吹雪の海
私の瞳の奥に星屑ほどの雪が、不思議と大きく映っている。
白いその星たちは、私の、千尋の海に流れ込んでくる。心の中にその冷たさを誘えば、なんとも優しい心持ちになる。
命を孕んだ海のように、音を孕んだ静かな雪を孕んだ私は、ただ動けずに目をつむっている。なんて安らかな眠りなのだろうと、雪が溶けて涙と交わるときには、いつも思う。
裸の私にそっと触れて転げる雪の波は、人肌にも増してほんのりと暖かい。
私の深みを覆い尽くした雪から覗く要所は、まだまだ冷たいままだ。
そこから血のように、恐れが身体中を巡るから、閉じたままの目はまだ乾いていない。情けないなと思いつつ目を開けると、そこは私だけの、空っぽの空だ。
一人のはずなのに、その部屋はいつしか夢見た彼の、ほんの指先より暖かいのだ。
なぜだろう。
そう思って閉じかけた眼に、一つの眼差しが迷い込む。それはただ一つ、私が身に付けた緑色のヘアピン。それが宙に舞う無限の白に連れられた一筋の光を、私に突き刺したものだ。
幾度も自分が忘れ、地に落とし、失くしてきたものは幾度も、何かの手によって私の髪にしっかりと刻まれていた。涙でとろけた三つ編みの、ぐしゃぐしゃの髪の毛にも、しっかりとそれはあったのだ。
一人の私に迷い込んだのは、いつものそんな光だった。
守るために、静かに私を包み込むそれは、ふと触れれば、私の手を裂いてしまうだろう。
何かと私が共に手を握った、一瞬、に響くトライアングルのような澄み渡った冷たさ。
暗闇の中で背筋の奥の奥が氷になる、きりりとした光の声。
雪原の嘆きのような何かの声。
それに優しさ、情熱と鋭利を彩るその光。
それが私の中の、広大無限な世界と一つになった。やっと何か、確かな物と繋がって、一つになれたのだ、私は、いくら見渡しても、今は白しか見つけられないのにーーー
この風と星々に、自分の、探して手にしたリズムを連れ去られる時になって、初めて、人の愛を心にしたのだ。冷たさは、私のリズムを止めてしまう、恐ろしさに酷く怯えていた私は、初めてその手を取れたのだ。
この雪が、人の涙が伝えてくれる憎らしさを、私は自分のものにしたかった。
よく見る夢は、私に重みと軽さを問いかけて、同時に押し付ける。
その世界に、優しい母がいないと知った時、私は死んでしまうと思う。どす黒い、丸い世界みたいな神様の声だ。四角い神様なら、きっと素敵なはずなのに、それだから、私はその形を自分のものにできないでいる。
だから言語を持たない私は、ただ泣いた、夢中で、必死に。そんなに恐いものを、私はたくさん知っている。それは色々な心だった、私を殺してしまう心だった。
今日を信じる心や、明日を信じる心。私にとっての明日とは、どこだったのだろう。
いつもと同じ空、限りある天井を見つめて、明日の居場所や調律さえも聞かせてはくれない鼓動のリズム。
時計の針より不正確な私の命は、誕生日プレゼントのナイフのようで、私を苦しめた。そうなるともう、大好きな季節の種の、金木犀の香りでさえ私を苦しめる。
そして、情熱的な汗を振りまく、指揮台の上の女性。全ての光が彼女に集められ、音楽に食われる魔法で、私の辺りは真っ暗だ。そんな音楽なんて嫌いだ。
いつしか私に積もっていた白く長い時間は、眼前の景色と時をつなげてはくれない。
そんな、自分のリズムを捨てたリズムで、あなたのリズムに会いに行こうと思う。その時には、宇宙の寝息が鼻歌交じりに、私の中に飛び込む。
それは冷たくて恐い、人の美しさだ。
「ほら見て、雪よ。」
それに包まれきった私の小さな体は、触れた人の指先と時の流れをこぞって抱えて、もうすぐ飛んで行く。
私はそこで死んだ。
読了感謝します。
本日、短編四つ投稿した作者です…
きっとかぐや姫のが一番面白いですよ。タイトルはウケ狙いですけど。