の噴水の前のベンチに、
二人は座ります。
おばあさんは右側に、
おじいさんは左側に座ります。
二人がまた会える“いつの日か”まで、
“あの世”と “この世”で、
今まで通り二人の時間を過ごすのでした。
つづく。