転生したらサバだった件
「ああ、今日も疲れたなぁ…」
その日僕は残業もそこそこに新婚の妻の待つ家へと急いでいた。
「今日の晩御飯はなにかな、妻の作る料理はどれも格別だからな」
玄関を開けると妻の鮎子が満面の笑みで迎えてくれた。
「あなたお帰りなさい、今日はあなたの好きなサバの塩焼きよ」
「ただいま鮎子、もうお腹がぺこぺこで待ちきれないよ」
「やぁねぇ、あなた、ちゃんと手を洗ってくださいな」
妻がそう言うが早いか、僕は素手で掴んだサバを頭から丸飲みにしていた。
「ムグッ……」
「あなた? どうしたの? あなた? しっかりして! あなた!」
飲み込んだサバの背骨が喉に突き刺さり僕、サバティーニよしおは死んだ。
享年32歳、葬儀は家族だけでしめやかに行われた。
ふと気がつくと僕は水の中に居た。
水? 大変だ! 息ができない!
慌ててもがいた僕は一向に息が苦しくならないことに気づいた。
そしてどことなく体の感覚もおかしい。
両手がないのである、足の感覚もどこか独特で、まるで窮屈な空間に縛り付けられてるような…。
「おい、サバ君、サバ君、そんなところでなにをしているんだい?」
見ると一匹のアジがこちらに話しかけてくるではないか。
「ああ、アジ君、君は人間の言葉が話せるなんて珍しい魚だね」
「人間の言葉? 何を言ってるんだい? 君も魚じゃないか」
「ええーっ!僕が魚?」
「そうさ、君はどっからどうみてもサバじゃないか? 寝ぼけてるのかい?」
「サバだって? そうか、言われてみると…」
僕は自分の体を見回してみた。
この青光りする鱗に覆われたボディ、両腕の代わりに胸ビレ、足は尾ビレになっていた。
そうか、僕はあの時死んだんだ、そしてサバになってしまったんだ。
これは妻の料理をよく噛んで食べなかった僕への罰なのかもしれない…。
「どうしたんだい? 急に落ち込んで」
「ああ、実はね、僕は元は人間だったんだけど気づいたらサバになってしまっていてね、この姿じゃ妻に会いに行くこともできないと思うと悲しくてさ」
「そうか、君は転生者なのか、この辺最近多いんだよ、なんでも人間界では今転生ってのが物凄い流行ってるらしくてさ」
「ええっ、そうだったのか…でも海の中にそんなに転生者が?」
「そうさ、転生っていうと最強だとかイケメンだとかハーレムだとかそうゆうのになれると思っていたのかい? そんなのは一部の徳の高い生き方をしたやつだけさ、特に善行を積んでない普通のやつは転生したって大体魚類さ」
「大体魚類……」
「まあこの海の全知全能の神ポセイドン様に頼めば別の生物にしてもらえるかもしれないけどね」
「そのポセイドン様っていうのはどこにいるんだい?」
「このまま暖流を上っていけば海底都市があるんだ、ポセイドン様はそこに住んでいるよ」
「ありがとうアジ君、僕ポセイドン様にお願いしてみるよ」
「ああ、この辺肉食の生き物が多いからくれぐれも気を付けてね」
こうして僕はポセイドン様の元へ旅立つことにしたんだ。
どうか人間にしてくれ、なんてわがままをいうつもりはない。
ただ、もう一度妻の顔を見られればそれでよかったんだ。
最後に一目だけ会えればそれだけで…。
しばらく泳いでようやく泳ぎに慣れてきた僕は頭上に大きな影があることに気づいた。
見上げるとそれは口元に立派なヒゲを生やしたアザラシだった。
アザラシもこちらに気づくと愛らしい仕草で手を振ってきた。
「おーい、サバ君そんなに急いでどこに行くんだい?」
「ああ、アザラシさん、僕はこれからポセイドン様のところへ行くんだ、ところで君のそのヒゲずいぶん立派だね」
「僕はアザラシの中でもアゴヒゲアザラシっていうんだ、このヒゲは紳士の証さ」
短い手でピンとヒゲを弾くとアゴヒゲアザラシは誇らしそうにそう言った。
「ところでポセイドン様のところってことは海底都市へ行くのかい? 僕もこれから行くところさ、よかったら一緒にどうだい?」
「ほんとですか? 助かりますよ、実は僕転生したばかりで詳しい道がよくわからなくて…」
「そうかい、それはよかった、僕も助かるよ、クフフフフ…」
こうして僕達は一緒にポセイドン様の住む海底都市を目指すことにしたんだ。
僕達はしばらく人間だった頃の世間話をしながら泳いでいた。
アゴヒゲアザラシは時に笑みを浮かべ、また時には大袈裟に涙し僕の話を親身になって聞いてくれた。
アゴヒゲアザラシは各地を旅をしているらしく。
昔多摩川というところに迷い混んだ話などを面白おかしく語って聞かせた。
そしてさらにしばらく泳いだところでこう言った。
「そうだ、サバ君、そろそろお腹が空かないかい?」
「わたしは泳ぎながらプランクトンを食べてるんで平気です、アゴヒゲアザラシさんはお昼どうするんです?」
「僕はね、お弁当を持ってきているから平気さ」
「あ、そうなんですか、ではそろそろ休憩してお昼にしましょうか、それでお弁当ってどこにあるんです?」
「そんなの決まってるじゃないか、目の前にだよ」
そういってアゴヒゲアザラシは僕に食らいついてきた。
僕は寸前のところで体をかわすと。
「ちょっと、なにするんですか、まさか冗談でしょう?」
震えながらこう訴えた。
「冗談だって? アザラシとサバが仲良くなんかするか、このボケが! そういえばお前人間だったんだったってな、転生者は騙しやすくて助かるよ」
先程までの紳士だった表情はどこにもなく鬼のような形相でアゴヒゲアザラシは突進してくる。
もう逃げられないと観念したその瞬間。
頭上から勢いよく現れた大きな黒い物体がアゴヒゲアザラシを咥えて数回咀嚼すると丸飲みにしてしまった。
「あれはシャチか…。なんて大きいんだ」
シャチは恐怖ですくみ上がる僕を横目で見ると、こんな小物には用もないといった風に悠然と泳ぎ去っていった。
しばらく呆然としていた僕だったが、決意も新たにまた旅路を急ぐことにした。
なんとしても妻に会うまでは誰にも食べられるわけにはいかないのだ。
そんな僕の前に次は大量の魚群が現れた。
大小様々な魚の群れは一心不乱に何かを食べているようだった。
見ると大量のオキアミが水中に撒かれているではないか。
「おお、魚群予告なんて激アツ演出があるってことはそろそろポセイドン様の住む海底都市が近いに違いない」
先程の決意もどこかへと緊張感の緩んだ僕は急激な空腹感に襲われた。
この匂い凄く美味しそうだ…。
なぜだろう急に食欲を抑えられなくなってきた……。
でもこれは食べちゃいけない気がする、人間だった頃の僕の勘がそう言っている。
でも僕は食欲を抑えられなかったんだ。
一つだけならと目の前のオキアミにかぶりついた。
「痛いっ!」
口に何かが刺さったような感覚、これは釣り針じゃないか、やはり罠だったのか。
人間だった僕が釣られるだなんて、よく見るとこのオキアミは冷凍じゃないか、船から撒き餌として撒いているんだ。
こんな見え見えの手に引っ掛かるなんてなんたる失態…。
すると次の瞬間僕の体は信じられないような力で水面へと引っ張られていった。
「このパワフルでスピーディーな巻き取りはシマノの最新型の電動リールを使っているに違いない……どうやらここまでか、鮎子、すまない…」
激しい水圧の変化に僕は体がどうにかなってしまいそうだった。
そして水上へと引き上げられ糸にぶら下げられた僕が見たのはあれほどまでに追い求めていた妻の姿だった。
ショックで幻覚でも見ているのだろうか…。
いや、これは幻覚なんかじゃない。
僕を釣り上げたのは妻だったのだ。
「鮎子! 僕だよ!まさか再会がこんな形になるなんて、鮎子ならこんな姿になっても僕のことをわかってくれるよね?」
僕は口をパクパクさせながら必死に訴えた。
しかし鮎子は残念そうにピンクのラメの入ったネイルを綺麗に塗りあげた手で僕を鷲掴みにし、口から釣り針を外すとこう言った。
「またサバ? もう…。タイが釣りたかったのに…」
「鮎子何を言ってるんだ、僕だよ! 君の最愛の旦那のサバティーニよしおだよ! なんだ、その一緒に船に乗っている軽薄そうな若い男は、それにそんなキラキラしたネイル、君の好みじゃなかったじゃないか」
鮎子の隣にいた素肌に金ネックレスのホスト風の男は後ろからいやらしく鮎子を抱きしめるとこう言った。
「おっ、鮎子さんまた釣れたの? 凄いよ、釣りの才能あるんじゃない?」
「こら! 僕の鮎子に触るな!」
僕は心の中で何度も何度も怒鳴ったのだが、ただむなしくパクパクと口が動くだけである。
鮎子は男に抱き締められ、まんざらでもない様子でこう言った。
「ダメよ、またサバだもの、わたしサバって好きじゃないのよ、嫌な男を思い出すから…」
そう言うと妻は僕の首を折って活け締めにすると乱暴に氷の詰まったクーラーボックスに投げ入れた。
とたん視界が暗くなり薄れゆく意識の中、聴覚だけがハッキリとしていた。
「ハハッ、鮎子さん、それってこの前毒を盛って殺したっていう元旦那の話?」
「そうよ、親が資産家で、一人っ子だっていうから結婚してやったんだけど、あいつ魚みたいで凄い気持ち悪いんだもの」
「でもその旦那さんには感謝しなくっちゃね、たっぷりと保険金が下りたからこうして僕たちは豪華なクルーザーでハネムーンができるんだから」
「ええ、それもそうね…」
そこで完全に僕の意識は完全に途切れた。
その後僕は二度と転生することはなかった。
どうでしょうか、初めて短編に挑戦したんですが楽しんで頂けたでしょうか?
もしよかったって人は軽く感想なんか頂けるとありがたいです。
ダメだったって人も参考までにご意見いただけると嬉しいです。
作風はガラッと変わりますが普段は長編のファンタジー小説も書いているのでそちらもよろしければお願いします。
それではまたどこかでお会いしましょう。