空論探偵 バス停事件
寂れた無人のバス停に裸のパフェが一つ、ちょこんと置かれていたらどう思う?
少なくとも俺は気になるね。見なかったことにして通り過ぎはしない。好奇心を持ってパフェに近づいてマジマジと見るだろうし、ひょっとしたら手に取ってみるかもしれない。
ただ、それを食べてみようとまでは思わないな。なんか危ない気もするし。
これ、普通の感覚かな?
普通だと俺は嬉しい。ズレてないなって安心できるから。
まあ、別に普通じゃなくってもいいっちゃいいんだ。俺の横で、目をキラキラさせている女子高生がいるからな。世の中の普通と彼女の瞳の輝きなら、絶対に後者をとる。これってセカイ系ってやつなのかい?
「タダシ、タダシ、謎だぞ! これは謎だぞ!」
古本屋で絶版本を見つけたときのような高揚のある声に、俺は「ああ、謎だよな」と返す。
「──っくうーっ! あがるぅーっ!」
ぴょこぴょこ跳ねる女子高生──穴闇餡子という──の挙動は子ども相応と言えるものの、高校三年生・最高学年という要素を鑑みるにギリギリな感じもするね。
これが小学生と見まごうようなロリロリ娘なら話は別だが、アンコは身長もそれなりにあるし、丸顔よりは細顔寄りだし、ツインテールでもポニーテールでもなく普通のセミロング。顔立ちは良いけれど美少女よりは美女寄りだ。
何が言いたいかって? ギャップ萌え可愛いなってことだよ。
まあ、女の子の中では背が高いとはいえ、バスケやってましたと言えばすぐ信じられるノッポの俺(須藤忠司ってフルネームだけど別に覚えなくていいぜ)からすれば十分小さいし、俺の方が二歳年上って事実を踏まえれば庇護欲が出てくるのも無理はない。
けどやっぱり、優等生系の美人が全身で喜びを体現しているのはイイと思わんかね?
──話を戻そう。バス停の上のパフェだ。現状説明だ。
そもそも俺とアンコは帰路についている。俺の大学から、アンコの家までだ。
不思議に感じる点もあるだろうがスルーしてくれ。大学にアンコが来る必要もなければ、俺がアンコの家に行く必要もない。要はどちらも寄り道しているってことだが、俺たち二人をカップルって関係にくくるのだけはやめろ。
強いて言うならば、アンコは俺の恩人だ。カップルなんて対等なもんじゃあない。
まあそこは関係ないからはしょり、とにかく帰路。あまり人通りのない道に、寂れたバス停が一つある。停留所の標識と、座って待つための簡単な三人掛けの椅子がある程度のもの。
バスこそ停留すれど、乗り降りする人がほぼおらず、大体通過していくようなちっちゃいバス停だ。なんでここにあるのと突っ込みたくなるもんだが、割にあるだろ、そういうの?
その椅子に、裸の状態でパフェが置いてある。
テイクアウトできるプラスチック容器に入った、プリンとフルーツと生クリームがふんだんに使われたパフェだ。一口も食された形跡がない、バージンパフェってやつだ。言わない? うるせえ俺の造語だよ。
それがなぜか、バス停の椅子にちょこんと置いてある。え、わたし今日ずーっとここにいるんですよー、みんな気付いてないってか全然人が通んないしここー、とでも主張しているかのように。
「なぜ、ここにこのようなものが……」
ようやく落ち着いて思考のポーズ(あごに手をやって下を向くことを俺はこう呼ぶ)を取るアンコが何者なのかという話をそろそろする頃な気がするのでするが、一言でいえば探偵志望だ。
探偵志望。うーんこの賢そうで馬鹿っぽい響き。しょうがないじゃんそうなんだから。
物心つくころから国内外のミステリ小説にハマり倒し、日々の生活に溢れる謎を追い求めては推理をするのが何よりも好きになってしまった存在が目の前の女子高生アンコである。中学生の時とか年間七百冊のミステリを読んでいたらしい。すごすぎるだろ、俺が中学生の時って何してたっけ、バスケに明け暮れて、クラスの美女のリコーダーと自分のをこっそり交換して悦に入るような馬鹿だった気がすんぞ。
そういうわけで、二人の帰宅中、こんな謎に遭遇するのはまさに僥倖、出来すぎた話ってわけだ。見れば早速ぶつぶつ言っている。
「なんか思いついたか?」
訊くと、アンコは俺の方を見上げて嬉しそうに言う。
「とりあえず、このパフェをここに置いた容疑者は、数人に絞れるだろうというところまではわかったぞ!」
おお、早い。さっすが探偵志望だ。地頭ももちろん良いんだろうが、今までのミステリ経験値がアンコの推理力を驚異的なものにしている。
「マジかー」
やや大げさに驚いてみせると、フンスッと強めの鼻息をつかれた。あ、わかったぞ。
「──なんで分かったんだ?」
いよっ待っていました、との字幕がアンコの頭上に上がったような気がしたね。リアルな幻覚ってやつだ。アンコとも一年付き合えばこれくらいは分かる。
「パフェの容器から見るに、これはここからちょっと行ったところのスイーツ店『もういいかい』の商品だ。そしてこの商品は、一日十数個しか作られぬという、限定フルーツプリンアラモード」
一目見ただけでそこまで見抜くとは、アンコめ名前負けしないスイーツ女王! と称えたいところだが、実はここまでなら難易度はそう高くないんだな。『もういいかい』は市内で一番有名なスイーツ店だし、そこの限定プリンアラモードはテレビで特集されるほどの逸品だ。この地方の数少ない名物と言ってもいいかもしれん。大学からこっちに来た俺からすれば、これ以上のものはあんまり出てこないもんな。
「さらにパフェの状態は至って良好」
おう、見た感じ買ったばっかりってところだ。夏場の今でもまだ腐ってない。
「ここが重要なポイントになる」
言葉を切り、アンコが軽く舌で唇を舐めた。そして軽く胸を張る。
「なぜなら、この限定プリンアラモードは生クリームの特性上、出来てからすぐに食べなければならぬ、保存がきかぬものだからだ。テイクアウトするときも、店員から念押しされてしまう」
「つまり、この限定プリンアラモード……いうのめんどくさいな、パフェは作られてから時間が経っていないってこったな」
「その通り。そして今が午後四時なので、少なくともこれは午後三時以降に作られている。だが、数量限定の人気品だ、間違いなく商品は昼前に売り切れる」
矛盾発覚、である。ま、ここの市民からすればそうでもないんだけどな。
「ただこの『もういいかい』、事前に電話すれば数個は午後に作って置いてくれるサービスをやっている。取りに来る時間を厳しく指定されてしまうがね。つまりこいつをここに置いた飼い主は、その予約サービスを利用したに違いない。となれば、店に電話して今日の予約サービスをした者を聞きだせば、容疑者は数人に絞れるというわけだ」
お見事、お見事。自然な結論とはいえ、よどみない分かりやすい説明だね。俺の高校時代にはできなかった芸当だ。
そういう意味で感心していると、アンコは嬉しそうに顔を歪めた。
「しかし! しかしだよタダシ、この謎において犯人を特定することはさほど重要ではないのだ。なぜ! なぜ、こんなバス停にパフェが置かれる羽目になったのか、それを解き明かさねば、今日は眠れそうにないぞっ!」
「うむ。アンコの推理、期待してるぞ」
ワイダニット。確かにこの謎の本質はここにあるだろう。フーダニットは簡単だ、買ったやつの誰か。ハウダニットなんてもっと簡単だ、置くだけ。
どうしてバス停にパフェが置かれているのか?
探偵志望のアンコ、推理スタートである。
──ま、理由なんてないんだけどねー。
なにせこのパフェをこのバス停に置くよう仕向けたのは、俺なもんで。
先にも述べたがアンコは俺の恩人だ。大学に入学して間もない頃、色々あって俺は死にかけた。それを救ってくれたのがアンコであり、俺はこの先の人生、アンコの下僕として生きていくのもやぶさかではない。
穴闇餡子とはそういう人間だ。彼女の知恵と行動は人間を救う。
そんなアンコの至上の楽しみが、日常の謎を見つけては推理することときた。けれども俺の短い人生経験からしても、そんなに謎に出会う機会もない。
だったらたまには作ってあげようか。強いて挙げるなら、今回の事件のワイダニットの「真相」はこれになるってこった。
だから、今日二人でこの道を通って帰るよう仕向けたのも俺だし、パフェがここに置かれるようにしたのも俺ってことになる。もちろん買って置いたのは俺じゃないぜ、先回りしないといけないからな。
おっとそうだ、連絡しなきゃ、
俺はアンコに気付かれないように、携帯で「アンコ、パフェ発見」とユウにメッセージを送った。すぐに返信を知らせるバイブレーションが鳴ったが、きっと「了解」とかそんなんだろな。
ユウというのは榛原悠、アンコの下僕その二である。経緯はよく知らないが俺と同様アンコに救われたやつだ。同じ目的の俺とは馬が合い、過去何度かやっているこのマッチポンプ式謎解きショーの裏方を手伝ってもらっている。年は俺の一つ下、通っている大学は同じで、今回の彼のミッションはパフェの予約購入及びバス停への設置である。
彼、と表記はしたもののユウを見たら十人が十人、女の子だと思うことだろう。性別ってなんだっけと言いたくなるようなやつの外見もさることながら、ユウ自身も自分が女性とみられることに最高の喜びを感じているようで、服装化粧その他諸々に余念がない。男が性的に好きって訳ではないようだが、変態ボーイなのかもしれんねえ。
ま、ユウのことはさて置こうや、俺から話題を振っておいて申し訳ないが。主役はあくまでアンコであり、眼目はあくまで謎に対する推理だわな。
もちろん真相ははっきりしすぎている。アンコに考えさせるために理由なく置いたというものだが、それを明らかにするのは野暮ってもんだ。
たとえ空論であれ、妄想であれ、目の前の事象に「必然性がある」と仮定した時の推理。それを導き出すときのアンコは本当に魅力的なんだぜ。
だからこそ、冒頭に尋ねたわけだ。バス停にパフェがあるって現象は一般的に謎に感じるかどうかってことを。
もちろん俺の演出した謎であれば、アンコには大体効果ばつぐんのダメージ二倍、興味津々で考えてくれること間違いなしだが、ああいう推理マニアにしか響かないような謎ってのもなんだかなあと思う。これでも案外考えてるんだぜ。
ある意味で俺の行為はアンコを騙していることになるが、そこはそれ。向こうも楽しんでるしいいじゃんって思わないかい? 共感を求めてるわけじゃあないがね。
さあ、俺のたわごとなんて終わりにしよう。大学生の男より、女子高生のほうが見ていて楽しいに違いない。
「で、アンコよ。なんか追加でわかったか?」
「ぐむむむ……」
パフェが限定品で予約購入されたことまでは突き止めたものの、なかなかそこから先には進まない様子。そりゃそうだよな、何が楽しくて苦労して買った限定パフェをバス停に放置するってんだよ。
「タダシよ……」
「どうした?」
悲しげに眉を伏せるアンコ。もしやギブアップなのか。あまりに謎が突飛すぎたか。
ちょっと不安に感じていた、んだけどもな。
「──これはとんでもない事件に繋がっているかもしれぬぞ!」
おいおい、よくわからんがめちゃくちゃ進んでるな。
今まで以上に手ごたえアリ、とばかりに鼻腔を膨らませてきたもんで、俺は思ったね。
今日こいつ、いつもより絶対しゃべる。
「まず初めに考えたのは、犯人が意図せずしてバス停にパフェを置いてしまった可能性なのだ」
俺は慣れきっているから今まで突っ込まなかったが、独特な口調のアンコの推理である。どこか文語調というか、現代っぽくない。
てか、もう犯人とか出てきてるしな。犯罪おこってんのかなこれ。
「そりゃなんだ、うっかり置き忘れたってことか?」
「うむ。うっかり置き忘れたってことだ」
「しかし、頑張って買ったパフェをうっかり置き忘れたりするかね?」
俺、というかユウはものすごく意図的に置き忘れてやったもんな。
「そこなのだ。もちろん可能性がないこともないが、非常に違和感がある。なぜならば、ここにあるパフェのみを購入することが不可能だからだ」
「ん? 単品買いはできるだろう?」
俺が素直に疑問に思うと、アンコはむむうと頬を膨らませる。感情表現が顔に出過ぎるのがおもしろいが、たぶん「なにいってんだこいつ」という表情っぽいので俺としては残念だね。
「そういう意味ではないのだっ。ここでパフェを買ったら、箱もついてくるしスプーンもついてくるだろうということだっ」
「おー、なるほど」
「バス停にこれだけ置き忘れているということは、犯人はバスに箱やスプーンは持ち込んでいることになる。そんなうっかりはありえぬだろう」
「箱は邪魔だから捨ててしまったのかもよ」
「同じだぞタダシ。箱を捨てたということは、帰りながら食べる目的だったということだ。その目的物をうっかり忘れるのはおかしい。スプーンは持って乗っておるわけだしな」
「スプーンも捨てちゃったのかも」
「たわけかっ! どうやってパフェを食べられるというのだ!」
「自前のスプーンを持ち歩いていたとか。マイ箸みたいなノリで」
「そこまでして食べたい犯人だったら、万万が一忘れて乗ってしまったとしても、すぐ降りるだろうよ……」
「ははは。そうだな」
顔を多少赤らめて腕をじたばたさせるアンコ、なかなかいいな。
はたから見ればおちょくっているように見えるが、これでも真剣なんだぜ。というのも、本質的にこの謎は解ナシの自作自演なわけで、それを解アリと仮定した遊びをやっているわけだ(アンコは本気だけど)。となれば柱になるのはアンコの論理展開のみなわけで、俺としてもできる限り細かいところまで突っ込んであげたくなるのよ。
まあ実際、もどかしいなあという目をしながらもアンコが楽しんでるのはすごく伝わってくるしな。そもそも俺より数段頭がいいんで、指摘を考えていれるのも大変だわ。
「ゆえに、うっかり忘れた説は否定したいのだ。よろしいか」
「オーケー。じゃあ、次は何説で攻める?」
「うむ。うっかり忘れておらぬ以上、なんらかの意図を持ってそこに置き去りにしておることになるが……タダシよ、人がモノをそのへんに置いて去るというのは、どういうときが多いと思うかね?」
「そうだなあ……いらない時かな?」
「うむうむ」予想通りの返答だったようで、アンコがフンスと鼻を鳴らした。「私もそう思う。要らなくなって捨てるというのがよくあるだろう。普通にゴミ箱に捨てればよいではないかってものだが、きょうび案外ゴミ箱とはないものだからな。ポイ捨てが減らぬわけだ」
確かに、捨てたいと思ったときに近くにゴミ箱がないことは多い、けどなあ。
「しかしアンコよ、ただのパフェじゃないだろこれ。要らないとかあるか? 絶対要るやつだと思うけどなあ」
「タダシの言う通りだ。かろうじて思いついた線としては、犯人が買う個数を間違えたという仮説くらいだな。家族かパーティか、とにかく複数購入で予約していたが一つ余分に買ってしまっており、そのまま持って帰ると余りを誰が食べるかで揉めるから捨てた、みたいな」
「そんなことあるかねえ」
「なくもないだろうが、そうであったとしてもバス停に置き去りにするというのが不可解だ。パフェだぞ? なぜその場で食べてしまわないのだ?」
「うーん……アレルギーとか、病気の問題で購入者が食べられなかったというのは?」
我ながら良い返しだと思うね。もしそうだとしたら、一個余計に買ってしまったことにも説得力が出る。もともと購入者の分を除いて予約する予定だったのが、つい人数全員分を頼んでしまったってことになるからな。
「あの店、予約するときにはアレルギーの有無の確認、必ず入れてくるのだよ……」
「そーなの?」
あとでユウに訊こう。というかアンコ詳しいな。
「私だって花も恥じらう乙女なのだから、限定スイーツくらい頼んでもよかろう。ちなみにこの限定プリンアラモードだからテイクアウト容器にも『もういいかい』のロゴが入っておるけれど、通常商品はただの容器だぞ」
初耳だ。スイーツ探偵名乗れるんじゃないだろうかこいつ。次の謎作りはもうちょっと苦手そうな分野からにしよう。
「まあいいや、ということは……このパフェは、要らなかったからとかいう消極的な理由ではなくて、確固たる目的があってここに置かれたってわけだ」
「そうなるのだ!」
おっ、一段階テンションが上がった。スーパーフンスッタイムに突入するかもしれない。
と、ブレーキ音がしたので振り向けばバスが停まっていた。運転手が「乗らないの?」という視線でこっちを見てくるので、顔の前で手を振ったあとに頭を下げるジェスチャーをする。すぐにバスの扉が閉まり、肩をすくめて運転手はバスを発進させていった。
「……アンコ、ここに留まっているとややこしいな」
「そうだな、ウチへ向かうか……あ、このパフェどうしたものか……」
「食べるの?」まあ、毒は絶対入ってないと思うけどな。買ったのユウだし。
アンコは数秒の間に喜怒哀楽ならぬ迷諦望耐みたいな表情を次々と浮かべ、
「…………」
なにも言わずにパフェを手に取った。
で、懐からコンビニでよくもらえるプラスチックのスプーンを取り出した。
常備してるんだこいつ……
「…………」
俺が絶句していると、アンコは耳まで赤くなって、
「げ、限定だぞ! 見た感じ買ったばっかりだし! 虫がたかっている様子もないし! 食べるだろ? 普通食べるだろ、な? な?」
俺のTシャツを引っ張るもんだから、「そりゃ食うよ、俺も一口貰っていい?」と迎合した。ここで一口くれとお願いするあたり、アンコの気まずさを消してると思うね。
「ぜったいやらん」
あ、くれないの。アンコ的にくれるかと思ったが修正だ。こいつスイーツめっちゃ好き。
「うまうま……で、ふぉこまでふぁなしふぁっけか」
大層ご満悦だなオイ。
「パフェが置かれた確固たる目的があるよなってところだな」
「むぐむぐ……なるふぉど。それは、バスのひょうきゃくかうんてんしゅに見せるふぁめにふぉかならない」
乗客か運転手、な。駄目だこいつ、食べたい欲求と喋りたい欲求が同時進行していて優先順位をつけられていない。俺はいいけど、せっかくの推理タイムがすごくカッコ悪いぞ! いいのかアンコ!
「なるほどね、バス停に置くってことは、バスに乗ってる人に見せるためだろうなあ。もちろん俺たちみたいな歩行者でも見られるけど、歩行者がどんなルートを通るかなんてわからないもんな。その点バスならばっちりだ、バス停は必ず通る。ってことは、犯人はこの時間帯にいつもバスでこのルートを通る人を対象に、パフェを見せたかったってことなのかな?」
長めに喋っているのはもちろん、アンコが食べ終わる時間を少しでも稼いでやっているわけよ。俺優しいねえ。こいつじゃなきゃやらねえけどな、こんなこと。
「ふぉうなのだあっこのプリン甘っ」
渾身の長台詞がプリンに一刀両断された。無念。
「けれど、きょうびふぉんなこふぉするふぃつよう、ふぁるかね?」
きょうびそんなことする必要あるか……確かにな。
「誰もが携帯持っている世の中だもんな。パフェを自慢したいなら写真にとって送ればいいわけだし、なにかメッセージ添えたいならなおさら携帯でいいよな」
「うむぐ」
うむぐて。人間頬張りながら頷くとこんな音出るんかい。
「ふう……ごちそうさまでした」ようやく食べ終わった模様のアンコ。非常に晴れやかな顔つきだ。「これで推理に集中できるな。とにかくタダシの言う通り、携帯電話が発達しすぎておる現代において、パフェだけを置くコミュニケーションというものはかなり不自然なものであると言わざるを得ぬのだよ」
「そうだよな」
「だからこそ、こう推理することができる。パフェを置いた犯人とそれを見るバスの乗客は、連絡手段をなるべく絞ろうとしているとね」
そうきたか。俺の思いつきパフェがいよいよ物騒な方向に動き出してきたぞ。
「つまり、何らかの犯罪が絡んでいるのではないか? というわけだが、ここでそもそもパフェで何が伝えられるのか、ということが問題になってくる」
「パフェでねえ……なんだろね」
いやー思いつかないなー。だからこそやったんだけどな。
「もちろん、事前に打ち合わせしておればなんでも伝えることは可能だろうなあ。パフェをここに置いておけば計画成功、みたいに。しかし、それにしては面倒な買い物をしていると思うのだよ。わざわざ店に電話までして、予約して購入してというわけだからな」
「納得だ。缶ジュースとかで別にいいもんな」
「その通り。では、あのパフェである必要とは何か? 私は一つしか思いつかなかった──あのスイーツ店、ひいてはここ市内に今日来たことの証明だ」
「……証明」
「そう、証明。限定パフェを買えば、テイクアウト容器に店名が印刷され、かつ毎日の数量限定品で前日以前のものを持ち込むことも保存上難しいため、その日この市内にいたことの証明になるではないか!」
「となると犯人はバスの乗客ターゲットに、今日市内に来たよということを伝えたかったと」
「そうなる。もちろん携帯電話などで連絡した方が早いのは間違いないが、前提としてそういう足の付くコミュニケーションは避けていると仮定しておるからな」
ふうむ。筋は通っているな。
「そしてここから導き出せることは、犯人は市外の人間だということ」
「まあそうじゃないと証明する意味がないよな」
「ではここからさらに推理だ。市外の人間が、おそらく市内の人間に到着を知らせる。それだけのコミュニケーションで完結するものとはなんだろうか? それも、犯罪がらみのことで」
「大体なんでも当てはまるんじゃないか? 今日来たから会おう、みたいな」
おっ、またアンコが「なにをいってるんだこいつ」的表情を浮かべた。なんか名づけたいなあこれ。白い目で見てくるから白あんとかどうだろう。
「パフェを置いただけではどこで会うかの情報を伝えられぬではないかっ」
「うーん、それはもう決まってるんだよ。いつもの場所で、みたいなサイン」
「だったらその場所付近に来ているサインを出せば足りる話だ」
それはそうだ。腑に落ちてしまった。
「じゃ、どんな犯罪ならパフェだけで完結するんだ?」
「そこだよタダシ」ずび、と人差し指が付きつけられる。「条件としては、犯人とバスの乗客は赤の他人だという点。そして連絡手段があまりに苦しく、プロの犯罪者は関わっておらぬであろう点。さらに犯罪の遂行において二人の連携が必要なく、来たという連絡だけで事足りてしまう点。これらを満たす中で、最もミステリ的によくあるのは──」
え、判断基準そこ? ミステリ的によくある? と疑問に思ったが、いいところなのでスルーするぜ。
「──交換殺人だ」
「……っはー」
俺は息を吐いた。交換殺人か。
離れて住むAとBという赤の他人がいて、それぞれ殺したい人がいたとする。しかし普通に殺しては怨恨の線から逃げられない。それゆえお互いがお互いのターゲットを殺し合い、その間自分はアリバイをしっかりつくっておくというものだ。
「っつーことは……今日、この市内で殺人事件が起きてるかもしれねーってことかよ」
「私の推理が正しければ、そうなる」
本来ならば全力で鼻息荒くドヤ顔をしたいところのようだが、推理内容が内容なので控えめなアンコ。
いやー、すごいなー。パフェから交換殺人までいっちゃうかー。
でも筋は通ってるよな。
まあ、そんなことは起きてないんだけれどもな!
アンコの推理はかなり怖いものだが、根本から違うことが分かっている以上、すごく安心して聴いていられる。スリリングな映画を観てるようだね、これがフィクションだとのっけから知っていることの圧倒的優位だ。
「おそらく犯人はバスの乗客に、いつ殺人ができるかを約束することはできぬとしていたのだろう。ただ、殺人を行った日にはいつも通るバス亭に限定パフェを置いておく、と。それを確認して初めて、殺人が完了したことを知るわけだ」
「なんか、ありえそうな気がするのが怖いぜ」
「そうだろう、そうだろう。あとこれは自信がないので推測程度だが……パフェを使った伝達は足がつかないのは間違いなさそうだが乗客が見落とすかもしれぬ。ちょっと精度に不安があると思うのだよ。となるとこれは、交換殺人のうちの後半なのではないか、という気がするな」
確かに。交換殺人は二つの殺しを同時にやるわけにはいかず、先に殺した者は絶対にやれよとプレッシャーをかけることになる。そこに考えを巡らせると、このパフェを使った伝達は後半の方、やったから確認だけしておいてよというものと考えたほうがいいのかもしれない。
……いや、起きてないけどね、交換殺人。
「いやー中々歯ごたえのある推理だよ。さすがアンコ!」
俺が褒めると素直にフンスッと笑顔をつくる。単純なやつだ。だから大体ここで調子に乗って、もっと推理し始めたりするもんだが。
「あとはまあ、あのパフェは午前中に並んで買うのは大体女性かカップルで、予約客には男性が多いと聞くし、犯人は男性だと思うのだよ」
やっぱりそうだ。しかもちょっと精度落ちてる推理。それは分からんだろ。
「なんにせよ、明日この市内で殺人事件が発生していたらやばいってこったな」
「そうなるな! 外れていて欲しいものだよ」
そう、アンコの推理は物騒であるが、もう事件は終わってしまっているものなので手の出しようがないのだ。その辺ちょっとラッキーだと思う。もし推理がこれから殺人が起きようとしている、なんてものになってしまえばこいつは全力で動いてしまうからな。
さすがにそこまでやらせるわけには──と、アンコを見れば携帯電話を操作している。どこかに電話をかけるようだ。
「誰にかけんの? 親?」
「いやいや。いちおう『もういいかい』に電話して、今日予約で買った客の情報だけ聞き出しておこうと思ってな」
──え。
ちょちょちょっと待った。
それはまずい。
もちろん交換殺人なんてものは起きてもないので徒労に終わるからそこを探るのはいいんだが、その問い合わせから実際に買ったユウにつながるとまずい。
しかしアンコのことだ、きっとたどり着いてくるだろう。
やっばい。これはやっばい。
俺は今すぐユウに連絡を取るべく携帯を取り出した。そして未読メッセージを発見。
そうだ、ユウにパフェ発見と送ってからの返信を見てなかった。言ってまだ十数分前のことだけれども。
どうせ「了解」とか書いてあるんだろうとさっさと開くと。
『了解―。警察なう!』
「んんんんん?」
思わず声に出してしまったがアンコには気付かれなかった。店と電話しているようだ。
警察? どういうことだ?
状況確認のメッセージを打ち込むと、女子高生顔負けのスピードで返信があることで定評のあるユウからすぐに報告が来た。
なんでもパフェを買ったとき、店に免許証入りの財布が落ちていて、それを警察に届けていたらしい。その場で警察が持ち主に連絡を取るよう試み、ほどなくしてこれると返事がきたので待っているのだという。
いやいやびっくりさせんなよー。心臓とまるかと思ったわ!
「わかったぞタダシ!」
「うひょう」
いきなりアンコに背中を叩かれて振り向く。予想外のことが起きまくると人間敏感になるね、こえーよ。
って、わかった? それはまずい、大変まずい!
「カシハラ、という男性が買いに来ておるぞ! しかも買ったのは一個のみ、これは怪しいと思わんかね?」
「店、個人情報を簡単に漏らしやがるな……」
「むっ。それは私の交渉術と言ってほしいものだっ」
「わーった、わーった」
冗談がぽろっとこぼれたのは安堵のしるし。少なくともユウにたどり着いてはないようだ。よかったー。ユウのやつ、ちゃんと偽名使ってくれてたんだな。ハイバラとカシハラ、ちょっと近いあたりがリアルだぜ。
……ん?
と、ここで疑問に思う。アンコによれば、店員はカシハラという男性が予約で買いに来たと言っている。これが偽名のユウというのはおかしくないか?
だってあいつ、どう見ても外見は女の子だ。店員も女性と発言するはず。
ということはもしや、予約客は別人? いやまああり得る話だけれども。きっとアンコも店員に、予約で買った「男性」はいないかと訊いているはずだから、その回答にユウが含まれなかったのだろう。
ここでさっきのユウとのやり取りが頭の中で繋がる。
もしや。
アンコに見られないよう、ユウに携帯でメッセージを送る。ちなみにこの携帯、格安契約しているやつで、俺とユウ(とあと一人、ミチルってのがいるけど今日は関係ない)が連絡を取るためだけに使用している。ほら、アンコに知られないように動く必要もあるからさ。
『さっき拾った免許証の苗字って、カシハラだったりする?』
問い合わせてみる。十秒で返ってきた。
『正解。アンコちゃん乗り移ってるの? 市外の人みたいだし財布見た限り普通のお父さんって感じの人だけど知り合い?』
俺は息を呑んだ。十秒でどこまで打てるんだユウって話じゃあないぞ。
……このカシハラなるおっさん、本当に交換殺人に関わったりしてないだろうな。
いやいや、何を考えているんだ俺。不自然なところなんて何もないじゃないか。カシハラさんなるおっさんはどうしても限定パフェが食べたくて、けど並ぶわけにもいかなくて予約して買ったんだよ。そしたら慣れないことして財布落としちまったんだよ。それだけだよ。
そのはず、なのに。
アンコの推理を聞いてしまっていると、どうしても嫌な予感が消えない。
だって家族がいるってのにパフェを一個しか買ってないとか。
市外の人だとか。
なんか色々と符合するものもあり、俺は眩暈を覚えた。
と、携帯が震える。ユウからだ。
『カシハラさん来たよ』
見るや否や、俺は震える指で文字を打ち込んでいた。
『カシハラさんに、交換殺人って知ってますかって聞いてくれってアンコが言ってる』
アンコを借りたのは、そうすればユウはうまく動いてくれるからだ。逆なら俺もそうする。。俺もユウもそういうやつだからだ。そして。
『なんかいきなり泣きだしちゃったよ、カシハラさん』
俺は思わずしゃがみ込んだ。
「ん? タダシ? 大丈夫か? 貧血か?」
気遣いの声をかけてくるアンコに肩を叩かれ、ただひたすらに打ちのめされていた。
ああ、そうだ。穴闇餡子とはこういう人間だ。
後日譚。
アンコの推理はユウが買ったパフェに対して行われていたものだったので外れてはいたが、ずれた形で大正解であった。
あの日、警察署で泣き崩れたカシハラさんは、確かに交換殺人を計画していたのだ。
購入したパフェも、アンコの推理通りの目的だったという。
ただ、バス停に置いたりはせず、連絡用の駅のコインロッカーに入れるつもりだったとのことだが。
そしてこれは幸運な話だが、カシハラさんの交換殺人はまだ始まっていなかった。
というのも、カシハラさんは「先に殺す係」で、パフェを買った後に殺人を行い、ロッカーにパフェを入れようとしていたところ、財布を落としたことに気づいて急きょ中止にしたのである。
それをユウが拾ってああなったわけだが、その場で警察にすべてを話したカシハラさん、事情の詳しいところは知らないが、人を殺そうと思い悩むレベルで問題ごとを抱えているわけだけれども、警察の助力で前向きに進みそうとのこと。めでたいことだね。
そう言う意味で、カシハラさんはアンコに救われたことになる。殺人に手を染めるよりかはよっぽどマシだと思うよ。凶器を購入してしまっていたので殺人予備罪に問われる可能性はあるかもしれないらしいが、殺人未遂にすらならない予備とのこった。
しかし、当のアンコは。
「はーずーれーたー!」
自分の推理があっていれば殺人報道が起きるはずで、それがないことを悔しんでいた。
もちろん、カシハラさんのやり取りは一切伝えていないからだ。
「まあまあ。殺人の推理なんて外れていた方がいいだろ?」
「それは、そうだけど……むぐむぐ」
言ってパフェを頬張るアンコ。『もういいかい』の限定パフェではない。俺の通っている大学の食堂の安物パフェだ。
「やっぱり限定物は違う……」
「わがまま言うなよ、俺の金なんだから」
「ごちそうさまです……むぐむぐ」
この前の一件、アンコにはちょっと申し訳ない気持ちもあったので、ごはんおごるよと食堂に呼んだのだ。意気揚々と現れたやつは、高めの定食からデザートのパフェまでを容赦なく注文しやがったので今こうなっている。
「けど、楽しかったな! ああいう謎は!」
悔しがるのはもう終わり、とばかりに切り替えの早いやつだ。
だが、それでこそ俺たちの作業は報われる。
俺は去年死にかけた。それをアンコに救ってもらった。
ユウもそうだし、ミチルもそうだ。カシハラさんもそうだろう。
アンコという人間は、人間を救うのだ。よくわからないが、そうなっているのだ。
そんなアンコは今、俺の大学に入り浸っていることからも分かるように、まったく高校に行けていない。
本人は行く必要がないと強がってはいるが、そういう問題じゃない。
事情はどうあれ、俺はアンコの人生が楽しくない世界なんて嘘だと思う。
だから、嘘でアンコの世界を楽しくしてやりたい。
セカイ系ぽいって? 最初に言ったじゃん。
「なあなあタダシ」
「なんだよアンコ」
「タダシにおごってもらったこの特製パフェなんだけどもな」
「おう」
「このメニューに載っているデラックスパフェより、三十円高いのだが」
「そうだな」
「なぜなのだ! 特製よりもデラックスのほうが語感的に高いだろう! ほら見栄えもそんな感じするではないか!」
ほら、また新しい謎が転がり込んできた。
「そりゃお前……推理しなさいよ。俺は知らんぞ」
はたから見ればぶっきらぼうな返しかもしれない。けれど、アンコにとってはこれが一番のご褒美なのだ。
「……うむ!」
本当に嬉しそうに考えを巡らすアンコを前に、俺は口元がひとりでにほころんでいくのを感じた。