シンゴウキの、おしごと①
「雪、どうだった? 情報屋。何もされなかった? 両方とも女だったはずだから、大丈夫だと思うけど」
帰って来るなり駆け寄って来たアイちゃん。
心配をしている、明らかな目元。
大丈夫だったと告げると、大げさに安堵する。
アイちゃんは、私に対してやや大げさなところがある。
これは私が見ていて感じたのだが、他の兄弟と接する時は反応が悪い。というよりも無表情が多い。
私の前ではお節介で表情筋がゆるゆるだが、二回ほど見かけた兄弟だけの空間にいるアイちゃん、というのは冷たい雰囲気を持っていた。
どっちが本来の彼なのか。それとも兄弟でいる時だけ変えているのか。
「おやつにタルトを作ったんだ! 雪、好きでしょ? ほら、苺だよー」
満面な笑みでタルト片手に寄ってくるアイちゃん。
良い匂いがして、お腹が空く。
味付けもピンポイントで来る辺り、完全に餌付けされている私。果たしてこの料理上手から離れられる日はくるのだろうか。
一心不乱に食べる私を微笑ましく眺めているだけのアイちゃん。
私の口周りについた食べかすをアイちゃんは甘ったるい顔で、恥ずかしげもなく摘んで「美味しい?」と聞きながら、自らの口に運ぶ。
それを直視してはいけないと私は決めている。こういう時間や行動には無心でいなければならない。考えたら私の負け。
いくら非難していても、これだけ尽くされ、愛されれば、情が出てしまう。
最悪なのは私がアイちゃんに恋愛感情を抱く事。これだけは死ぬ気でへし折って行かなければならない。
フラグは見つけ次第視界には入れない。
仏の心で食べていると、アイちゃんのスマホが鳴った。
青く点灯しながら規則的な音を立てている。しばらく無視しても止まらない辺り、電話だろう。
舌打ちをしながらスマホ片手に私から離れた。常識というか礼儀はあるみたい。
戻って来た頃には、私はタルトを完食していた。
「電話、何だったの?」
「……仕事の用事だよ」
仕事。今だ謎に包まれているシンゴウキの仕事。
ここを攻略したら、シンゴウキから逃げる作戦を立てられるかもしれない。
敵の情報は多い方が良いし。
「ねえ、アイちゃん、私も仕事一緒に行きたい」
「雪も? そうか、雪もやっと俺に興味が出て来たんだね! いいよ! 一緒に仕事しよう。ま、今回のはそこまで危険では無いから」
「本当? 皆で行くんだよね、仕事」
「そうだよ。あ、でも、俺の側から離れない事。これだけは、約束して」
できる? と無駄に近づいてくる。
頷くと、満足そうに微笑み、私の頭を撫でて「電話してくる」と部屋を出て行った。
こうして、私のシンゴウキとしての初仕事は、二日後に迫っていた。
この時の私は知らなかった。まさか、シンゴウキに仕事着があるなんて。