私、見ちゃいます。
帰りのホームルームが終わり、生徒たちはみんなそれぞれ思い思いの放課後を過ごしている。
よっちゃんはフルートを吹きに部活へ行ってしまった。
どこの部にも所属していない私には帰宅の選択肢しかない。
荷物をまとめ、立ち上がる。
今日は宿題が少ないから、家に帰ったらごろごろしよっと。
そう思い、廊下に出ようと、何気なく扉の先を見やった。
「…あ。」
一瞬何が起こっているかが理解できなかった。
廊下を優しく照らす夕暮れの中、二つの影が重なり合っている。
片方はかがんで、片方は背伸びをして。
唇と唇が重なっては離れ、またお互いに引き寄せられていく。
数度の逢瀬を経て、二人はやがて名残惜しそうに離れていった。
小さな影はあたふたして、慌ててその場を去っていく。
そのとき、紅い光に照らされて、その影の顔が見えた。
ー宮田くんだ。
私は誰かに殴られたような衝撃を覚えた。
立ち去らなければならない。ここから、早急に。
それは一種の使命のように感じた。
だけどそう思う頭とは裏腹に、、身体は石になったみたいに動かない。
ー大きな影が、ゆっくりとこちらを向いた。
ーーーーーーー
「まさか見られるとは。」
大きな影、もとい北川大地は無表情のまま口を動かす。
まさか、と言っている割に対して驚いているようには見えない。
私は突然のことすぎて、頭の整理ができていなかった。
「びっくり、した?」
顔色一つ変えないまま、こちらに歩み寄ってくる。
思わず後ずさりした。
「いや、怖がらせるつもりは。」
はじめてその顔に困惑の色が見て取れた。
ああ、あまり感情が出ない人なのか、とのんきに思う。
…ではなくて。
そんなことはどうでもよくて。
「北川くん。」
「なに?」
「その、宮田くんと…。」
「うん、付き合ってるよ。」
さらりと、当たり前のことのようにその言葉は空気中に拡散された。
鼓膜が震え、情報が脳に伝わる。
だけど、それを認識したくない。
「俺、部活だから。」
何事もなかったかのように、目の前の青年は立ち去っていった。
私は、動けない。
すべての神経細胞が伝達を拒否しているのがわかる。
「なにそれ。」
こつん。
心の中に、小さな石ころが投げ込まれた。




