私、驚きます。
私、片瀬由紀は困っていた。
それは主に目の前の人物に対する困惑であった。
朝いつも通りに登校したところ、靴箱に手紙が入っていた。
今時こんなベタなことするやつがいるのかと思いながら読んだところ、『放課後校舎裏で』としか書かれていなかった。名前もなし。なんじゃそら。
見なかったふりをしようかなとも思ったが、あいにくその日に限って暇だったので行ってみた。
それがまさかこんなことになろうとは。いや、多少予想はしていたが。
「俺、片瀬さんのことが好きなんだ!」
そうですよねー。校舎裏っていったら告白スポットですよねー。
顔を真っ赤にさせながら、きっと勇気を振り絞ったのであろう目の前の少年に、私は賛美さえ送りたい気持ちになった、が。
この少年に現実を突きつけなければならないとは、この世界は非常だ。
「ごめんなさい。」
せめてこれ以上ブロークンハートさせないようにと、表面上は丁寧に答えた(つもり)だ。
ああ、この少年に幸あれ。
「あっ…。そうだよな、俺なんかじゃだめだよな…。」
とても残念そうに、ただそれも予想内だというように少年は呟いた。(目に涙がたまっているのは見えないことにしとこう。)
「いや、そういうわけではなく。」
「え?」
「私、レズビアンだから。男の子に興味ないの。」
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今、日本は急速な人口減少に悩んでいる。
それに拍車をかけたのが、同性愛者の増加だ。
現在の全国の異性愛者の割合は、45%。同性愛者の割合、50%。(残りの5%は想像にお任せする。)
この事態を重く見た政府は科学者に依頼をし、同性同士の妊娠、出産技術を確立させた。
ただその治療を受けるには最低でも1000万円からという高額さ故、あまり事態の解決には至っていないようだ。
また法改正もなされ、同性同士の結婚も異性の結婚と同等にできるようになった。
町中には同性カップルがあふれ、男が男をナンパしお持ち帰りする光景も珍しいものではなくなっている。
ここ、公立せせらぎ高校でも、それは例外ではない。
「それにしても、今時男の子からの告白なんてやりますわね、由紀さん。」
つやつやした笑みをこちらに向けているこの子は山岸良子。
財閥ヤマギシの一人娘。もちろん超お嬢様。
つやつやのロングストレート、くりくりとして少し垂れた瞳、そして丁寧な話し方。
それはもうもってもてである、女子に。
「別にうれしくないよ、よっちゃん…。」
私は机につっぷす。
昨日の出来事を朝すぐによっちゃんに話したのがいけなかった。
おとなしい顔して恋バナ大好き人間だったと思い出したころにはもう遅い。
洗いざらい吐かされた、くそぅ。
「そんなこといって、うれしかったのではありませんか?」
「私はかわいい女の子が好きなの、むさい男なんてお断りよ。」
そう、男なんてごめんだ。
昔は女は男を好きになるのが普通だったそうだが、私にはとても考えられない。
何が良くてあんながさつな奴らと付き合わなければならないのか。
考えるだけで寒気がする。
「はぁ、朝からしゃべりすぎて疲れた。」
大きくのびをする。いたるところからぽきぽきという音がした。
「まだ朝のホームルームも始まっていませんわ、疲れるのは早いのでは?」
「誰のせいだと思って。」
合体する勢いで机に頭を押し付ける。
よっちゃんとは小学生からの付き合いだ。
そのためお互い恋愛対象にならず、一昔前の「女友達」というものが実現できている。
こんな関係はなかなか作れないから、楽でいいとは思ってはいる。しゃくだから本人にはいってやらないけど。
「そうそう由紀さん、あの噂はご存知?」
「隣町の御影高校が人数不足で廃校になったから、今年からそこの生徒がうちにやってくるってやつでしょ?」
あれだけ大騒ぎしていれば、いくら私でも気づく。
「それ、今日らしいわよ。」
「へ?」
ぽかんとしていると、教室の扉が勢いよく開いた。
「お前ら座れ!今からホームルームすっぞ!」
担任の松原先生だ。少し頭頂部にカタストロフが訪れていることを抜かせば、イケメンの部類に入る。たぶんきっと。
それまで思い思いの席に散らばっていた生徒はざわつきながらも席に戻った。
「お前らも知ってることと思うが、御影高校は今年の3月で人数の都合上廃校となることとなった。だが廃校が決まっていたのにうっかり一年生を入れちまって、廃校時に一年生、まあ今の二年生なんだけど、が残っちまったんだ。」
クラスのざわめきが強まる。
「そこでだ。今日からその生徒たちはうちのクラスで授業を受けることになった。おーい、入ってこい!」
松原先生の合図で扉が開いた。
男子が3人、女子が2人。
新しいことが始まるときのわくわくがクラス中にたちこめているのがわかった。
だがそんなことは私には関係ないと、視線を下ろそうとして―――
息が止まった。
かわいらしい背丈、短く切りそろえられた髪、愛くるしい瞳。そして、輝かしい笑顔。
私のすべての細胞の活動が停止したかのようだった。
その姿は私の心を射抜いた。
そして驚くべきことに―――
その人物は、明らかに男物のブレザーの制服を着ていたのだ。
そうか、御影高校は男女ともにズボンの制服なのだな、そう思って隣の女子を見るが、しっかりスカートをはいている。
え、うそ、ちょっと待って。
「一人ずつ自己紹介を。」
頭頂部カタストロフがそう促すと、輝かしい笑顔が一歩前に出る。
「ボク、宮田光って言います!ちょっと小さいけど、みんなと同じ高校二年です!好きなものはチョコレート!よろしくお願いします!」
そういうとぺこりとお辞儀をして一歩下がった。
続けてほかの人も自己紹介をしだしたが、私の耳には届いていない。
ただ目の前を見つめ、口をぱくぱくさせることしかできなかった。
うそだ、うそだ。
私が、この私が。
よりによって男の子に一目ぼれするなんて!
「…もしもし?」
「は、はい?」
話しかけられて振り向くと、坊主頭の男子が私の隣の席に座っていた。
ちょうど一週間前に運び込まれた謎の机だ。そうか、このために用意してあったのか。
って、感心してる場合じゃない。
「さっきも前で言ったけど、俺、北川大地。よろしく。」
「ああ、よろしく…。」
そう挨拶を返す。聞いていないのがばれていたのだろうか。
「あなたの、名前は?」
「私?片瀬由紀。」
「へぇ。」
せっかく答えてあげたのに何その態度!
そう思ってあえてそっぽを向いていると、またそいつは話しかけてきた。
「挨拶の時、ひーちゃんを見てたでしょ。」
「ひーちゃん?」
「うん。光だから、ひーちゃん。」
「…それが何か?」
「いや、なんでもない。」
「そ。」
なんだこいつ、いらっとくる。
「北川大地」の名前は一瞬で脳内ブラックリスト入りした。