序章〜元の世界にて〜
暗い部屋の中に大量の食料品の空き箱が積まれている。
その中に埋もれるようにして眠る男一人。
その名は黒崎 時雨。俺の名前だ。
身長180センチ位、もはやもやしと言うのも厚かましいのではないかと自分でも思っているくらい細い。
髪も眼の色も黒。至って普通の日本人だ。
もっとも普通の日本人は何かしらの仕事や教育を受けているわけだが。
「……今は何時だ?」
「今日は何日だ……?」
これくらいの言葉しか喋らず部屋からもほとんど出ずはや2年。もう通っていた中学は卒業が近付き、高校入試が近付いていた。
親にも高校だけは卒業してくれと泣かれ、あげくの果てには担任にも泣かれる始末。
そこで俺はこれではさすがにまずいのではないかと一念発起。死に物狂いで勉強し直した結果、何とか高校と名の付く所には合格できた。
そして現在。俺はどうなったかというと、やはり学校に馴染めず引きこもっていたのである。
嗚呼無情。
まず入学初日からすでに教室はグループが出来ていて、俺は初日から孤立することとなった。
一応話し掛けてきた勇気ある者もいたが、何せこちとら2年も引きこもっていたもので、中学の事など聞かれても答えれやしない。
小学校?神童と呼ばれちやほやされて結局この有り様だよ。
かといってユーモア溢れる解答で場を誤魔化す事もできず、俺は高校スタートダッシュに失敗したのであった。
こうなるのであれば高校スタートダッシュを決められるようになる(らしい)通信教育の高校講座を受けておくべきだったと思う。
結局俺は元の暗い部屋に戻り、毎日ぐうたらしていたのである。
そんな自堕落な生活をしていたある日、俺の携帯に一通のメールが届いた。
それは久し振りの親友からの遊びの誘いだった。
俺は渋々、近くにあったまさに有り合わせの服を着て待ち合わせ場所に向かった。
その時の服装?
一言で表すならシュールレアリスム系男子だったと思う。
人間とはここまで引きこもるとセンスという感覚器官が退化するらしい。それは自分でも気付いていた。
待ち合わせ場所に行くと親友は既に着いていた。
「おーい。時雨ー。」
彼女の名は高坂 早雪。かなり前からの親友だ。
「久し振り。ヒキ時雨。」
「御挨拶だとは思わないのか?」
「遠慮があると思う?」
と久しぶりに会ったにも関わらず、早雪は相変わらずの調子だった。俺にはそれが何より安心できた。
その後、俺達は昔よく学校の帰りに通った商店街を見たり、通っていた小学校を外から覗いてみたりした。
確かに卒業したのはほんの数年前の話のはずなのだが、校庭にあったはずの大木が無くなっていたし、
よく遊んでいた遊具も綺麗な赤色に塗られていた。何だかもう既に自分たちの居場所はここではないと改めて突き付けられたような気がした。
そう考えていてふと横を見ると、早雪も微妙に寂しそうな表情をしていた。
俺達は小学校を離れ、公園に着いた。早雪はまだ浮かない顔をしていた。
俺は「大丈夫か?」と声を掛けるのみだった。
今ドキの血の気が多い高校生なら絶対惚れてるだろう。美人だし、気が利くし。あいにく俺にはその気は無かったが。
そんなことをしているうちに陽はどんどん傾いていき、夕方になった。
今の学校はどうとか、当たり障りのない話をしながら帰り道を歩いていた。そして俺達が通りに差し掛かったその時、
地面が跳ねた。
正確には揺れたのだろうが、凄まじい揺れだった。
俺も早雪も恐怖のあまり、道の真ん中で茫然と立ち尽くした。
街が融けていく。みんな沈んでいく。
そんな景色に見えた。
何かが外れるような音が聴こえ上を見ると、立ちすくむ早雪と俺に黒い影を落として、店の大きな看板が落ちてきていた。
俺は咄嗟に
「早雪!」
とここ数年で一番の大声を出し、早雪を突き飛ばし、俺も逃げ……あ、駄目だった。
轟音と共に身体に凄まじい衝撃が襲い……
そこで記憶が途切れた。