1話 無属性の俺はどうやら死なないようだ
「まず聞いて良いかな、ここは何処?」
「ここはウィリア東方の村、村民数が100人も満たないちっぽけな村だよ」
確かに周りを見渡しても木造の家々が立ち並ぶばかり、井戸や畑、牛や豚などの家畜までそろっている。
どう考えても田舎だ、これが異世界とは未だに信じられない。
「じゃあ次の質問、君は誰?」
「あたしはここの村民、テト。そう言う君は?」
「俺は秋名カイル、それ以外の肩書きは……この世界では関係ないか」
「君日本から来たんでしょ? 名前からして分かる」
まさか異世界で日本が知られているとは思っても居なかった。
そういえば、祠から時たま転生してくる者がいるというのだが、もしかして過去に日本人がいたのか?
「そうそう日本人。山ばっかの御雨町に住んでいて、新聞配達のアルバイトをしてた」
「しんぶん?」
「新聞のことは知らないんだ。新聞ってのは、情報とかニュースが書かれた紙の事だよ」
「へぇー日本には便利な物があるんだね」
日本は知っているのに、それ以外は案外疎いようだ。
「で、そこのヘンテコな物は何?」
テトが指さした先は、カイルの相棒バイク、タビだ。
「あぁ、それは原付バイク。トンダ車のタビってバイクだよ」
「ゲンツキ……飛んだ……バイク……?」
テトは混乱した顔で悩み込んだ。やっぱりよく知らないようだ、なら実際に見せてやるのが手っ取り早い。
カイルはタビにまたがり、キックスタートでエンジンをかけた。
50ccバイクな為に、エンジン音は静かだが、単気筒エンジンの振動が心地よくシートから伝わってくる。
エンジン音を聞いているテトは相変わらず、何が何だか分かっていないようでタビをよーく目を凝らしてみている。
「見てろよ、これがタビの――」
突如、大きな地響きが鳴り響く。それは日本でいう地震に言い換えれば、震度4くらいはある。
その震動のせいか、タビのエンジンがビビるように止まった。
「おいポンコツ! 何止まってるんだよ!」
「カイル危ない! 獣が祠から転生してきたよ!」
後ろへ振り向くと、アイツがいた。
秋名カイルを殺したクマ。なぜお前まで転生してきているのだ。
そしてまた殺しに来たのか、そう突っ込んでやりたい。
また2足立ちでカイルに襲いかかろうとしていた。
その刹那、テトが明らかに闘争心を剥き出して、クマの前に飛び出た。
「力をかしてシャルティナ!」
シャルティナと紡ぐと、テトの右手に炎を纏ったダガーナイフが現れ、それを握ったテトは軽いバネでクマのひっかき攻撃を避け、クマの面前まで飛んだ。
「甘い! あたしのシャルティナを舐めるな!」
空中で身を翻しながらクマの頭部へ切り込んだ。
眼球が炎で焼かれ、クマは灼熱を振り払うように悶え、やがて森の中へ逃げ去っていった。
テトはピタッと着地して、炎をダガーナイフをいずこかの次元へしまい込み、こちらに視線を向けてきた。
「危なかったね、もう少しで死にそうだったじゃない」
「本当に助かった。それにしても凄い力だな、異世界だと皆炎を操れるようになるのか?」
「あのナイフはこの世界で作られた、命が宿るナイフなの」
「命が宿る? 結構物騒じゃん」
「皆最初はそう言うよ。でも、この世界には必要不可欠になってくるし、だれも命を宿すことに躊躇う人は居ないよ。後、人それぞれは属性を持ってるの」
「テトはさっきの通り、火属性みたいな?」
「カイルの属性も見てあげるよ」
テトはボロボロの靴で砂を鳴らしながらカイルへ近づき、左胸を手で触れた。
「ひぃ!? て、テト!?」
カイルの反応っぷりは女の子とロクに接したことがない為に異常だ。
顔は真っ赤だし、触れられている左胸になる心臓がバクバクしている。
これではドキドキしていることがテトにバレバレじゃないかと、もっとバクバクしてしまう。
だがテトはカイルが想像していた顔とは全く違って、あれ? と戸惑った顔を見せた。
「君の属性……ないんだけど」
「え……」
こっちも思わず目が点になってしまう。
せっかく異世界に来たのに、まさか何も特殊能力を持たぬまま、生き続けなければならないのか!?
「鼓動の熱さとか、リズムで属性は大体分かるんだけど、君の場合はなにかイレギュラーだよ」
(鼓動の熱さなら、間違いなく火属性はだったと思うんだけど、違うの?)
そこへ足音がこちらに近づいてきていることがわかった。
今度の方向はクマが現れた祠側ではなく、村の入り口の方からだ。
「テト様、お迎えにあがりました」
「ホーリュー王子……」
(なんだよこのイケメン。金髪を爽やかになびかせちゃって、さぞやバレンタインデーのチョコ大量に貰っただろうに)
言葉通り、イケメンという言葉がホーリュー王子という男にピッタリ合う。
金髪に王国規定の華美なタキシードの礼服、顔立ちも細い眉毛にクールな目つき、田舎者のカイルとは大違いだ。
「テト様、貴方はウィリア王国の姫とならねばならない存在、このような村にとどまる必要はありません、さぁ――」
「待てよ」
カイルはタビを手で押し引きながらホーリュー王子の前へ立った。
「なんだ君は?」
「御雨町の新聞アルバイト、新聞の秋名こと秋名カイルだ」
「なにを訳の分からない言葉ばかりを。それになんだその不可解な物は」
不可解な物と言った視線の先はやっぱりタビだ。
「聞き捨てならないな。コイツは俺の相棒タビ、御雨町に365日新聞を共に配達した最高のバイクだ」
「……君と話していても無駄なようだ、テト様、どうか――」
カイルを素通りしようとするが、カイルはタビにまたがって大きく両手を開き、行く手を阻む。
「何のつもりだね?」
「さぁ? ただお前の顔がムカつくだけだ」
「ほほぅ、私もそこまで愚民に罵られるような存在になったとは、実に悲しい事よ」
「悲しめ悲しめ、女をはべらせる男なんか、死んじまえ」
言いたいことを言いまくる。
別に相手がどれだけ怖くても、どれだけ強くても良いのだ。その存在より、女の子が悲しむ姿の方がよっぽど見たくない。その為なら命だって張れる、カイルはそう心得ていた。
「愚民というのは存在して初めて愚民となる。ならば、それを無くしてしまえばいいという事だ」
「ホーリュー王子!!」
テトが慌てるのも無理はない。ホーリュー王子はカイルに向けてナイフを向けていたからだ。
「死ね、愚民」
呆気なく腹部にささるナイフ。とてつもない激痛がカイルを襲う。
痛い、痛い、痛い――そろそろ死なないのだろうか。
「なかなかの根性じゃないか、だが、これで本当に終わりだ」
異国の銃だ。凄い華美な銃でいかにも強そう、と考えるまもなく銃弾が発射、カイルの脳天を貫いた。
脳にダメージがいくとこれほどまで、ふわふわとするんだとカイルは意識を失いかけながら思う。
ふわふわ、ふわふわ、ふわふわと遂に息絶えた。
「カイルー!!」
テトの嘆きも聞こえない。ただタビにまたがり、キックペダルに足を乗せたまま死んでいる。
それを確認したホーリュー王子はカイルの死をなんとも思わず、爽やかに笑いながらテトに近づいてく。
「さぁテト様、邪魔者はいなくなりました、今こそ王城へ行きましょう」
「やなこった! なんであたしが王国なんかに!」
「テト様にはこの国にとって秘宝と言えるべき力をお持ちじゃないですか、それを王国に献上するのは義務だと――」
「うるさい! あたしはこの村が好きだ! 皆が協力し合って野菜を作ったり、牛や豚の世話をして毎日を生きる、上下関係もなくて、みんな温かい家族なの、そんな家族と暮らすのが大好きなの! 王国の冷酷な集団とは全然違う!」
テトは泣きながら訴えた。その涙が、この村に対する思いなのか、カイルが死んだ事への涙なのかは分からないが、情熱的だ。
そんなテトにホーリュー王子は嘆息し頭をかいた。
「仕方がありません、こうなれば強制的に連れて行くしかありませんね」
ホーリュー王子がテトの右手に手を伸ばす。
「嫌っ! やめてよ!」
テトはパシッと手を払い、2歩、3歩と後ずさる。
「大人しくしてください、王からは手荒まねはするなと言われているのです」
その時、ホーリュー王子の耳にドコドコと静かだが、鼓動に響いてくる音が聞こえてきた。
(なんだこの音は? この村は紡績機でも持っているのか?)
一方、テトはこの音に聞き覚えが有り、まさかとと言う表情をする。
「さぁ行きますよ――」
刹那、ドコドコとした音は急激に大きくなり、ホーリュー王子の耳にどんどん近づいてくる。
後ろへ振り向いたときには既に時は遅し、タビがホーリュー王子に突撃して引き潰した。
タビにまたがっているのは、死んだはずのカイルだった。
「カイル!? なんで生きてるの!? ってか、なんでそれ動いてるの!?」
いろいろ驚くことがありすぎて、さっき泣いていた涙がすっかり忘れた。
「逃げるぞテト! 悪いけど、コイツは原付だから2人乗りはできない。だから1人で走ってくれ!」
別に日本ではないので、ニケツしようと思えば出来るのだが。それはカイルがしっかり交通ルールを守っていた証明としておこう。
「よく分からないけど、村の外に出るわよ!」
テトは俊敏な足で村の外へ疾走していく。
カイルのバイクも加速して行き、外へ出て行った。
残ったのは体に真っ黒につけられたタイヤ痕が目立つホーリュー王子だけだ。
「なんだアイツは……」
訳の分からぬ存在にホーリュー王子は怒りの矛先が分からず、無様な姿で王城に帰るのだった。
どうも、庚京次です。
如何だったでしょうか、今回で執筆をいったん区切り、スローペースとなります。
(どんだけ怠惰なんだよって話笑)
さて次回はテトとカイルが逃げ出した所から始まります。テトは王国に追われ、それに巻き込まれるカイルの運命やいかに、乞うご期待。